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第4話 調査開始


 王都に連なる貴族の屋敷街。

 シャルロッテとアレクセイはすでに二軒の家を当たったが、どちらも舞踏会で宝石が消えた以外に決定的な手がかりは得られなかった。

 けれど、どちらも最近、「同じ宝石商」で新作を買ったという話だけは共通していた。

 三軒目は、アーデルバッハ侯爵家。

 王宮にも近い由緒正しき名門だ。

 白い大理石の階段を上がると、扉が静かに開いた。

「ようこそお越しくださいました、グランヴィル様、シュトラウス様」

 先ぶれを出しておいたお陰もあり、家令が丁重に迎える。

 通された応接間には、翡翠色のドレスが眩しいミレーユ令嬢と、付き添いの侍女、そして品の良い母君が並んでいた。蜂蜜色の手入れの行き届いた髪、そして淡い琥珀の瞳がアレクセイとシャルロッテを見る。

 アレクセイが礼をとると、シャルロッテも少しぎこちなく頭を下げた。

 軽く乱れた前髪の下、翡翠の瞳がミレーユを捉える。

 男物の制服の上着は肩で着ており、ベルトの位置には剣帯が通っている。

 外套は羽織らず、腕まくりした袖の下からは、うっすら鍛えられた腕が覗いていた。

 その姿は、公爵令嬢というより、どこか街の剣士のようにも見える。

 ミレーユは瞳に不安の影を浮かる。

「失礼ですが――舞踏会で盗まれたエメラルドは、どちらでご購入を?」

「はい……王都で話題のサン=ジュスト宝石店です。友人たちと評判を聞いて、一緒に見に行ったのです。新作のエメラルド・ペンダントを……」

「令嬢と同じ日にご友人も盗まれたとか、同じ店で?」

「ええ。夜会の日も、みんなで見せ合いっこしていたんです。……まさか、盗まれるなんて」

 シャルロッテが横から割り込む。

「失礼、当日、何か変わったこと、ありませんでしたか?」

 ミレーユは少し考え込み、思い出すように言った。

「……実は、夜会の前夜に、ペンダントが届いて。侍女に磨かせてから、試着をしたんですけれど、なんだか重くなった気がしたんです。お店で試着した時は気が付かなかったのに、手に取ると……ほんの少し。でも、それだけでした。見た目は何も変わっていなくて」

 付き添いの侍女が慌てて口を挟む。

「申し訳ありません、私の磨き方が悪かったのかと……」

「いえ、誰も責めていません。ただ……不思議だったんです」

 アレクセイが静かにメモを取る。

「その重くなったペンダントは、どこでなくなった事に気がつきましたか?」

「夜会の帰り道、首にかけていたのに、帰宅して鏡を見た時には……もう、なくなっていたんです」

「会場で誰かにぶつかられたとか、何か違和感は?」

「ありません。むしろその日は、カーチャ……いえ、懐かしいお友達も来ていて、楽しくて…………」

 ミレーユの指が、膝の上でぎゅっと握られる。

 何か、言い淀むような間が生まれる。

「そのお友達というのは?」

 アレクセイが静かに問いかける。

「……いえ、ただの幼なじみです。舞踏会の季節になると、久しぶりに再会する方も多くて……」

 ミレーユははぐらかすように笑うが、その笑顔はどこか影を帯びていた。

「――シャル」

 アレクセイが小声で耳打ちする。

「被害者はみな、同じ宝石商で、夜会直前に新作を買っている。しかも重さの違和感。……何か、仕掛けられている可能性が高い」

 シャルロッテはふっと眉を上げて、令嬢を見やる。

「その宝石、他の子もみんな自慢してた?」

「ええ、どの子も……。夜会の前は、控室で皆で並んで……」

 アレクセイが柔らかく微笑み、令嬢に礼を述べた。

「ありがとうございます。何か他にも思い出したことがあれば、すぐにお知らせください」

「はい……どうか、犯人を見つけてくださいまし……」




 屋敷を出て石畳を歩きながら、シャルロッテはふと足を止めた。

「……サン=ジュスト宝石店、かぁ……――」

「どうした?」

「いや、うちの……母上が、最近よくその店の話をしてた気がする。そういえば、新作がどうとか、貴婦人仲間で流行ってるって言っていた気がする……」

 アレクセイが目を細める。

「貴族の間で流行ってる宝石屋、ってことか」

「ちょっと、家に戻って母上に聞いてみよう」

 シャルロッテはそう言うとアーデルバッハ家の門を出た。



 遠ざかるふたりの後ろ姿を、窓越しにそっと見送る。

 ミレーユ・フォン・アーデルバッハは、胸の奥で小さく息をついた。

 ――あの日、あの宝石を手渡したとき。

 本当は、渡すべきじゃなかったのかもしれない。

 けれど、差し出した自分の指先に、確かに触れた彼女の温度だけが、今も手のひらに残っている。

 あのとき、彼女はどんな気持ちだったのだろう。

 思い出すのは、あの日に交わした視線と、ほんの一瞬だけ揺れた微笑み。

「カーチャ……」

 ミレーユの唇から、どうしてもその名が零れる。

 罪悪感と、消せない友情と。

 どちらに手を伸ばすべきなのか、自分でもまだ決められずにいる。

 ただ静かに、両手でカーテンを閉じる。

 窓の向こう、午後の陽射しだけが静かに揺れていた。


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