第3話 依頼と相棒
ギルドの扉を押し開けると、すでに数十名の冒険者たちが詰めかけていた。
高い天井と石造りの柱が並ぶ大広間――王都ノイシュタットのギルドは、地方のそれとは違い、半ば行政機関のような格式を備えている。
王侯貴族からの依頼、中には極秘依頼や特殊任務、冒険者の監査、監督、またランクの昇格試験、若手の育成まで様々な役割を担っている。
木の床は年季が入り、無数の足音が染み込んでいる。壁には依頼掲示板が並び、その前で冒険者たちが言い争っていた。
革鎧の戦士、ローブ姿の魔術師、ひと癖ありそうな傭兵たち……その中には、顔なじみの受付嬢や、しばしば講義をしている魔法使いの老人の姿も見える。
喧騒と煙草の香りに包まれる中、シャルロッテは迷うことなくカウンターへと歩みを進めた。
「おっ、グランヴィルの坊やじゃないか。どうした?」
低く太い声が響く。
カウンター奥で椅子にもたれかかっていたギルドマスターが、肘をついたままこちらを胡乱げに見やった。
片眉を上げる仕草の奥に、歴戦の貫禄と猜疑心が滲んでいる。
「こっちが聞きたいよ。何の用で呼び出されたわけ? 建国祭前に冒険者をこんな集めて」
「それがなあ……上から建国祭で不穏な動きありとしか伝えられてねぇんだ。王都警備の増強要請が来るんじゃないかと噂してるが……」
シャルロッテが眉をしかめた時、ふと奥の理事室の扉が開いた。
ずらりとギルド理事たちが現れ、その中には学園制服のままのアレクセイの姿も混じっている。
(……あいつまで呼び出されるなんて、これはただ事じゃないな)
理事長が一歩前に出て、冒険者たちの前で口を開く。
「諸君、突然の召集に応じてくれて感謝する。実は――建国祭の夜会で何者かが騒動を起こすという投書が、我々ギルド理事会と王宮双方に届いた」
ざわつく冒険者たち。
情報の出どころも真偽も不明だが、王都でテロとなれば国中を巻き込む一大事だ。「騎士団・近衛兵・王宮護衛だけでは手が足りぬ」
冒険者たちの中にざわめきが走る。
シャルロッテは、そっとアレクセイの方に目をやった。
黒髪に灰青の瞳、整った顔立ちと姿勢の良さ。どこを切り取っても、「貴族の嫡男」として育てられてきたことがうかがえる。
今日もきちんと着こなした学園の制服姿で、ギルドの雰囲気とは少しちぐはぐに見えた。
けれど、彼がただの学生でないことを、シャルロッテはよく知っている。
ギルドの理事。――それも、家の意向で形だけではなく、実際に動いている。
だが、今は軽々しく声をかけられる空気ではなかった。
アレクセイもこちらにちらりと視線を送るだけで、表情は動かない。
理事長が続ける。
「各自、警備および調査の依頼を受けてほしい」
説明が終わると、冒険者たちの間に再びざわめきが広がる。
ギルドマスターが班分けの書類を読み上げ、警備班や現場対応班、そして調査班の名前が挙がっていく。
「……グランヴィル、シュトラウス。君たちは調査班だ」
え? とシャルロッテは小さく声を漏らした。なんで理事であるアレクセイと……と思った瞬間。
「よろしく頼むよ、シャル」
肩越しから低い声が落ちる。
振り向けば案の定、アレクセイが腕を組んで立っていた。周囲の喧噪のせいで、灰青色の瞳にだけ静かな諦観が漂う。
「……そっちこそ。ただね――」
声を潜めた瞬間、彼女の翡翠色の瞳がひそやかに揺れる。
「いや、正直調査は得意じゃないんだよな。犯人見つけたら一発で倒してやるのは得意なんだけど」
小声でぼやくと、アレクセイが皮肉めいた微笑みを浮かべた。
「ま、捜査は僕に任せてくれて構わない。その代わり、いざというときは、魔物でも犯人でも容赦なく叩きのめしてくれ」
「……いいね、その役割分担。頭の方は未来の宰相様に任せるわ――ま、いざとなったら、任せといて!」
シャルロッテは肩を竦めながらも悪くない、といった口調だ。
「それは頼もしいな」
「で、なんかアテあるの?」
「手がかりになるかは未定だが……連続宝石盗難事件が気になっている。建国祭の夜会を照準にした動きかもしれない」
「あ、それ姉さまも言ってたな、建国祭の舞踏会で宝石泥棒が現れたら困るって」
シャルロッテは長靴の爪先で床をコツンと鳴らし、ため息をつく。
「そもそも、何故宝石を盗んでいるのか……建国祭まで一週間か。何人か被害者を当たってみるか……」
「ま、その辺は任せるよ、ちょっとまってて、鍛冶屋のマイスターに預けた剣受け取ってくるから」
「じゃあ、その間、僕は登録室側で依頼状でも眺めてるよ」
シャルロッテは「任せといて!」と軽く手を振り、短い握手を交わす。
二人はそれぞれ、反対方向へと歩き出した。
アレクセイの背中は依頼書の張り出しへ、シャルロッテの足取りは鍛冶工房へ──。
互いの得意分野に散った瞬間、ギルドホールのざわめきがひときわ強くなった。事件の予感にひりつくように。