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ネットラジオ

作者: Kei

20年前のことだ。俺は大学を卒業した後、フリーターをしていた。就職難で在学中に行き先が決まらず、就活にもその先の働くことにも嫌気を感じていた。そんな状態だったのもあり、バイトは午前中だけで、午後からはネットサーフィンをして毎日を過ごしていた。


その頃、ネットラジオをよく聴いていた。もともとラジオが好きだったが、メジャーな番組に飽きてしまい、また人と違うものを、という見栄もあって聴き始めたのだった。


ネットラジオの配信者はほとんどが素人だ。一部には今で言うインフルエンサー的な活動をしていて知名度のある者もいたが、大多数が無名の一般人だった。だから声が小さくて聞き取れない、電話で中断する、そもそも面白くない等、内容はチープなものだった。しかしそれが逆に新鮮に感じられ、タレントを自身で発掘するような楽しさがあった。


そんな素人ラジオだからこそ生まれたのが「生活音配信」だった。これは配信者の生活環境音、例えば足音やテレビ音声、洗濯機、掃除機の音などを流すだけという異色の放送だった。しかしこれには不思議な魅力があった。他人の生活を覗き見ている感覚にもなり、また思考を邪魔しないため、いわゆる「作業用BGM」にも使えた。ネットサーフィンをしながら付けておくには最適なのだった。


そして俺は、ある生活音配信をよく聴いていた。


ホスト名:*****  番組名:生活音


内容は()()()の生活音。味気なく、「個」を主張する意思も感じられない。しかしそんなところに興味を惹かれたのだった。


そのホストはほぼ毎日、何時間も配信していた。

俺はネットサーフィンの傍ら、ゲームをしたり本を読んだりもしていたので長時間の配信は有難かった。だからそれを毎日のように聴いていた。リスナーはいつも俺ひとりだけだった。


その日も初めはいつも通りの生活音だった。テレビの音を背景に、水がぽたぽたと落ちる音、それに混じる食器の音、ドアの開閉音…


俺はそれらを流し聞きながら、いつも見ているブログを巡回していた。


その時、微かにベルの音が聞こえた。どうやらホストの家に誰かが来たようだ。俺は配信が切られるかと思ったが、そのまま続いた。



ドッ ジャン ガシャン 



突然、大きな音が聞こえてきた。何かがぶつかるような音、割れるような音、倒れるような音。

俺はボリュームを上げた。



はぁ ハぁ んん ん



荒い息遣いと呻き声が聞こえた気がした。しかしはっきりとは聞き取れなかった。



ゴッ  ゴッ


 ドザッ



鈍い音がして、何かが倒れるような音がした。そして静かになった。

俺は耳を澄ませた。すると少しして足音が聞こえてきた。



コン コン



ノックするような音がした。マイクを指で叩いている、そんな感じだった。



 ブッン



突然配信が切れた。



翌日、バイトから帰ってパソコンを立ち上げ、動画を見ながらゲームをしていると通知が来た。例のホストの配信が始まったのだ。俺は視聴を開始した。



ダン ダン ダン


ガリ  ガリ  ガリ



いつもとは様子が違っていた。叩くような音、削るような音が聞こえてきた。それがずっと続いた。

俺は昨日のことが気になっていた。それまで動画投稿サイトも視るだけ、ラジオも聴くだけだったのだが、その時は興味に背中を押された。俺はキーボードを叩いた。



Kei|大丈夫ですか?昨日は何かあったのですか?



コメント欄に俺のラジオネームと文章が流れた。リスナーはいつもと同じように俺だけだった。


突然、音が止んだ。



コン  コン


コン コン



昨日と同じ、マイクを小突くような音が聞こえてきた。



コンコンコンコンコン


ガンガンガンガンガンガン



それは次第に激しく、叩きつけるような音に変わっていった。

俺は不気味に感じて配信ページを閉じた。


翌日、ラジオの配信サイトを開いてみると、そのチャンネルは削除されていた。



その後まもなく俺は就職した。そして多くの同世代と同じように社会生活に流されていった。ネットをする時間も減り、この出来事のことも忘れていった。




あれからインターネットは随分と進化した。一般人が発信・配信できるプラットフォームも多種多様に生まれた。俺がよく見ていたブログサービスはSNSに取って代わられた。情報交換も匿名掲示板での大多数でのやり取りから、個人がそれぞれアカウントを持ち、半匿名同士で任意の相手と繋がることが主流になっていた。

俺もSNSにアカウントを作り、暇があれば覗いていた。



トークスペース:自分が体験した怖い話や奇妙な話を語り合おう!



多くのSNSアプリには音声チャットができる機能が搭載されている。

俺はトークに参加してみた。すでに5人が話しており、ほかに匿名のリスナーがひとりいた。


各々、自分の体験を披露し合っていた。実際の話だからか所謂「ヒトコワ系」が多く、心霊・オカルトな作り話よりも現実感があって面白かった。

そんな中、ある参加者がとある未解決事件について語った。10年ほど前にその人が住んでいた近所で人骨が見つかったという話だ。


骨は古いアパートの敷地に埋められていたのを犬が掘り返したことで発見された。手、足、背中、腕、太もも、首… 各部が別々にビニール袋に入れられていた。しかし頭部は見つからなかった。捜査の結果、それらは人為的に切断されたものと判明し、バラバラ殺人事件として立件されたが、骨になってかなり時間が経っていたらしく、被害者が誰かもわからず「お蔵入り」したのだ。


俺はその事件についてニュースで聞いたことを覚えていた。そしてなぜか、20年前の出来事を思い出した。

ちょうど話が振られてきたので、俺はネットラジオの一件について話した。これがなかなか()()て、そこから2000年代のネット文化についてトークは盛り上がった。


トークスペースが終了した後、俺は昔のことを色々と思い出していた。ネットラジオのこと、あの奇妙な出来事のこと、その時利用していた配信サイトも閉鎖したこと、それからなぜかラジオ自体もあまり聴かなくなったこと…


スマホが鳴った。SNSにダイレクトメールが来たという通知だった。

いったん閉じたアプリを再び立ち上げて確認する。



アカウント名:*****

メッセージ:やっと見つけた

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