第34話 そして岩蛇どもの山岳地帯
岩肌むき出しの山道を、わたしたちは列をなして進んでいた。
風は乾いて冷たく、時折、地の底から響くような鈍い音が足を震わせる。まるで竜が地中を泳いでいるかのように、山そのものが生き物じみてうねっているようだった。
「ここが……例の山岳地帯か」
アクセルが眉をひそめ、足元の崩れた岩場を見下ろす。崩落した道や割れ目があちこちに走り、竜の影響を物語っていた。
「まぁ、いかにも竜の通り道って感じだな」
前を歩くフィンが肩をすくめる。彼の視線は鋭く周囲を走り、罠でも探すように岩陰を警戒している。
アクセルとフィン。ギルドの別室では顔を合わせていたものの、行動を共にするのはこれが初めてだ。
「君が……五十階層まで踏破したという『疾風』のフィンか」
アクセルの声はどこか感心混じりだ。
「んだよ初めて聞いたぞそんな二つ名。ただのダンジョン専門のスカウトだから戦力としては期待すんなよ」
フィンは軽口でかわすが、その目には隙がない。
「えっと……フィンはああやって軽口ばっかりだけど、すごく頼りになるんだよ」
わたしは慌てて補足する。二人の間にちょっとした火花が散る前に、空気を和らげておかなくちゃ。
でも常に前向きのアクセルは気にしていなさそうだった。そういう所、助かるよね。
後ろから声をかけたのは、グロウだった。
「そっちの女性は……神殿の人か? 治癒術師……なのか?」
視線の先にはオーキィがいた。白いローブ姿で歩く彼女は、静かな微笑みを浮かべている。だがグロウの視線は、オーキィが持ち歩く二メートル弱ある長尺のメイスに釘付けだ。
「うふふ、ちゃんと治癒術師よ。怪我したらいつでも言ってね」
オーキィは微かにうっとりとした表情で答える。
わたしはその姿を見て「治癒中毒」は健在なんだなぁと安心すると共に身震いしちゃった。
「オーキィは頼れるから安心して大丈夫。ちょっと……趣味が独特なだけで」
わざと小声で付け足すと、グロウがわずかに口元を緩めた。
「……なら心強い」
短くそう言って、グロウはまた前を向いた。
癖のことは……伝わってなさそうだけど、まあいいよね!
オーキィは今のパーティ内の男性陣よりも長身だ。
ウィンディもこっそりとオーキィを見上げ、小さく「よろしくお願いします」と囁いた。
「ええ、こちらこそ」
オーキィの返事は優しく、冷たい山風に温もりを添えるようだった。
「はいはい、挨拶は済んだか? もう少しで魔物の縄張りだぜ」
フィンが声をかけた途端、前方の岩陰から土煙が立ちのぼる。
ずるり、と地面から這い出すようにして、甲殻に覆われた小型の地竜が姿を現した。
「……っ! 来るよ!」
わたしは弓を手に取り、仲間たちへ声を飛ばした。
*
手足も無い蛇のようなフォルム。鱗の代わりにゴツゴツした岩の甲殻で体表が覆われている。
聞いていたより遥かに小型。それでも体長三メートルはありそうだ。それが視界に三体。
「穿地竜バジルグラーヴってやつじゃあなさそうだな」
フィンが岩陰に身をひそめ小型ボウガンの矢を確認する。
「アクセルたち三人で一体を倒してくれ。オーキィとティエナでもう一体だ。残った一体はオレが引き付けるけど、オレじゃあれは倒せないからな? どっちでもいいから早く倒した方が駆け付けてきてくれ」
全員を見渡し、皆が頷いたのを確認すると、フィンは合図のように片手をあげて岩場から飛び出し、岩蛇の一体に矢を放つ。固い外皮に弾かれて全くダメージにはなっていないが、衝撃を受けた岩蛇はフィンをターゲットして追いかけ始めた。
それを見届けると、アクセルは大きく頷いて腰の剣を鞘から抜く。柄から切っ先まで刀身を伝って光がキラリと流れた。
「よし、グロウ、ウィンディ。行くぞ!」
先陣を駆けるアクセル。グロウが剣を抜きつつその後に続く。ウィンディは短杖を握りしめ、いつでも魔法の詠唱に入れるように神経を研ぎ澄ます。
「わたしたちも行こう」
*
わたしの声に、オーキィは頷くと、長尺のメイスを掲げて岩蛇に突進を始めた。
岩蛇の注意がオーキィに向いた瞬間――わたしの放った矢が岩蛇の片目に深く突き刺さる。
苦しそうに身をよじらせる岩蛇へ、大きく振りかぶったメイスの一撃が外皮を砕きながら岩蛇の身体に食い込んだ。
岩蛇はその身を大きくうねらせて暴れだし、岩に覆われた尻尾の先をオーキィへと横薙ぎに叩きつける。その衝撃でオーキィは荒れた地面の上を転がった。
「オーキィ! 大丈夫!?」
駆け寄ろうとするわたしを手で制すと、オーキィはその身を起こす。
「いったたた……! 私は大丈夫! 岩蛇に追撃お願い!」
オーキィは地面に尻をついたまま脇腹に手をあてて自分に治癒魔法を施す。
わたしはその場で荒れ狂う岩蛇から少し離れた位置で、手を頭の上に掲げて権能を使う。
手のひらの周りに水が集まると、それは先端が細く、渦を描きながら後ろに螺旋状にひろがっていく。そして先端から冷気を纏わせ、《氷撃の槍》を作り上げる。空中に作り出したのはそれが六本。
「凍てつけ!」
わたしの声と共に《氷撃の槍》が岩蛇へ飛翔し、次々とその身に突き刺さる。
甲殻に深く食い込んだ槍から白い冷気が広がり、着弾点を中心に体表を凍り付かせていく。瞬く間に氷結した外殻は白い欠片となって「ベキベキ……バリィッ」と音を立てて砕け散った。
だが、それで終わりではなかった。砕けた殻の下からはなお蠢く本体が顔を覗かせ、岩を脱ぎ捨てるようにして生き残っていたのだ。
「げっ、《氷撃の槍》に耐えるの!?」
ちょっと意外だった。そのまま身体の芯まで凍り付かせて破壊できると思っていたけど、どうも脱皮するように甲殻を自ら脱ぎ捨てたようだった。でも、柔らかそうな体表になってくれたのなら——!
わたしはすぐさま弓に切り替え全力で弦を引く。番えたのはじいちゃんの荷物にあった「炎の矢」だ。
引く手を放すと、矢は「ヒュウン!」と空気を切り裂いて、柔らかい体表を見せている腹の皮を貫き内部深くまで刺さる。矢が腹の奥で火を噴き、次の瞬間には赤黒い炎が体内から滲み出すように広がった。岩蛇はのたうち、身を焦がされながら絶叫する。
しばらくの間、苦しそうに地面を転がっていたが、ひときわ大きく身を震わせると、光の粒子となり、銀に輝く魔核を残して消え去った。
視界の端で岩蛇と戦闘を繰り広げているアクセルたち。そして器用に岩蛇の追跡を避けるフィンの姿があった。まずは一体——だけど、まだ戦闘は終わってない。わたしはオーキィと頷きあうと、次の岩蛇へと駆け出した。




