第30話 再会と英雄譚
「協力してよ! この女からエンドレイク教団のアジトを聞き出したいの!」
わたしがロープで縛り上げた女を指さすと、シルヴィオさんは視線だけを女に向ける。
「ほう……?」
「こいつ、毒を撒き散らす竜を操ってた! 竜信仰の関係者なのは間違いないと思うんだ。
だから、ノクの居場所を聞き出そうとしたんだけど──」
先ほどの光景が脳裏をよぎり、ごくりと唾を飲み込む。
「自害されかけてさ……。わたしじゃ聞き出せそうにない。だから、帝国に預けるから情報を引き出して欲しいの」
「頼まれずとも、アジトの割り出しぐらいは行うさ」
シルヴィオさんは踵を返し、兵たちに女を抱えて来るよう命じた。
その横で、ちょび髭が卑屈な笑みを浮かべ、手揉みしながら擦り寄ってくる。
「この討伐隊の指揮は私が任されておりまして……生け捕りの成果を、ぜひ陛下にご報告いただけましたらぁ」
シルヴィオさんは見下すように一瞥するだけで、興味なさげに白馬に跨る。
「ティエナよ、一週間ほどで遣いをやろう。待つがいい」
そう言い残し、馬の腹を蹴ると、風を切って森の奥へと駆け抜けていった。
*
シルヴィオさんが立ち去ると、一歩離れて取り巻いていた仲間たちがわたしに詰め寄る。
グロウが鼻息荒く叫んだ。
「おい、『英雄シルヴィオ』と知り合いなのかよ!」
「うーん、わたしがと言うか、じいちゃんが?」
ウィンディがぱちくりと目を瞬かせる。
「お爺さんが……?」
「うん、リヴァードって言うんだけどね」
わたしの言葉に、次はアクセルが反応する。
「リヴァードか。シルヴィオと同じく、大精霊討伐隊の英雄じゃないか」
「やっぱり、知ってるんだ? じいちゃん有名なんだなぁ」
「そりゃあ暴走する大精霊を討伐した立役者だからな。三十年も前の話だから、俺も本とか人づてに聞いた以上のことは知らないが」
ノアランデ王国の宮廷魔術師シルマークさんからもらった冒険譚に、そんなことが書いてあった気がする。
「大精霊の暴走って、そんなに被害大きかったの?」
アクセルがウィンディに視線を送る。促されるように、ウィンディが頷いて語り出した。
「そうらしいね。アクレディア帝国内では『水の大精霊ウンディーネ』が暴走して、国内の水脈がズタズタになったって聞くよ。水の神を奉じている帝国にとっては国の威信もかかってたし、相当な危機だったみたいだ」
水の神を信仰する国としては、水関連の事件は国家を挙げて解決せねばならなかったのだろう。
まさか、ここでもじいちゃん大活躍とは——意外なところで関連話を聞いてしまった。
さて、今回の依頼はこれで無事達成となり、冒険者たちは各々ギルドまで報酬を貰いに帰るわけだけど──。
話題の途切れたこのタイミング。
待ってましたとばかりに、グロウが再び息巻いて話しかけてくる。
「ティエナ、お前『英雄リヴァード』の孫なのか!?」
どうやらグロウは『蒼き剣と七つの遺跡』の愛読者らしく、英雄の話を矢継ぎ早に質問をしてきた。
それに加えて、わたしが今着てるコートがじいちゃん譲りの物だと知ると、生地の質感が知りたいだの、形見の弓矢も手に取って見せてくれだのと、子供のようにはしゃぐグロウの姿があった。
グロウってやんちゃな大人ってイメージあったけど、こんな一面もあるんだね。
ギルドへ向かう道中は、それはもう賑やかだったよ。
アクセルとウィンディもその姿を見て楽しそうだった。
そして、ふたたび。
水路入り組む噴水都市、ルーミナへと足を踏み入れる。
*
……というわけで!
白く美しい壁と観葉植物が美しく彩るルーミナの冒険者ギルドまで戻ってきた。
報酬の手続き関連はアクセルに任せて、わたしは掲示板をふらっと眺める。
他に怪しい依頼はないかなぁ?
重なる依頼書も一枚ずつめくりながら確認していたら、突然目の前が、ふわりと温もりに覆われた。
「だーれだ?」
──女性の声。ウィンディではない。彼女なら性格的にこんな事しないし、
それに、この声。——このお茶目でぬくもりに溢れた声は一人しかいない。他に聞き間違えようが無かった。
「え!? オーキィ!? なんで帝国にいるの!?」
わたしは目を覆う手のひらを掴むと、顎を上げて、覆う手の持ち主を見上げた。
視界へ逆さまに映るのは、柔和な微笑みをたたえた銀髪の女性。
間違いない。オーキィだ。
「久しぶりねー、ティエナちゃん! 二ヶ月ぶりぐらい?」
わたしの身体はオーキィの腕の中にガッチリだき抱えられている。
さすがオーキィ、力が強い。解けないぞ……!?
「手紙ありがとうね、ノクくんの事……大変みたいだね。落ち込んでない? 大丈夫?」
あぁ、そうだ。オーキィはこうして気にかけてくれるのだ。優しいお姉ちゃんという感じ。
ふわりと石鹸のような香りがする、オーキィの腕の中の温もりに甘えたまま、わたしは話を続ける。
「ノクは……とりあえず無事では居るみたい。場所もきっとわかると思う。心配してくれてありがとう、大丈夫だよ!」
「そう、それなら良かった」
オーキィはわたしの頭をそっと撫でながら、安心したように笑ってくれた。
「え? まさかそのためだけに来てくれたの?」
「そうだよ! ……って言いたいところだけど、そうじゃないんだな。ほらあっちを見てみなよ」
オーキィがわたしを両手で抱え上げるとクルッと半回転して、ギルドカウンターが見えるようにしておろす。
「どう? 見える?」
オーキィの柔らかな笑みと声。わたしの視界が少しずつ広がっていった。
「うん、あれは──」
胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、
わたしはその先を眺めていた──




