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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第二章 ◇◇
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第28話 沈黙の水圧

 緑と紫の斑模様の竜。その体表から、不気味な煙が漏れ出している。

 そのすぐ脇で、身体のラインが際立つ服装の女が、周囲を見渡して狼狽していた。

 上下左右、視界の全てを埋め尽くす圧倒的な水量が、音もなくじわりじわりと迫り、服と肌の間にひやりとした圧力が忍び寄ってくる。


「な、なんだこれは……!」


 それは、わたしが《清流の手》の権能で召喚した特大の水の塊。

 女は自身の風の防護をより強くし、水の圧力に抵抗する。

 竜は完全に水没し、斑の翼を必死に動かしてもがき苦しみながらも、水中に毒霧を吐き出そうとする。だが、そのたびにわたしが《清涼の環》で浄化した。

 権能も全開で使ってやる。

 ゴボゴボと、否応なく口から水が流れ込み、やがて竜は動きを止める。

 とめどなく体内に侵食する水が竜を屠り、その身体は粒子となり水に溶け消え、残されたひと塊の魔核は、水底でくぐもった音を立てた。


 ──静寂。

 髪やコートが水中をふわりとたゆたう中、わたしは女を見据える。

 一歩、また一歩と水中で距離を詰めていく。


「いい加減、わたしだって怒ってるんだよ」


 手のひらを突き出し、女にかかる水圧をさらに強める。

 体内のマナを振り絞るように、女は防護膜を必死に維持していた。


「ありえない! こんな出力の魔法、聞いたことがない……!」


 既に顔面は蒼白で、目は落ち着きなく動き続ける。

 必死に打開策を考えているようだがその顔には色濃く絶望が浮かび上がっていた。


 わたしは女の眼前に僅かな空気層だけを残し、さらに水を押し進めて女の身体を水中へ落とし込む。

 ドプンという暗い音とともに女の風の防護膜は消失する。


 このまま放置しても、やがて空気層の酸素が尽きるだろう。

 これ以上は──無駄に命を奪ってしまう。


 わたしはその眼前まで顔を近づける。


「さぁ、ノクの居場所を教えて」


 返答のかわりに、女は大ぶりに拳を突き出してくる。

 だがここは水中。速さも威力もまるで無い。

 わたしはもちろん、労することなくそれを避ける。


 ……。


 出来ればここまでしたくなかったけど。


 わたしは最後の空気層を水に侵食させる。

 口や鼻から水が流れ込むのを防ごうと、必死にもがく。


「教えなさい! ここままだと死ぬよ!?」


 わたしの言葉に応えることも無く、女は息を荒げ、苦痛の表情のまま──ふいに口角を上げた。

 そして、人差し指と中指を揃えた左手をすっと首元に添えると──


『切り裂け』


 刹那──


 鮮やかな紅が、瞬く間に渦を巻くように水へと溶け広がり──ゆらゆらと揺れて形を失っていく。


 わたしは何が起こったのか理解するまでに、一呼吸の時間を要した。


 バカな! 何てことをするんだ!


 わたしは心のはやりを押し殺し、両手を天へと突き上げた。応えるように、巨大な水の塊がほどけ消えゆき、霧となって女を包むと、ふわりと地上へ降ろしていく。


 わたしはすぐに女の首元に手をあて、オーキィに習った回復魔法を詠唱する。


「ああ、くそっ! どうしてわたしに治癒の権能が無いのよ!」


 浄化の権能は持ってるけど、怪我を治す権能は持ち合わせていない。

 それでもわたしは元神だ。たとえ権能がないとしても、ただの回復魔法でも効果は高いはず——!


 手の平から首の傷口にマナを流し続ける。紅に染め上がるその裂け目を、マナによる治癒力の底上げでじわりと繋ぎ止めていく。


 そして——


 傷口はすっかりふさがった。……胸が上下するのも確認できる。

 口元に耳をあてると浅くはあるが呼吸音も聞こえていた。


 わたしは緊張が一気に抜け、肩で荒く息をついた。

 額を腕で拭い、地面の上に腰を落として手をおろす。


 なんとか、命を繋ぐことができた。

 まだ、この女には、話してもらわなくてはいけない。死んでもらっては困る。


 だけど、死をもって秘密を守ろうとするこの女が、素直に口を割るとは思えないし……。

 あとは兵に引き渡して情報を引き出してもらうしかないか……。

 あまり考えたくはないけど、帝国なら——洗脳めいた魔法だってあるかもしれない。


 女の意識はもうなかったが、油断は禁物だ。確実に拘束だけはしておこう。

 わたしは収納袋からロープを取り出し、女の手足をしっかり縛り上げ、猿ぐつわも噛ませる。

 そして足元に転がる竜の残骸――紫色にぬめりと輝く魔核を拾い上げ、ひとまず収納袋へと放り込んだ。


 そして、まだやらないといけないことが沢山ある。


 わたしは戦場に伏した冒険者たちを見渡した。

 竜が消えたことにより、地面を這いずっていた触手も消えた。

 甲冑の割れ目から覗く傷口、握りしめたままの武器、荒い息をつく者の顔。胸を締めつける光景だった。

 あたりは、竜の消えた後の静けさと、時折聞こえる冒険者たちのうめき声だけが残っている。

 早く彼らの治療をしなくては。


 さきほど《清涼の環》で解毒は済ましているので、怪我の治療が済んでいない人がいればその人たちを優先して治療したい。


 その為にも、意識を失っているウィンディや魔術師隊を優先して起こし、彼らにも協力してもらうのが一番だね。


 わたしは倒れ伏す冒険者たちのもとへ足を運んだ。

 まず魔術師たちを揺り起こし、回復と補助を分担する。

 応急の治療が一通り済むころには、呻き声の数も幾分か減っていた。

 

 ──だが、本当に嵐が過ぎ去ったわけじゃない。

 むしろ、ここからが始まりだ。

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