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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第二章 ◇◇
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第26話 雷牙を越えて

 森から開けた草原の奥、大岩の頂で雷放狼(ボルトウルフ)が再び咆哮する。

 次の瞬間、空が裂けたかのような閃光と、耳を打つ爆音。

 宙を奔る無数の電撃が冒険者たちを薙ぎ払い、その一瞬の硬直を逃さず取り巻きの狼たちが牙を剥く。

 焦げた草の匂いが鼻を刺し、帯電した湿気が肌にまとわりつく。髪の毛がふわりと浮き上がり、空気全体がピリついていた。


 アクセルとグロウは──まだ無事のようだ。前線で幾多の狼を切り伏せている。


 森を抜けてきた魔術師隊が惨状を見て硬直をしているが、事態を確認したウィンディがすぐさま詠唱に入る。


「天に突き出せ大地の槍よ! 地槍召喚(ストーンランス)!」


 大地から天高く、幾多の岩槍が突き上がった。巻き込まれた狼の数匹は身体を引き裂かれ、魔石へと変わって地に散る。

 雷放狼(ボルトウルフ)が咆哮し、稲光が(ほとばし)った──岩槍が避雷針の役目を果たして、その一部を吸い取るが、全てを防ぐには至らない。


「チッ、完全には無理か」


 ウィンディが下唇を噛み、巨狼を睨みつけると、新たな詠唱に入った。


「なんとか、親玉を仕留めないと……!」


 わたしも雷放狼(ボルトウルフ)の眉間へ狙いを定めて矢を放つ。だが、巨躯はわずかに頭を伏せるだけで、それを難なくかわした。


 そして避雷針に構わず、続けざまに雷撃を放ってくる。


「岩の槍だけじゃ誘導しきれないな」


 ウィンディは倒れている者が隠れるように土壁をせり出させ、その影に退避。水魔術師と共に手分けして負傷者の手当にまわる。


 あぁ、今の状況で、神の力を隠すも無いな……!


 わたしは人目を避けて後方からそっと手のひらに水を集める。

 《清流の手》──手の周りから溢れる水の奔流を薄く広げ、このエリアの天を覆う。光を受けて揺らめく水面が、頭上に淡い青の膜を作り上げていく。

 ウィンディが作ってくれた避雷針を繋ぐように、たゆたう水の天蓋をその場に展開させた。


 直後、雷放狼(ボルトウルフ)の落雷が、目も眩む白光となって天蓋に叩きつけられる。

 バチィィィッ──! 水面を伝って走る雷は、青白い稲光の帯となって避雷針へと吸い込まれ、岩を震わせながら地面に消える。

 同時に空気が焦げた匂いと、腹の底まで響くような低い轟音が辺りを満たした。


 これで落雷に関しては、かなり安全になるはずだ。


 突然現れた水の天蓋に、ウィンディは仲間の水魔術師の女性に目を向ける。


「気が利くね! 助かる!」


 その言葉に水魔術師は、怯えたように顔を曇らせ首を横に振る。


「わ、私じゃないです! 私じゃこんな広範囲できません!」


 じゃあ誰が? とウィンディは訝しんだが今はそれどころではない。水魔術師と頷き合うと治療に専念する。


 雷鳴は再び轟き、まだ戦いは終わらない。


 弓兵からも幾多の矢が雷放狼(ボルトウルフ)へ飛来する。大岩の上での動きだけで必要最小限だけを躱すと、反撃に雷撃を飛ばし、弓兵にも被害が出ている。


 落雷という最大パワーの攻撃を天蓋で避けれても、横に放つ雷撃対策は難しいところだ。ウィンディが負傷者避けにいくつか土壁を立ててくれているので、それに隠れるしか難しそうだ。


 わたしも土壁のひとつに身を隠す。覗きみれば、アクセルやグロウ、他数名の冒険者たちが別の土壁へ同じように身を隠している。


 戦闘による荒々しい音が、止まった。


 戦士たちの頑張りにより、魔石の狼たちはだいたい倒し終わったようだ。残りはボスただ一体。


 みな、チャンスを伺うように身を伏せている。


 治療の詠唱以外は後方の森や草原のざわめく音のみ。


 しばらく大岩の上から様子を見ていた雷放狼(ボルトウルフ)が音も立てずに大地に飛び降りると、頭の先から尾へと身を震わせる。それに添うように静電気がバチバチと音を放つと、全身に青白い光を纏う。


 下手に水で攻撃して、あたりに水をばらまいたら感電被害増えるよねぇ……?

 ううう、悩ましい。他に何か手立ては……。


 わたしは矢筒から矢をとろうとしたが、手が空を掴む。

 えっ、使い切った!? ホントに!?


 あ、そうだ! じいちゃんの収納袋に変な矢あったね!

 雷の矢とか炎の矢とか! とにかく何でもいいからあれ使おう!


 収納袋から特殊矢筒セットを取り出す。

 その中のひとつをふと手に取り考える。


「地の矢って何の効果があるんだろ」


 いまいち効果がピンと来ないんだよね。

 まぁ、とりあえず使ってみるか……!


 ただ……あの狼避けるんだよね。よく狙わないと。


 わたしが矢を取り出して弓につがえる姿を見たアクセルが、深く頷くと土壁から飛び出して巨狼の前方に立ち止まり切っ先を突きつける。

 雷放狼(ボルトウルフ)は身体にバチバチと雷を纏わせながら、姿勢を低くし唸る。


「俺の名はアクセル! 貴様を倒す──パーティのリーダーだ! 冥土の土産に覚えておけ!」


 そう叫ぶと、アクセルの剣はその先端より激しい閃光を放つ。

 光属性、無詠唱で光らせる特技がここで役に立つ!


 狼は突然の光の奔流に目を眩ませて仰け反る。

 その際に身体の端々からデタラメに放たれる雷撃がアクセルを襲い、後ろに吹き飛ばされる。


 このチャンスを無駄には出来ない!


 弦を引き絞り、巨狼の腹部を狙う。

 矢は一直線に飛び、毛皮を突き破って深々と突き刺さった。


 瞬間、着弾点を中心にゴリゴリと硬質な音が響き、毛と皮膚が灰色に変色していく。


「石化?」


 効いた──! 胸の奥がじんわりと熱くなり、思わず息を呑む。


 皮膚の一部を硬質化させた狼は、その部分だけ雷を纏わなくなった。

 まるで雷が岩肌に阻まれて流れを断たれているかのようだ。


 それでもまだ放電している為、近接戦は厳しそうだ。

 やはり弓でケリをつけるしかないか。


 ウィンディがアクセルの元へ駆け、土壁を作り治療魔法に集中する。


 皮膚の一部が硬質化した狼はにわかに動きが鈍くなる。

 わたしは視線を矢へと戻すと、ほんの少しだけ唇が緩む。

 ……じいちゃんが遺してくれた矢、役に立ってるよ! ありがとう!


 よし、もう一本……! ぶち込もう!


 引き絞り放った矢が先程の着弾点より前方、前腿に突き刺さりそこからも硬化をはじめる。


 狼はこちらを睨みつけると身を屈ませて、雷撃を撃ち込んでくる!


 わたしは慌てて土壁の後ろに転がり込んだ。

 ウィンディがわたしの元へと駆けてくる。


「ティエナちゃん大丈夫?」


「うん、へーきへーき! 直撃してない」


「その矢、貴重な魔導具じゃないの?」


「わかんない、けど腐らせて負けるより良いよね」


 そう言いながらもう一本番えようとするわたしにウィンディの手が伸びる。


「大丈夫、あとは任せて」


 ウィンディは土壁から飛び出すと短杖(ロッド)を掲げて詠唱をする。


「天に突き出せ大地の槍よ! 地槍召喚(ストーンランス)!」


 雷放狼(ボルトウルフ)を狙って地面からつき上がる槍。ただし狼はそれを身を捩って避けた。


「だよね。じゃあこれならどう!? 地に楔を打ち込め大地の槍よ! 地槍召喚(ストーンランス)!」


 地属性の矢尻には地のマナが込められており、それを起点とする魔法。

 詠唱に応じ、狼の「石のような」皮膚の奥から岩が芽吹いた。

 内側へと隆起して臓腑を抉り、さらに骨を砕きながら外へ突き破り、鋭い槍の形を成す。


 ズガァン──と大地に突き刺さった瞬間、巨狼の四肢が痙攣し、青白い雷光が槍を奔り落ちた。


 閃光が地面へ吸い込まれると同時に、バチバチと空気を裂いていた音も消え、重苦しい静寂が訪れる。


 そして、巨大な狼の姿は崩れさり、ゴロリと拳大の鉱石がその場に転がった。


 ──ようやくの勝利だ。


 その場にいた全員が安堵し、力なくへたりこんだ。

 動けるものは負傷者の手当にまわる。


 アクセルとグロウは土壁に背中を預けたまま拳を合わせて讃え合う。

 ウィンディはわたしに目配せをすると、アクセルたちの治療に戻った。


 雷の魔晶が転がっている。わたしはそれを拾い上げて角度を変えながら見つめる。


 今回も手がかりは無しか。ノクは──どこに居るんだろう。

 そんなことを考えていた、その時。


 雷放狼(ボルトウルフ)が乗っていた大岩に、ピキリ……と細い亀裂が走った。


 大岩は亀裂をさらに広げると、低く鈍い音を響かせながら外殻の岩が崩れ落ちる。

 砕けた岩の隙間から、鋭い嘴のような形状をした顎が突き出され、長い首がぬるりと持ち上がった。

 その動きに合わせて、地面がわずかに震え、冷たい風が周囲を撫でる。

 岩肌を剥ぎ取るように広げられたのは、緑と赤がまだらに混ざり合った毒々しい鱗の翼。

 ざらついた鱗の間からは、腐った鉄のような匂いが漂い、喉の奥からは低い唸り声が響く。


 禍々しい竜が、そこに姿を現した──。

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