第25話 雷光の咆哮
明後日の早朝、西部の平地に集められた討伐隊参加の冒険者たち。
一目でランクはわからないが、駆け出しの軽装から、年季の入った鎧を着込んだ歴戦まで──様々な顔ぶれが並び立つ。その数、ざっと見ても五十名は越えている。
対して、帝国の兵士はわずか六名。
戦列に加わる気配はなく、腰には剣こそ帯びているが、鎧は軽く、視線は地図や魔導具ばかりを追っている。
どうやら前線に出る役目ではなく、後方から全体の指揮と状況把握を担うようだ。
そのうちの一人が、音声を拡大する円錐状の魔導具を口元にあて、低く通る声で説明を始める。
「まずはこちらに集まってくれた精鋭諸君に感謝を述べる。戦うすべの無い民衆たちを助けるためにも、君たちの力で、この未曾有の魔物大量発生を乗り切ろうではないか」
その調子の良い言葉に、グロウとウィンディが顔を見合わせ「思ってもいないくせに」と肩をすくめる。
周囲でも、同じように苦笑やため息がちらほらと漏れていた。
「まず、兵科を戦士・魔術師・弓兵の三つに分けさせてもらう。本来であれば魔術師隊の一斉詠唱をもって開戦とするところだが──諸君ら魔術師の中には練度や詠唱速度に大きな差が見られる。ゆえに今回は、弓兵の一斉射撃を合図とする」
号令と同時に、人々が武具を鳴らしながら列を組み替えていく。鎧の軋む音、矢筒の揺れる音が重なり、次第に緊張が肌にまとわりつくように濃くなっていった。
わたしたちのパーティも、それぞれ持ち場へ散っていく。
アクセルとグロウは戦士隊として最前線へ進み、剣を構えて列に加わった。
ウィンディは魔術師隊の詠唱陣に入り、短杖を胸元で握りしめる。
そしてわたしは、弓兵として後方支援に回る。前列の背中越しに森の闇を見据える。
「相手は魔物だ。初撃以降は乱戦になることも十分考えられる。戦士隊は前線を突破されないようにその身を盾にして後方を守るように。魔術師隊が接敵されないように、弓兵隊は漏れ出た敵を叩くのだ。魔術師隊は魔物の集団を見極め大型魔法で一掃に努めよ」
縦隊はゆっくりと平地を進み、やがて森の外縁が視界に入った。
鳥の声はなく、木々の影は濃く沈み、湿った土の匂いに混じって獣臭が漂ってくる。前列の足取りが自然と重くなり、鎧や武具の音だけが耳に残った。
やがて、先頭から低い声が響く──「……見えたぞ」
四足の魔物。遠目に見たところ狼型だ。ダンジョンで見た限り、魔核の中でも魔石や魔鉄程度の低級のものが多い。
脅威そのものは高くない──だが、何しろ数が異常だ。撒き散らした砂粒のように、視界の端から端まで無数の影がうごめく。しかも森の奥には、まだ潜んでいる気配がある。
これは確かに、軍隊でもなければ処理できない規模だ。
「弓を引け!」
兵士の合図を皮切りに、弓兵たちが一斉に弓弦を引き絞り、魔術師たちが詠唱を始める。戦士たちはいつでも飛び出せるよう、身体を沈めてその時を待った。
一瞬の静寂──耳に届くのは、魔術師たちの詠唱だけ。
「放て!!」
ビィンッ、ビィンッ──鋭い弦音が幾重にも重なり、矢が鋭い軌跡を描いて前方へ走る。十数本の矢は正確に狼型の魔物へ突き刺さり、悲鳴を上げさせた。
直後、魔術師たちの火球や雷撃、風撃、氷槍が轟音と閃光を伴って着弾し、さらに前列を薙ぎ払う。
その下を、戦士たちが怒号を上げて突き進んだ。
「うおおおおおー!」
戦士たちの力任せの一撃が、狼型の魔物を次々と地へ沈め、その姿を魔核へと変えていく。
だが──奇妙なことに、残った多くの魔物は牙を剥くでもなく、揃って身を翻し、森の奥へと駆け去っていった。
あまりにも一斉で、あまりにも迷いがない。その背に、得体の知れない意図がちらつく。
後方の兵士が、魔導具を通じて声を張り上げた。
「追え! 追え! 一体足りとも逃がすな! 全員すぐに後を追え!」
このまま逃がすわけにはいかないのは確かだ。
冒険者たちは隊列を崩しながらも、勢いそのままに森の影へと踏み込んでいく。
胸の奥をちくちくと刺す違和感を振り払い、わたしもその後を追った。
*
森の中は、すでに乱戦の渦だった。
木漏れ日も届かぬ薄暗さの中、狼たちは幹から幹へと軽やかに跳躍し、上空から爪や牙を振り下ろす。
森での戦いに慣れていない駆け出しの冒険者は、剣を振るうにも木々に阻まれ、苦戦を強いられている。
だが一方で、場数を踏んだベテランたちは冷静に間合いを取り、狼の動きを読んで次々と仕留めていった。
……なるほど。奴らの狙いは、この地の利だったか。
まぁ……敵が上に居てくれる分には、こっちは誤射の心配が減って助かるけどね!
わたしは見かけた狼を矢で射抜きつつ、戦場の奥へと歩を進めた。
狼はさらに奥へと駆け、冒険者たちもその背を追う。
やがて──森がぽっかりと切り開かれたような、異様に広い空間に出た。
周囲には木々一本なく、腰丈ほどの草が風に揺れている。その奥、まるでこの地の主のように大岩が鎮座していた。
そして、その頂に──ひときわ巨大な狼。
逆立つ体毛は静電気を帯び、バチバチと空気を裂く音を立てる。剥き出しの牙からも、時折稲妻が閃き、青白い光が頬を照らした。
残された群れの狼たちは、その巨躯を背に冒険者たちを迎え撃つように低く唸る。
空気が、明らかに変わった。
雷放狼が天を仰ぎ、ひときわ長く、腹の底から響く遠吠えを放つ。
直後、視界の端が白くはじけ──次の瞬間、世界が閃光に塗り潰された。
遅れて、鼓膜を内側から叩くような衝撃音が全身を震わせる。
落雷が最前列の冒険者を直撃し、鎧を焦がしてその場に叩き伏せた。隣にいた戦士が短く悲鳴を上げ、盾を構えたまま後退する。
混乱の声が広がる間もなく、巨狼の前方で待ち構えていた群れが、一斉に地を蹴った。
牙と雷光が入り乱れる中、冒険者たちと狼たちの距離が一気に零へと縮まっていく──。
次の瞬間、戦場は牙と雷光の渦に呑まれた。




