第22話 静寂の森と増える影
ルーミナから東へ、徒歩で二日ほど。
木々の間。獣道のような、草がまばらになった細道を、わたしたちは黙々と踏みしめていく。
依頼の目的地は、もうすぐだ。
先頭を歩くのは、赤い外套を揺らす金髪の青年・アクセル。金属鎧に身を包み、歩きづらい道を、腰の剣で草や蔦を薙ぎ払いながら進んでいく。
その背に続くのは、黒髪に皮鎧の男・グロウ。手には小型の弓を構え、警戒を怠らない。
三番手に、栗色の髪の女性魔術師・ウィンディ。
そして最後尾には、わたし――ティエナがつき、背後にも目を光らせる。
すでに森のような道をかき分けて進んでいるけれど、
……にわかに、空気が変わった気がする。
耳を澄ます。──風が枝葉を揺らす音はあるのに、鳥や小動物の気配がない。
森が、ひどく静かだ。
風の音が遠のき、冷たい膜に覆われたような、耳が詰まる感覚がする。
「アクセル、ちょっと待って」
わたしは前方に向かって声を投げかける。
アクセルは足を止め、振り向きざまに剣をひと振り。切っ先がキラリと光り、薙がれた雑草が宙に舞う。
「どうしたのかな、お嬢さん。森のくまさんにでも出会ったかい?」
「森の……鳥や小動物の気配がしない。──たぶん、例の魔物のテリトリーに入ってると思う」
三人は軽く頷き合い、グロウが弓を背に回して剣へと持ち替え、静かに声を落とす。
「じゃあ、話し合った手筈通りにってことか?」
わたしが頷くのと同時に、森の奥から――ギィィ……ギィィ……と、金属を擦り合わせるような不快な鳴き声が響いた。
わたしは前に出て、アクセルと位置を入れ替わる。落ち葉を踏み鳴らさないよう慎重に足を運ぶと、ほどなくして視界の先に――
いた。
木々の枝に器用にぶら下がり、周囲をせわしなく見回す、猿に似た魔物。皮膚の所々が石のように硬化しており、長い尾の先は拳ほどもある硬質の塊になっている。角張ったその形は、まるで戦場で振るう鈍器のようだ。
依頼書には『倒してもどこからともなく増える』とあったが……。
目に入るだけでも四、五体。森全体で見れば、数十は潜んでいるかもしれない。
……めんどくさいなぁ!
わたしは後方へ手で合図を送り、打ち合わせ通り目を伏せる。
そして、すぐにアクセルの澄んだ声が森に響く。
「全てを光の中へ──!閃光!」
閉じた瞼も貫くような光が瞬時に森を満たす。
目を眩ませた猿たち。
わたしが矢を放ち一体のしっぽの先端を正確に砕くと、アクセルとグロウがわたしの横を駆け抜けて前に出る。
アクセルが踏み込みざまに尾の先を斬り上げる。硬質の塊が弾け飛び、草むらへと飛び込む。
さらにわたしの矢がもう一体を仕留め、グロウの剣が別の猿のしっぽを中頃から切り裂き、嫌な手応えとともに肉片が飛び散った。
「あっ!」
と思ったがもう遅い。
グロウが狙ったしっぽを失った猿は、すぐさまその先を再生し、残されたしっぽからは身体が生えて二体になった。
これは──ダンジョン四十一階層「偽りの森」で出会った魔物、「増える猿」の特徴だった。
*
時は少しさかのぼり、ルーミナを出て一日目の夜。
「ちょっと待ってね」
ウィンディが詠唱をして短杖を振ると、たちまち土が盛り上がり、簡易的な「土製のかまくら」のようなものが出来上がった。
中心部で焚き火をすることで、この寒さの中でも暖かく休息がとれそうだった。
基本的に見張りはひとりずつ。
今は鎧を脱いだアクセルが外で剣の素振りをしており、その脇でグロウが見張り用の焚き火を整える。
グロウが焚き火の周囲に鉄の網を組み上げ、その上に黒鉄のフライパンを置く。
ラードを落とせば、じゅわっと音を立てて溶け広がり、香ばしい香りが漂いはじめる。
そこへ干し肉を並べ、ゆっくりと火を入れる。表面がきつね色になったところで、ぐいっと酒をひと垂らし。
瞬間、肉汁と酒の香りが混ざり合い、ぶわっと立ち上る湯気がかまくらの中まで押し寄せてくる。
ウィンディは髪や服に匂いが着くのを嫌がり、肩をすくめながら外へ出ていった。
わたしは──美味しそうな匂いに釣られて外に出る。
鼻腔を満たす香りが、空腹だった胃をやさしくかき回す。
ぐぅ……と腹が鳴った。……仕方ないよね?
焚き火を囲み、食事の時間。
元が干し肉とは思えないほど、表面は香ばしく中はしっとりと仕上がったお肉。
ジュッと弾ける肉汁を吸った玉ねぎは、甘みとほのかな辛みが混ざりあってとっても美味しい。
焼きたての香りに包まれながら、パンをちぎる手も止まらない。
「どうだ、美味いか?」
わたしの様子を見ていたグロウが口角をあげる。
わたしは口の中に詰めたまま、カクカクと頷いた。
水を口に流し込みひと息つく。
「美味しい! グロウって実は料理人!?」
グロウは両肩をすくめ、他のふたりは食事をしながら笑っている。
その光景を見て冒険者仲間というより、馴染みある友達なのかな? そんな印象をうけた。
食事が一段落したところで、わたしは皆に今後の話を聞いてもらった。
「今回の依頼なんだけど、たぶんこの魔物、本来はダンジョンにしか居ない魔核獣だと思う」
他の三人の視線があつまる。
「どうしてそう思うの?」
訊ねてきたのはウィンディだった。
「いくら倒しても増援がくる猿──これ倒し方を知らずに戦って『増える猿』が増殖してる状況だと思うんだよね」
グロウは噛み切った肉を口の中で転がしながら、低くつぶやく。
「増える猿? 聞いた事のない魔物だな」
「本来なら、エルデンバルのダンジョン深層にしかいないはずだからね」
ウィンディは、一口大に切った肉をフォークで運ぶ手をぴたりと止め、ゆっくりとわたしへ視線を移した。
「ティエナちゃんは、それを見たことがあるの?」
こくりと頷くわたしに、ウィンディは唇の端を上げる。
「へぇ……実力はA級ってわけね。見た目は、まだまだ子供なのに」
そ、そんなに子供かな……? まだまだ成長する、はず、だもん!
胸に手をあて俯くわたしに、フォークを持ったまま手をこちらに振りながらアクセルが口を開く。
「それで、その猿を増やさずに倒すにはどうすればいいんだい?」
*
そして今──増殖した猿が視界に映る。
「グロウ! しっぽの間じゃダメ! 先を砕いて!!」
わたしは振り向かずに叫んだ。弓を引き、他の増える猿の尾の先を矢で貫く。
「そうは、言っても……! しっぽ動き回って狙うのムズくないか!?」
猿の引っ掻きを身を捻って躱しながらグロウが唸る。
「地より手を伸ばし捕らえよ! 絡み岩!」
猿の着地と同時に地面が隆起し、石の腕のように絡みついて両脚を呑み込む。
暴れる尾を振り上げたその背後から、アクセルの剣閃が奔った。
尾の先の硬質塊が砕け、鈍く重い音が森に響く。
ここでの戦闘はそれが最後の一体だった。まだまだ森の奥には居そうではあるが。
「怪我は無いか、グロウ」
アクセルが鞘に剣を収める。その刀身を這うように光が走った。
「助かったけどさ……その、いちいち光らせるのやめねぇ?」
「何を言う。演出は大事だろう?」
えっ、なに? やっぱりアレ、アクセルが光らせてるの? どういう仕組み……?
戦いがひと段落して少し気が抜けた途端、どうでもいい疑問が湧いてきたのであった──。




