第19話 ギルドアクアリウム
とりあえずギルドでの用件は二つ。
ひとつは素材運搬依頼の完了。これはギルド受付に提出するだけ。
もうひとつは魔核竜に関する情報が無いか確認する。明確に情報が無くてもそういった討伐依頼がないかを確認する。
ということで、気後れしながらも、オシャレな外観のルーミナ冒険者ギルドの扉を開く。
扉に連動し、カランカラーンと軽快なベルの音が鳴った。
中に足を踏み入れると、木の床がわずかにきしみ、同時に酒と焼き肉の匂いが鼻をかすめる。
ざわめく人の声、笑い声、時折響くグラスの音。ここが帝国でも有数の冒険者たちの拠点であることを肌で感じる。
向かって左手にフリーで使えるテーブルがある。食事をして良し、依頼の相談して良し。
その奥の壁には依頼用の掲示板。複数の冒険者グループが今日の依頼は何にしようかと雑談し、とても賑やかだ。
向かって右手に広がる酒場のカウンターでは、既に何人もの冒険者が飲みながら談笑している。
そしてギルドの受付カウンターは正面向かってさらに奥。白塗りの綺麗なカウンターテーブルが横に広がり、受付スタッフも三名常駐しているようだ。
そこが、わたしの今日の目的地だ。
カウンターまで足を進めるが一歩手前で足を止める。
「えええ~~!? なにこれ、綺麗!」
受付カウンターの手前には、小さなアクアリウムが置かれていた。
透明な水槽の中で小魚が群れを成して泳ぎ、灯りに反射してきらきらと光を散らしている。
水のせせらぎがかすかに聞こえ、喧噪の中でもどこか落ち着ける。
――さすがは水の都市ルーミナだ、と感心せずにはいられなかった。
「そこのお嬢さん、ルーミナは初めてですか?」
受付カウンターのお姉さんが上品にくすくすと笑う。
うわぁ~、少し恥ずかしいな。
「わたし、こっちに来たばかりで。あ、そうだ! ミルドのギルドで受けた運搬依頼の素材、届けに来ました!」
収納袋から、魔物の解体素材などミルドで預かった物を取り出す。
「あら、そうでしたのね。――はい、確かに受領しました。ありがとうございます。お若いのにA級でいらっしゃるなんて、素敵ですわ」
「ええ~? そう言ってもらえるのは、嬉しいな~!」
カウンターを見渡してみると、受付のお姉さんたちは皆同じ制服を着ていた。清潔感のあるパリッとした白いシャツに、ルーミナらしい青くタイトなスカート。金のラインが上品に差し込まれ、胸元には水滴を象った小さなブローチが輝いている。
ノアランデ王国でもフォーマルな姿の人は多かったけど、皆バラバラで好きな恰好していたのにね? こっちは統一感あるな~。
「その制服も素敵ですね!」
思わず感想が口をついて出ちゃった。
「あら、ありがとうございます。私も気に入っておりますわ」
ふと見ればカウンターのお姉さん全員から微笑ましい視線を送られている。
荒っぽさが無くて居心地いいギルドだなぁ。
って、だめだめ。本題を忘れそうだった!
「あの、この辺りで『竜』を操る集団とか『竜』の目撃例とかありませんか!?」
思わず勢いでカウンターに乗り出し気味になってしまう。
受付のお姉さんも驚いて上半身を引く。
「竜? ドラゴンということですか?」
受付嬢は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに首を横に振った。
「いいえ、こちらには特に報告はありませんね」
あぁ~、この反応。ダメそうだ。
わたしの「竜」発言に、周りの冒険者からも視線が一瞬集まったけれど、興味を失ったようにまた雑談へと戻っていく。
「さすがにドラゴンの討伐依頼は出ておりませんし、目撃情報があればそれだけで一大事になりますので……今はそれに類する情報はありませんね」
……やっぱり空振りか。
胸の奥に小さな棘が残る。けれど――諦めてなんかいられない。
「そうですか。確認していただいて、ありがとうございます!」
わたしは一礼してからカウンターを離れ、掲示板へと足を向けた。
ずらりと並ぶ貼り紙の前には既に数組の冒険者が陣取り、声を潜めて相談している。
インクの匂いがかすかに漂い、紙が重なり合う音が耳に届く。
その中をするりと抜け、掲示板の前に立って依頼書の内容をチェックしていく。
うーん、どれどれ……。
草原の魔物討伐依頼や帝都への護衛任務、森での素材採取に、失せ人探し、水路清掃に……え? 水路清掃?
懐かしいなぁ、スタトで一番最初に受けた依頼じゃん。でもこの街の水路清掃ってスタトの比にならないぐらい広いよね。これは大変だぁ――って、そうじゃない。脱線しちゃった。
……やっぱり、竜に繋がりそうな依頼は見当たらない。
貼り出されている物を次々に確認をしていくが、それっぽいのは見当たらない。
が、その中の一枚で手を止める。
ちょっとした違和感。
◇◇猿型の魔物討伐◇◇
◆突如森に現れるようになった猿型の魔物。
倒したと思っても次々新手が現れる。急ぎ駆除されたし。
◆要Bランク以上
これは……。
依頼書を剥がして受付カウンターに持っていく。
わたしの直感が正しければ、この魔物は――!




