第15話 人の手により造られた魔物
「それで、シルヴィオさんがここに来た理由を聞いてないけど」
わたしは床にどっかりと座り、ふてくされた口調で言った。
……もう遠慮しないからね? いっぱいいじめられたんだから!
「それを説明するのは難しい」
シルヴィオさんは腕を組み静かに目を伏せる。
……。
いや、それで終わるのかい!
「いまの、説明してくれる流れじゃなかったの!?」
「何故だ? 説明は難しいと言ったはずだが?」
くぅぅ〜!
いや、そこは普通、ぽつりぽつりと語り出すところでしょ〜!?
なんで、ほんとにそこで終わるのよー!
悔しい。……追いすがろう。
「とりあえず話してみてよ、わたしが理解できるかは別として」
それで、表情変わんないんだもん!
『蒼き剣と七つの遺跡』に書いてあった氷騎士って、表情筋が凍ってるってことなの? そうとしか思えないよ?
あーもー、本を読んだ時のドキドキ返してよー!
「……呼ばれた気がした。ただそれだけだ」
「呼ばれた? 誰に?」
「わからん」
……。
ほらー、会話終わっちゃったじゃん! どーしたらいいのよー!
コミュニケーションって知ってる? ひとりじゃ出来ないのよー!
なんて天井に向かって心の中で呟いていたら、シルヴィオさんがゆっくりと口を開いた。
「あまり語るつもりは無いのだが──このあたりは北東部の山脈より水が流れてくる地形でな」
おお、ついに話してくれる気になった? わたしの粘り勝ち?
「この村の傍には盆地湖があり、そこからまた川が下流へと流れていく──」
少しずつ言葉を探しながら話を続けてくれる。
「伝わらんかと思うが、ここは『水の休憩所』なのだ」
「……水の休憩所」
……水が流れて、力を落とし、そしてまた満たされていく。
水の魂が立ち止まり、休息を取る場所──それがこの村の在り方だった。
なんとなくわかる気がする。わたしの神の欠片もきっとここで休んでいたんだ。
シルヴィオさんは全て語ったとばかりに口を噤む。
いやいや、伝わんないよ。
それじゃ、地形説明だけなのよー!
もう少し付け足してよぉ!
「水の休憩所に呼ばれたとでも言うの?」
特に返答はない。
わたしはグイッと耳をシルヴィオさんに寄せる。
「だから、わからないと言っている」
そうでしたね! 最初から「わからん」って言ってたものね。今の話なんだったの?
「か……水の神が呼んでいるような、そんな気がしたのだ」
ほへ? わたしは顔面からぶわっと汗が出た気がした。
暖炉、暑いかも? おかしいなー?
あれぇー? そんな返答来ると思っていなかったなぁ〜?
わたし、よ、呼んでないからね!? え!? わたしの事だよね!?
狼狽えるわたしを見て、一瞬怪訝な目をするが
「わかってもらうつもりは無い」
とだけ言い、そのままこの話題は終わった。
*
とりあえず、この村の散策はここまでだ。
十分得るものはあったし、シルヴィオさんとの出会いも貴重だった。……最初は怖かったけどね。
扉をくぐり外へ出る。
シルヴィオさんの白い馬は繋がれもしていないのにちゃんと大人しく待っていた。賢い。
「待ってるだけならティエナより上手かもね」
どー言う意味よノク?
シルヴィオさんが軽やかに馬に跨る。白銀の髪と青いマントが風になびいて、なんともカッコイイ。
あーでもおじいちゃんなんだよね? そう考えたら、なんとも複雑な気持ち。
うん? 不老だから、扱いは若いままでいいの? ややこしい人だなぁー、もう!
「本当に町まで送っていかなくていいのか?」
馬に乗せてってくれるって話をしてくれたんだけど、わたしの感情がぶっ壊れそうなので遠慮した。
白馬のイケメンと一緒に乗るんだよ!? 憧れ!
でも、帝国騎士! 複雑! 実はおじいちゃん? 感情が追いつかない……! もういっそ老けててくれたら現実が直視できて良かったのに……!
ときおり吹き降ろす、高地からの強い風が草を薙ぐ。
コートが吹き飛ばないように軽く押さえる。
「うん、歩いて帰るから大丈夫。さぁ、ノクもシルヴィオさんに挨拶して──あれ? ノク?」
後ろにいたはずのノクがいない。
「た、助けてティエナ!」
ノクの声が──空から聞こえてくる。
わたしとシルヴィオさんも即座に声の方を向く。
空には、ノク──を抱えた人影。全身のラインが見えるようなピッチリした衣服。衣擦れをおこさない、まるで暗殺者のような出で立ちの女性。
それがノクを抱えて何も無いところに浮いている。
その女は、こちらを一瞥し──わずかに口元を吊り上げた。
これは明確な敵だ! 問答するつもりは無い。
わたしは弓を構え即座に矢を放つ。狙いは腕。刺さればノクを手離すだろう。人影の下へ駆ける。
だが、わたしの矢は見えない何かにいなされる様に、あらぬ方向へ軌道を変える。
「突き刺され! 氷の槍!」
シルヴィオさんが馬上から剣を天に突き上げると、切っ先から氷の槍が次々と、空の人影にめがけて飛んでいく。
だが、それも身体には届く前に、見えないなにかに弾かれて地面に突き刺さる。
「やっかいな風魔法だな」
シルヴィオさんが白馬に合図をすると、跳躍──そして破片を撒き散らしながら家の屋根上を駆けると、さらに天高く飛びかかる。
「セイッ!」
そのまま空の女に長剣を叩きつけた!
馬が軽やかに着地するが、
「浅かったか」
といい、空を見上げる。
わたしも再び矢を番え女に向けるが、それより早く女が手を振り下ろす。
それを合図に、空よりさらに二体の影が現れ、迫る。
「ワイバーン!?」
体長2メートルほどの飛翔する竜が大きな口を開け、わたしとシルヴィオさんに喰いかかる!
わたしはワイバーンの噛みつきを、身体を後ろに倒し紙一重でかわす。前髪がパラパラと少し散った。
そのままブリッジをしてワイバーンの首筋がわたしの上に来た時に腿ベルトから抜き放ったナイフを突き立て、ワイバーンの飛翔の勢いで首を裂く。
シルヴィオさんが長剣に手をかざし、一言詠唱をすると、刀身が青白く輝いた。
そのまま口を開け迫り来るワイバーンを正面から横薙ぎに一線。
剣をひと振りし鞘に納めると、ワイバーンは引き裂かれた口元から凍結が走り、地面へ衝突すると共に氷の欠片となり砕け散った。
わたしはすぐに弓を構え直し、空を見上げるも──そこには雲ひとつ無い空が広がっているだけだった。
──ノクが、拐われた。
*
「ノク! ノク!」
力の限り叫んでも、声は空に吸い込まれるだけだった。
白い馬がわたしの傍にまで歩み寄り、シルヴィオさんが馬から降りる。
「どこかでノクへの目星をつけていたのか?」
──酒場。 酒場の女冒険者……!
少ししか見えなかったけど、あの中に居た──!
わたしはシルヴィオさんの胸鎧を力無く手で叩く。
「なんで、なんでノクが……?」
それ以上は声が出なかった。額を鎧に押し付け俯くしか出来なかった。
シルヴィオさんがわたしの肩に手を置く。
「竜信仰の奴らに違いない」
また、竜信仰──?
「どういうこと? なんの関係があるの!?」
シルヴィオさんは深く息を吐き出すと、後ろを指した。
そっちはさっきのワイバーンの死体がある方向だ。
だが、そこに魔物の死体はなかった。
シルヴィオさんが死体があったであろう場所に近づき、しゃがむ。そして、何か投げて寄こした。
放物線を描き、わたしの両の手のひらにおさまる。
ズッシリとしたこぶし大の石。いや、ちがう。
石の内部に枝葉を伸ばすような「銀」が含まれた自然銀──銀の原石だ。
──そして内部から強いマナの鼓動を感じる。
あぁ、わたしは知っている。これは──
「銀の魔核……。魔銀だ……!」
シルヴィオさんがこくりと頷く。
「知っているなら話が早い」
「知ってるも何も、魔核を持つ魔物はダンジョンにしかいないハズでしょ!? どうして地上にいるのよ!?」
わたしはダンジョンの創造者──光の神リュミナ=シエから直接聞いたんだ。ダンジョン内に試練を設けるために魔物を用意しているというのを。
まさか、何かまた企んでるの……?
「なぜ地上にいるか? それは簡単な答えだ。
──作れるからだ」
はい? どういうこと?
「魔物は人の手で作り出せる。そして急速にその技術を伸ばしていると思われるのが──」
シルヴィオさんはそこでひと息区切り、その続きを白い息とともにゆっくりと言葉を吐き出した。
「竜信仰。いまはエンドレイク教団と名乗っている。
ヤツらの信仰、ヤツらの願いは──
竜による世界の破滅だ」




