第12話 川の上流には
頭上を飛ぶワイバーンをやり過ごしたわたしたちは街道をすすむ。
「さっきのってワイバーンだったよね? あんなのフラフラしてるの? 帝国って物騒だなぁ」
「いやー、どうだろうね。そんな話は聞いたことないけど」
何か異変が起きてるのかも、わからないけど、とにかく今は自分の目的を優先しよう。
関所から最寄りの街に到着するまで道なりに行く。
ようやく到着したころには日も傾いていた。
とりあえず、宿の確保。それから、情報収集かな?
夜だから酒場にでも行けば冒険者もたくさんいそうだよね。
晩御飯もそこですませちゃおっかな? どんな料理があるか、楽しみだなー!
というわけでー? 宿おっけー! 今日一晩だけなので適当に部屋の空いてた宿をとった!
そして酒場! 荒くれ者たちがグラス片手に騒いでいるのはどこも同じ! わたしは飲まないけど──ツマミって、お酒無くても美味しいよねー。
メニューを眺めていると、どれもこれも食べてみたくなっちゃう。
「ノクは何注文する?」
「ポテトサラダがいいな。あ、でも帝国は水の都市だけあって、魚料理がどこも美味しいらしいよ」
「へぇー、そうなんだ? じゃあわたしは魚介のリゾットにしよっかなー」
ほどなくして料理が運ばれてくる。
給仕のお姉さんに、この辺りの地理に詳しい人はいないか聞いてみた。
「それだったら、隅で飲んでるあのお爺さんに聞いてみたら?」
お姉さんの指した先には、酒場の隅で独りグラスを傾けるお爺さんがいた。席の前もちょうど空いてるみたいだ。
「じゃあちょっと移動しちゃおうか……あちっ!」
リゾットの皿も持っていこうとして、思わず火傷だ。
涙目で指先に息を吹きかけていると、さっきのお爺さんと目があった。ちょうどいいや、このまま話しかけちゃおう〜。
*
「ちょっとお話いいですか?」
お爺さんの前の席に移動する。マントの裾を鍋つかみ代わりにして、リゾットの皿もちゃっかり持ってきた。
「……火傷は大丈夫じゃったか?」
「あちゃー、やっぱり見られてました?」
苦笑いしながらリゾットをスプーンですくい、息をふきかけて少し冷ましてから口に運ぶ。
「あ、すごい美味しい! 帝国の魚ってこんなに旨味あるんですね!」
わたしが感動していると、お爺さんは目を細めて笑った。
「そりゃそうじゃ。この辺りは湖も多くてな、新鮮な魚が毎日届く。……さて、それで嬢ちゃん、何のようじゃ?」
あぁ、そうだった。料理が美味しいから本題を忘れるところだったよ。
収納袋から地図を出そうとも思ったけど、シルマークさん「騎士団の地図拝借」とか言ってたよねぇ……さすがにマズイか。
「ここから北に行った山の中、川沿いの村とかありませんか?」
グラスを傾けていたお爺さんの手がピタリと止まる。
「その村に何のようじゃ?」
「わたし、昔捨てられたらしくて。その村に両親がいるかもしれないって聞いたので、ちょっと寄ってみたいなって」
わたしはリゾットを口に運びながらお話をする。
ほんと美味しいねこれ。
テイクアウト出来るのかな……。あ、でも権能使用禁止だった。くそー。
「そうか」
お爺さんはそれだけ呟くと、グラスを置いてじっと手元を見る。
しばらくの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「そのあたりに村はもう無い。……十年以上も前に滅びたよ」
*
思わず口のものを吹き出しそうになった!
えっ!? なんで!?
「えっ、今……滅びたって、どういうことですか?」
「お嬢さん、今いくつかね」
「正確にはわかんないけど、……たぶん十五歳ぐらいです」
お爺さんの目元が緩む。何かを懐かしむような、そんな目だ。
「儂もその村の者ではないが……滅びたと聞いたのは、お嬢さんが生まれた頃じゃった。……だが、お嬢さん。あまりこの話は人に聞かん方がええ」
お爺さんはグラスを口元に運ぶと、中身を一気に飲み干した。
そして、席を立ち上がると、困惑するわたしに歩み寄り小声で呟く。
「あまり大きな声では言えんが、帝国軍に滅ぼされたのじゃ。──わかったら、もう親探しは諦めて今を生きなさい」
その後のリゾットの味はもうわからなかった。
*
特に両親に会いたいという気持ちがあったわけでは無いが、滅んだと聞かされると何か言いようのない喪失感が残った。
どんな人達だったんだろう? などぼんやりと意味の無いことを考えているうちに、目の前の皿は空っぽになっていた。
……まぁ、わかんないこと考えても仕方ないよね。
とりあえずノクの居る席にもどろう。
そう思い、立ち上がって振り返ると、
ノクの周りを数人の女性冒険者が囲んでいた。
「かわいいねー、どこの子なの」
そう言って撫でてくる頭の上の手を、小さな手で払いのけようとするノク。
「食事中だよ! やめてよ!」
お皿にはポテトサラダ。
「じゃあ私が食べさせてあげよう。あーん」
「自分で食べれるから! どっかいって!」
……なにそのモテっぷり?
このまま放っておけば、連れ去られてしまいそうな勢いだ。仕方ない、助けに戻ろう。
「わたしが物思いにふけってるというのに、ノクさんは人気者ですなぁ」
空の皿を手に、ノクの横に座る。
女性冒険者たちは「良かったね、ご主人様が帰ってきたわよ」「また遊ぼうね」など口々に勝手を言い、去っていった。
「ノク、わたしご主人様だって!」
「はいはい、そーですね。どうせぼくはペットですよ」
「拗ねない拗ねない。追加でソーセージでも頼む?」
「それティエナが食べたいだけでしょ?」
「バレたか。じゃあ追加しちゃお」
口を尖らせてるノクを見ていると、心が安らぐ。
わたしにはちゃんと家族がいるもんね。大丈夫。
「ティエナの方はどうだったの? あのお爺さんの話」
「うーんと、それは宿に戻ってから話をしよう」
それからは、追加の料理をつつきながら、わたしたちはまた他愛もない話で笑い合った。……さっきまでの寂しさも、もうすっかりどこかに消えていた。
このソーセージも美味しい……!
*
宿の一室。わたしはノクにお爺さんから聞いた話を伝える。
「はぁ? もう滅んでる? 帝国軍の手で?」
「そうらしいよ。あんまり他の人に聞くなっていわれた」
「自国の村を滅ぼすって、何があったらそうなるんだろう」
「うーん、反乱とか?」
「だとしたら、更地になってるかもね。抵抗勢力には容赦ないって聞くし」
「……なんにもなくなってたら困るけど、建物とか残ってたら《泡涙のさざ波》で感情ぐらいは読み取れるかもだし──行くだけ行ってみようか」
滅んでようが、廃墟だろうが……見てみなきゃわかんないもんね。やれることはやっておこう!
せっかく帝国まで来たんだしね?
*
とはいうものの……。
「寒い……」
そこまで標高は高くないとは言え、吹き降ろす風が体温を奪っていく。
ノクを懐に入れてコートをすっぽりとかぶってはいるが、露出している顔はとにかく冷たい! 鼻水垂れちゃいそう。
そうして、なだらかな山道を一歩一歩登っていく。
山はうっすらと雪化粧をはじめていて、まわりの森では、白い帽子をかぶったような木々の姿もちらほら見える。
幸い、足元にはまだ雪が積もっていないけれど、次に雪が降り始めれば、山道もたちまち白い絨毯に覆われて見えなくなってしまいそうだった。
どのみち長居するつもりは無いし、さっさと進んでしまおう。
*
水のせせらぎが耳に届く。
きっと川だ。
わたしは音のする方へ、少し足早に向かう。
ひしめく木々の間を抜けると、視界が開け──そこには穏やかな水の流れをたたえた川が姿を現した。
足を踏み入れればくるぶしほどの浅瀬。指先で水に触れてみると──わかってはいたけれど、超冷たい。
「ノク、川だよ」
呼びかけると、わたしのコートからノクが顔をのぞかせる。
どこか眠たげな表情。……まさか、わたしに運ばせておいて寝てた?
冷たくなった指先で、ノクのほっぺをつまむ。
「わっ、冷たいっ! やめてよ!」
「……目、覚めた?」
「さめたさめた。……この川が、ぼくたちの家まで繋がってるんだね」
コートから顔を出したノクが、左右にゆっくりと首を動かして川の流れを見渡す。
ふぅ、と小さくついたため息が白く滲み、冷たい空気に吸い込まれていった。
「すごいなぁ。流れを絶やすことなく、ずーっと──この川がどこまでも下っていくなんて。……この先に、知ってる風景があるだなんて、ちょっと不思議だね」
ノクがぽつりとつぶやく。
わたしは背筋をしゃんと伸ばして、片手を胸にあてる。
「そうでしょうそうでしょう。水は偉大なのだよ」
「別にティエナのことを褒めたつもりはないんだけど」
わたしは、この水によって──じいちゃんの胸まで運ばれたんだ。
もう一度、指先で川に触れる。
じんじんと冷たい。でもその冷たさのおかげで、身体の奥に灯る温もりを、もう一度感じられた気がした。
ふたたび、川の上流に目を向ける。
この先に何が待っていても、わたしは、わたし。だから──きっと、大丈夫。
……だよね?




