第11話 アクレディア帝国へ!
というわけで、ボロ小屋の我が家に帰ってきた!
無理な行軍ではあるけど、もうひと頑張り。
この森に流れている川の上流をひたすら目指す。
その先に、わたしが産まれた村があるはずだから。
テーブルに再び地図を広げて再チェック。
ノクが手先で指し示していく。
「遠回りになるけど、今からスタトまで出て、そこから街道沿いに西へ。そうして帝国領に入って手近な街へ。そこから北へ向かい山間の村を目指すよ」
今回の目指す村は、ノクの洞窟より標高は低いし、村があるなら細くても街道があるはず。本格的な冬になったとしても、なんとか往来は可能だろう。という算段。
「冬になったら街道が雪で閉ざされる──なんてケースも想定できるけど、その時はどうするの?」
わたしを見上げながら首を傾げる。
「雪なら実質水みたいなものだし、溶かすなりどけるなりすればいいんでしょ? わたしの権能でなんとかなるでしょ」
「楽観的だねぇ」
前向きと言ってもらいたいな!
*
旅支度自体にさほど変更点はないので、スタトで食料だけ買い足した。
「当たり前のように菓子類も買ってたけどね」
「いいでしょ、別に! 困った時に贈答品でも役に立つって分かったんだから!」
そんなわけで、スタトから西に向けての出発。
帝国領──すなわち「アクレディア帝国」に足を踏み入れることになる。
「で、アクレディア帝国ってどんなとこなの?」
「なんでぼくに聞くのさ」
横で飛んでるノクが呆れ顔に。
だってノクに聞けばだいたいわかるかなーと思って。
ため息つきつつも説明してくれるノクが大好きだな!
「西方に広がる大国、アクレディア帝国。
豊かな河川と湖に恵まれた土地で、清き水を信仰の中心とし栄えた王制国家だよ」
そこで一区切りし、咳払いをするノク。
「もう一度言うよ? 『水を信仰の中心として栄えてる国家』だよ?」
「……はい」
「国が掲げて信仰する神様は誰かな?」
「……ティエル=ナイア」
「つまり?」
「わたしのこと、です、かね?」
「そう! なんでティエナが把握してないのさ!?」
しゅん……。だって、「帝国」なんてお堅い響きのところに興味わかないんだもん。
「アクレディア帝国では『神政院』という信仰を束ねる組織もあって、国政にも深く関わってるらしいから、気をつけてよ?」
「はい、ノク先生! ……で、何に気をつけたらいいの?」
「神・バ・レ!」
ノクが歯をギリギリしながらこっちを向く。
あー、これはすごく怒ってますねぇ。
「わたしが神ってバレなきゃいいんでしょ? 楽勝だってー!」
取り出したドーナツ片手に食べ歩く。
そこにまたノクの鋭い視線がとぶ。
「そのドーナツどこから出したの?」
「いつもの小瓶」
「権・能・禁・止! じいさまの収納袋あるでしょ! そっち使いなさい!」
また怒られちゃった。
「なんでエルデンバルでの決意が緩んでるんだよ!
ティエナは考えが甘い! ドーナツよりもケーキよりも生クリームよりも甘い!」
「そんなに甘い?」
ちょっとヨダレ出ちゃう。
「そんなホイホイ権能使ってたら、絶対バレるからね!? バレたらどうなるかわかる?」
想像してみよう。ほわんほわんほわーん。
『ティエル=ナイア様が現人神として降臨なされたぞー!』
どうも! 水の神です! 皆の者、供物を捧げますのよー!
『どうぞ! ケーキです!』『完熟フルーツドリンクです!』『白馬の王子をお連れしました!』
……。
……なんてことには、ならないよねぇ……。
「……いいかい? 良くても人間たちの傀儡になって政以外は幽閉、最悪そのまま研究室送りだよ?」
「……スイーツは、定期配送とかありますかね……?」
「ないない。……いい? 水の神が地上に実在するなんて、帝国の神政院からしたら国家機密級の存在になるからね? だから意地でもバレないようにしてよね」
*
非常に不本意ではあるけれど!
ノクがどうしてもわたしを信用出来ないということで!
人前で《水葬の泡》という便利能力を使わないように、普段からポーチにストックしてる小瓶から必要な分だけ収納袋に詰め替え。
すぐに要らない物は、小瓶のまま収納袋に封印して帝国領を出るまで触らない。
ということになった。
もちろん他の権能も使用NGなので、こと戦闘においては詠唱しての水魔法と、じいちゃん譲りの弓だけが頼りだ。
そこまで徹底しないとダメー?
「ダメ」
ノク先生厳しいー!
まぁでも仕方ないか。神バレしてスイーツ食べれなくなったら困るもんね。
収納袋だって、全身鎧四セット分ぐらい入るらしいし、ちゃんと計画して容量割り当てたら、きっといける!
「ノク先生、バナナは収納袋に入りますか?」
「栄養価も高いし、良いでしょう。でもケーキやドーナツの類は小瓶のまま封印ね」
とほほー。帝国にもケーキ屋さんあるよね? 現地で買い食いしよ。
*
流石に冷え込む季節。
ときおり雪もちらつき、夜になると芯まで冷えるような空気が身を包む。
コートを着ていても寒さが身に染みる。
白い吐息が空気中に掻き消えていく様を見ると、冬なんだなぁと実感が出てくる。
わたしたちは荷物の取捨選択も行いながら、ゆっくりと国境の関所を目指す。
封印が決まった菓子類はほとんどこの間に食べ尽くした。
「流石に食べ過ぎだって。ほんと太るよ?」
「寒さ対策の熱量に変えてるからいいの!」
そんなわけで、間もなくアクレディア帝国。
関所で旅の目的とかも聞かれるらしいけど、わたしには心強いAランク冒険者証がある!
冒険者ギルドは国家管理ではなく、民間──冒険者たちの機構なので、国を越えて組織が成立している、とのことなので、結構強力な身分証になるのだ。
なので、帝国でお仕事したーい! とか、依頼のために帝国領に入りたーい!とかでなんとかなるはず。
国の境界線には、先が削られた木の防護柵が並んでおり、柵の手前にノアランデ王国の関所、そして向こう側にアクレディア帝国の関所がある。
ノアランデ王国側の兵士さんはおっとりした感じで、寒い寒いと身を震わせ手をこすっている。
冒険者証を見せるだけで「はいはい、どうぞ」とほぼスルーだった。
それはそれで大丈夫?
アクレディア帝国側の兵士は、どうにも頑固そうな、堅苦しい印象を受ける。
寒さにも微動だにせず、こちらに視線を送る。
わたしは冒険者証を見せ「仕事で」という理由を付け加えた。
関所の兵士は冒険者証を手に取ると食い入るように見る。
「お前、水魔法が得意なのか」
「はい! 簡単な魔法なら持ち前の適正で高威力・高効果を発揮できます! なんならお見せしましょうか?」
「……いや、結構だ。冒険者証に記載があるから間違いないだろう。行ってよし。そなたに水の御加護があらん事を」
よし、抜けた!
わたしはこくりと頷くと、次の街へと続く道を進もうとするが──
「おい! そこの女!」
後ろから兵士に声をかけられる。
「な、なんでしょうか?」
なんか問題あった? 何も無いよね?
「そこの肩の竜はなんだ」
「これは竜というか〜、ペット? マスコット? ……つ、使い魔です!」
ノクの視線が突き刺さる。
だって、あんなふうに詰め寄られたら、ごまかすしかないでしょ……?
兵士が近づいてきてノクをマジマジと見る。
「こんな毛むくじゃら、竜とは関係ないか。もう行っていいぞ」
「はい、ありがとうございます」
深々とお辞儀をして、足早に街道を進んだ。
「誰がペットでマスコットで使い魔だってぇ──!?」
ノクが頭の後ろから掴みかかってくる。
ごめんって! 髪の毛ぐちゃぐちゃになるからやめてー!!
*
わたしは足早にというか、既にもう走りながら関所から離れた。
「怖かったー! なにあれ!? ノクなんかしたー!?」
関所の事が脳裏によぎる。
「わかんない。ノアランデ王国だとほぼ皆『珍しい生き物だねー』ぐらいでスルーしてくれてたのに」
「ダンジョンのドラゴンより、さっきの兵士の方が怖かったよぉー!!」
叫びながら走る。
ホントになんでノクに引っかかったの!?
可愛いだけの無害生物だよ!?
「今なんかすごくバカにされた気がする」
してない! 褒めてた!
結構な距離を走り、関所もすっかり見えないし、一度足を止めて、息を整える。
そして周囲に目をやった。
街道脇は草原が広がり、遠くまで見渡せる。
草原は一面、色を失っていた。
風に煽られた枯れ草が、ざわりと音を立てる。
少し──寂しい色合いだ。
春になれば希望に満ち溢れた色に染まるんだろうな。
そんな風に感じながら、また足を動かす。
足元に一瞬陰が降りた──ような気がした。
雲がかかったのかと、空を見上げた先に居たのは──
「な!? あれは、ワイバーン!?」
なんでこんな所に!?
わたしはすぐに姿勢を低くし、草むらに身を潜める。そして背中の弓を手元に引き寄せた。
わたしの頭上のはるか遠くで旋回している。
気付かれては、いない?
しばらく経ち、ワイバーンが遠くへ行くのを見届けてから、わたしは警戒を解き、弓をしまった。
枯れ草を撫でる突風だけが、その場を騒がせていた。




