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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第一章 ◇◇
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番外編1 お嬢様、逸材を追う。

 スタトのギルド。朝の喧騒が始まる前、受付にひとりの少女が現れた。


 鮮やかな赤を基調にした冒険者装束、整えられた金色の縦ロール。


「本日も、討伐依頼をいただきに参りましたわ」


 イグネア・フレアローズ。


 貴族出身でありながら若くしてBランクに到達した実力派で、スタトでは知らぬ者のいない存在である。


「おはようございます、イグネアさん。また単独で?」


 受付の職員が慣れた口調で尋ねる。


「ええ。相応の方が現れない以上、やむを得ませんわ。無能か、もしくはわたくしの家柄に目がくらんだ方ばかりでは、パーティを組む意味がございませんもの」


 返答はさらりとしているが、その実、イグネアの胸中には小さな苛立ちと寂しさが混ざっていた。


 それでも依頼はこなす。今日の任務は、郊外の森に出没する牙影狼がえいろうの出没確認および討伐――いわゆる森の調査依頼である。片道一日かかる場所だ。


 イグネアは収納袋に必要最低限の物資を整えると、颯爽とギルドを後にした。


 *


 森へ向かう街道の途中。


 快晴の空の下、イグネアは軽やかな足取りで歩を進めていた。


 そのときだった。


 遠くの林の切れ間で、何かが爆ぜるような気配。


「……魔力の衝撃?」


 足を止めて目を凝らすと、街道を少し外れた草地のあたりで、一頭のツノイノシシが突進しているのが見えた。


 対するのは、小柄な少女ひとり。


 白い服と淡い水色の髪が、草の上で風に揺れている。


「危ない……!?」


 思わず駆け出そうとしたイグネアだったが、次の瞬間――少女の足元から水が走った。


 水の矢が一直線に飛び、イノシシの眉間に命中。


 そのまま、巨体は地面に崩れ落ちた。


「……え?」


 戦いは、たった一撃で終わっていた。


 少女は落ち着いた様子でツノイノシシの死体を確認すると、なにやら魔法のようなもので処理をはじめ、最終的には姿が見えなくなった。


(……収納袋?)


 遠くて詳しくは見えなかったが、少女の一連の動きには無駄がなく、場馴れした様子すら感じられた。それは単なる慣れというより、技術と感覚が研ぎ澄まされた、洗練された動きだった。


「あの身のこなし……あの魔力……高ランクの冒険者か何かですの……?」


 イグネアは唇に指を添えて考え込むように呟いた。


「……でも、あの若さで、ひとりで?」


 距離が遠くて表情は読み取れない。それでも確かな実力と、澄んだ魔力の気配だけは感じ取れる。


「……逸材、かもしれませんわね」


 名も知らぬ少女の姿を脳裏に焼きつけながら、イグネアは森の奥――任務の地へと歩を進めた。


 *


 森の中。牙影狼の咆哮が響く。


 3体の魔物が、低く唸りながらイグネアを包囲していた。


「品がありませんわね」


 イグネアはひょい、と身をひねって一体の牙影狼の突進をかわすと、レイピアを軽く振るっただけで喉元を正確に貫いた。


「それにしても……あの魔法、どうやって制御していたのかしら」


 二体目が飛びかかってくる。炎の小球を足元に転がすと、爆ぜた火が狼の動きを鈍らせ、レイピアで脇腹を切り裂く。


「水属性であそこまで圧倒的な展開力……信じられませんわ」


 最後の一体は吠えながら突進してきたが、イグネアは後ろへとくるりと一回転しながら、無駄のない踏み込みで喉元を突き、一閃で仕留めた。


「……あの子、いったい何者ですの?」


 *


 スタトへ戻ったイグネアは、ギルドにて任務報告を終えると、受付のクラリスを捕まえた。


「クラリスさん、少々お伺いしたいのですけれど。数日前、ツノイノシシをひとりで持ち込んだ少女がいたと聞きましたの」


「ええ、いましたよ。水色の髪の、若い子です。名前はティエナさん」


「それで、どんな方でしたの?」


「受付では丁寧で礼儀正しかったけど、ちょっと不思議な子でしたね。小さな白い竜もつれてましたし」


「ふむ……」


「あとリヴァードさんのお孫さん…のように育てられた方みたいですよ。冒険者証の返納で来ていたの。……リヴァードさん、亡くなられたんですって」


「リヴァード…あの伝説の狩人の……? 伝説も…ついに…亡くなられましたのね」


「ええ、でもそのリヴァードさんに“育てられた”っていうだけあって狩人の腕は相当なもののようですよ。買取の素材がピカピカだってガルドさんがびっくりしてました」


(…思ってた以上の逸材ですこと)


「それだけじゃないの。登録のとき、水晶を割ったのよ」


「水晶を!? まさか、魔力測定用の……?」


「そう。その水晶。私、現場にいたの。光が弾けて……一瞬で粉々。老朽化かとも思ったけれど、そういう壊れ方じゃなかったわ」


「……なんということ」


 想像をはるかに超えてくる人材…。イグネアの瞳が輝きを帯びた。


(やはり……間違いありませんわ。あの子ですわ……!)


 これほどの実力を持ち、なおかつ出自も申し分なし。しかもあの若さ。わたくしが求めていたのは、まさにこういう方……!


 これはもう――


(わたくしのパーティに、お誘いするしかありませんわね!)


 *


 ティエナの情報に心を躍らせていたイグネアだったが、クラリスが次に口にした一言で、思わず絶句した。


「宿の紹介? してないわ。 でも今朝商店街で見かけたからまだこの街にいるんじゃないかしら」


 女神のような光を放っていたあの少女。滞在しているとすれば、とこかに宿をとっているはず…。


「まさか……これは、わたくしに与えられた試練……!パーティへの勧誘あきらめられませんわ!」


 その日のうちに、イグネアは聞き込みを開始した。


「あらイグネア様、どうされました?」「お探し物?」


「ええ、少々……白くて小柄で、淡い水色の髪をした子を見かけませんでした?」


「ああ! いましたいました! 惣菜いっぱい買ってた子ね」


「うちでは髪飾り買ってってくれたわよ〜」


(少しずつ、近づいていますわ……!)


 *


 翌朝。イグネアは木もれ日亭を訪ねた。


 帳場には、栗色の髪の落ち着いた女将――ミーナが座っていた。


「これはこれは……イグネア・フレアローズ様……どうなさいました?」


「ご宿泊のお客様に、ご挨拶を兼ねてお伺いしたくて」


「……なるほど。ティエナさんでしたら、今お部屋にいらっしゃいますよ」


「ありがとうございます。参りますわ」


 イグネアは自ら階段を上がっていった。扉の前で深呼吸。


(この扉の向こうに、わたくしの求めていた“何か”が……)


 コン、コン。


「ティエナさん。わたくし、イグネア・フレアローズと申しますの。あなた、わたくしのパーティに――」

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