第8話 ただいま、おかえりの森で
二週間かけて、わたしたちはスタトの街へと戻ってきた。
依頼を受ける予定はなかったけど、ひさしぶりのスタトだし、冒険者ギルドには一応顔を出しておくことにした。
受付でクラリスさんにエルデンバルでしか手に入らない限定スイーツを詰め合わせてお渡ししたら、とっても喜んでくれた! ギルドの受付してたら遠出出来ないもんねー。
その時ギルド長のドルグさんにも見つかった。
ドルグさんはダンジョン探索の功績を褒めてくれたけど、頭をガシガシっと鷲掴みに撫でられて、髪型が乱れてしまった……。ほらもう、頭のてっぺんぐちゃぐちゃじゃん……。
その様子を見てノクがいつものように呟く。
「ティエナのアホ毛はいつも跳ねてるよ」
*
以前お世話になった宿にも挨拶して、わたしたちはじいちゃんの眠る森に帰った。
旅立ってからもう半年近くになる。
森の大地に広がる茶色い絨毯。ノクを肩に乗せたわたしが一歩踏み込むたびに落ち葉がぱりぱりと乾いた音を立てて崩れる。
本格的な冬が来る前に戻ってこれたのは良かったのかもしれない。
しばらく進むと、懐かしい丸太小屋が見えてくる。ボロっちいと感じるけど、じいちゃんとの思い出いっぱいの我が家だ。
この時期になると、いつもじいちゃんは軽やかに屋根に登って掃除してたなぁ。
いまでもその姿が目に浮かぶ。
「屋根の上の枯葉、落とさないとね……」
独り言のつもりだったけど、ノクがふわりと頷いてくれる。
「そうだね」
扉を開くと歪むような音がする。
「ただいまぁー」
薄暗ーい室内がお出迎え。
そういえば、魔力灯とかないんだよね。懐かしいけど、ちょっと不便だなという気持ちが出てきちゃう。
わたしは《水葬の泡》の権能を使い、小瓶から取り出したランタンに火を灯し、懐かしい木のテーブルにそっと置いた。
ノクは肩からふわりとテーブルに舞い降り、わたしは木製の椅子を引き、腰を下ろす。
昔っからだけど、この椅子脚の長さが揃ってないからガタガタと揺れるんだよねぇ。前は不快だったけど今は懐かしくて楽しくなっちゃう。
「このままちょっとゆっくりしてたいけど、帰ってくるのが目的じゃないからなぁ」
伸びをしながらボヤく。
机に突っ伏したかったけど埃が凄い。そして、思わず座っちゃったけど、椅子もきっと……。スカート、大変なことになってそう。……見ないでおこう。
ノクも白い毛並みにたくさんの埃をつけて、テーブルの上で、なんとも微妙な、嫌そうな顔をしている。
「……とりあえず、掃除からはじめようか」
そうしよう。
せっかく座ったけど、意を決して立ち上がり、お尻をパンパンと払って埃を落とす。
うう、埃っぽい……。
こんなことならエルデンバルで風魔法の吸引掃除道具とか買っておけばよかったかも。
まぁでも、ちょっと濡れるけど、《清流の手》で洗い流せばいっか。
*
というわけで、権能を使って屋根の上から部屋の中までまるまる水洗い。わたしのスカートと、ノクもついでに洗濯した。楽ちん楽ちん。じいちゃん居た時はこんなこと出来なかったもんねー。
ノクが身震いすると周囲に水しぶきが飛ぶ。言ってくれたらすぐにタオル用意するから、それから振るって欲しいものだ。
それから、じいちゃんの眠る祠にも足を運ぶことにした。
以前と変わらず苔むした祠なのに、小屋の汚れに反してどこか静謐な雰囲気を湛えたままで綺麗そうに見えた。
……じいちゃんパワーなのか、夜な夜な這い出て掃除してるのかも? なーんてね。冗談はさておき、ここは権能は使わずに、ちゃんと箒で掃き掃除と、水拭きも手作業で行った。
じいちゃん曰く、水の神様を祀って、その加護で石像時代だったノクの浄化をしていたという話だから、本当はわたしの為の祠なんだけどねぇ? ……まあ残念ながらわたしは加護とか与えた記憶も無いんだけど!
ノクが風魔法でやんわりと祠の乾燥もしてくれた。 体内マナの無駄遣いが嫌いなので、わたしの髪の毛は乾かしてくれないけどね。あーエルデンバルで「髪の毛乾燥特化魔導具」買うの忘れてたぁ……!
ノクっていつも光魔法を好んで使うけど、実はぜんぶの属性に適性があるから、どんな魔法でも器用にこなせちゃうんだよねぇ。ちょっとうらやましい。
そんなわけで、清掃を一通り終わらせて、小屋で一晩宿泊。
風の音で軋む屋根や壁の音も懐かしい。ちょっとだけうるさいなぁって思ったけど、これが前の日常だったんだよね。そう思い出しながら、ぐっすり眠った。
*
キラキラと、窓の向こうから木漏れ日が差し込む。優しい光が、朝の訪れを教えてくれる。
遠くからは鳥のさえずりが聞こえ、静かな森の朝にぴったりの音色だ。
そんな爽やかな朝なのに、なんだか重苦しいと思ったら、ノクがわたしのお腹の上で丸くなって寝てた。
いつもならわたしより早起きなのに、実家の安心感のせいかな。珍しく、ねぼすけだ。
わたしがそーっとノクの頭にある小さな角をつつくと、彼はゆっくり頭を持ち上げて、ぼんやりした瞳のまま大きなあくびをした。
「おはよう、ノク。目は覚めた?」
「あれ~? おはようティエナ。めずらしく早起きだね」
「ノクが遅いんだよ。ほら、お腹の上から降りてよぉ」
ころんとベッドの脇に転がるノク。わたしは身体を起こし、大きく伸び。う~ん!
さて、朝ごはんは……うん。ケーキにしよ。
わたしが手をかざすと、小瓶から泡が宙に浮かび上がり、元あるケーキの姿に戻る。
「えー? 朝からケーキなの? パンとか無いの?」
「ノク、『一日のはじまりは朝にあり』だよ。だから好きな物を朝に食べるのよ」
「……え? 一日の計画は朝に立てようってことじゃないの? それに、いつでも好きな物食べてるじゃん」
「一日中好きな物食べてたい、これは仕方のないことなのです……。
はい、ノクはパンね。これはスタトの宿屋の女将さんからもらったパンだよ」
「ありがと。それと、朝のうちにこれからどうするかちゃんと決めようね」
「はいはい。今はケーキが最優先だから、後でね!」
わたしは、生クリームの甘さ、スポンジの柔らかさ、フルーツの甘酸っぱさ、タルト生地の食感、それらをゆっくりと堪能する素敵な朝食タイムを過ごした。
……もう一個たべちゃお!




