第7話 ムーンドロップ
わたしたちは数日かけて旅の準備を整えた。
エルデンバルでしか買えないものも色々あるからね。
特にスイーツ系! クレープやクッキー、チョコにケーキと大量に買って権能で収納しておいた。安心安心!
スタトにも美味しいケーキ屋さんやカフェはあるけど、種類ではエルデンバルに敵わないんだよねぇ。じいちゃんの森に帰ればそれこそ何にも無くなるし、買いだめは大切!
というわけでひと通りの準備を終えたので、わたしは今、冒険者ギルドの掲示板をチェックをしている。
「やっぱり、そう都合よく依頼は無いかー」
スタトからエルデンバルに来る時は商隊の護衛依頼があったので申し込みさせてもらったけど、今回はそう言った依頼はなさそうだ。
「護衛依頼はセーフレスト行きばかりだね」
ノクにも見てもらってたけど空振りのようだ。
仕方ない。気ままに帰りましょうかねぇ。
*
街を出るまでに商店のお姉さんや、通りすがりの冒険者たちとか、いろんな人に声をかけられた。
知り合いが増えた街を離れるのも、ちょっぴり寂しいね?
さて帰りも徒歩でおよそ二週間。基本的には街道沿いに歩くので特に問題は無いと思う。
野宿もダンジョンの中に比べたら楽ちんだ。ひとり旅だったら警戒でまともな睡眠時間が取れないところだけど、わたしにはノクが居るし、交代で寝るよー。ふかふか布団も準備ばっちり!
そして特に問題もなく日々が過ぎてゆく。
道中はツノイノシシやコレンシカを狩ったりもした。
解体しないといけないのは少し面倒だけど、素材にしたり食料にしたりすると、ちゃんと生命と向き合ってるって思えるね……。
ダンジョンの魔物は倒しても魔核を残すだけだから、やっぱり作られたモノって感じ。そういうとこだよ〜? わかってるかね〜、リュミナくん?
*
道程も半分以上が過ぎ、スタトの街へ近づいている実感も湧いてくる、とある日。
ノクが見張りでわたしが睡眠の時間。
満天の星空の元、月明かりが少し眩しくて目が覚めた。
手をお月様へ伸ばし、つまんでみる。もちろん掴めないけど。
「えへへ、飴みたい」
どれだけ天を見つめても、この向こう側に天界はない。
直接的には繋がっていない世界。でも、部分的だけど確かに繋がりはある。
どうやって来たのかな。
そんなことを考え、ふと、自分の記憶について思いをめぐらせる。
*
昔、わたしは神だった。
モルタリア──地上で消費されたマナは天界へ還ってくる。わたしたち神はそれをまた地上へ還元するのが主な役割。
今、わたしが抜けてる分は……口ぶりからすると光の神リュミナ=シエが代行してくれてるんだろうなぁ〜。
考え方は合わないけど、わたしの仕事を肩代わりさせてるのは申し訳ないなぁと思う。
神とは言っても、人間の信仰があるから力が湧く!とか信仰溢れる人間に神の恩恵を!みたいなものは無い。もっとシステマチックなものだ。
人間より強大な力を操れるということ以外は、あまり人間とかわらないんじゃないかな?
日々が退屈になりがちなのでモルタリアを覗き見たり、料理や読書といった文化を真似てみたりするのが娯楽になる。
わたしはダンジョンでリュミナに会ったことで、天界での基本的なことを思い出せていた。
「そこから、何があって人間に生まれ変わったのかな」
布団に転がったまま星空に手を突き上げて、その先をじーっと見る。
「まだ起きてたの? 早く寝ないと交代になるよ?」
ノクが羽ばたくようにふわりと舞い降りてきて、わたしの隣にぽすんと着地する。
夜の風にノクの白い毛が囁くように揺れる。
わたしは布団から身体を起こす。
「うーん、なんか目が覚めちゃった。
ところでさ、ノク。わたしってお父さんとかお母さんとか本当に居るのかな?」
星空を見つめたまま尋ねてみる。別に答えが欲しいわけではなかった。
「どういう意味?」
「ほら、突然赤子として顕現した! とかだと肉親なんていないじゃん」
「でも、川上から流されてきたんでしょ?」
「そうらしいけど、それも川の途中に顕現したとかかもしれないじゃん」
わたしはノクの頭をぽんぽんしながら話をする。
ノクは逃れようとして身体をくねらせる。
「それを確かめに行こうっていう話でしょ?」
「そうなんだけどね、両親が居たら嬉しいのかなぁ? それもわかんないんだよねぇ」
複雑な気持ち。無いものを掴もうとするような……。同じ掴めない物でも、さっきお月様をつまもうとした時みたいにちょっぴり楽しい気持ちになれればいいのにな。
「まぁ、ぼくも自分のことはわかんないから、そういう不安はあるものなんじゃない? ぼくたちだけじゃなくて皆そうかも」
シルマークさんの言葉を思い出す。
「どうして生まれたのか、なんで生きているのか……そんな問いに、はじめから答えなんてないのじゃよ。
それはきっと竜だろうが人だろうが変わらんよ」
もと神様だって、小さな竜だって、みんなと一緒で良いってことだよね?
「じゃあ次は、ノクが睡眠とってね」
わたしはノクを膝に抱えたまま、頭から背中へと優しく撫でる。
ノクは気持ちよさそうに目を細める。しばらくするとスゥスゥと静かな吐息に変わっていった。
わたしはノクの寝息を聞きながら、星空の煌めきを楽しんだ。
明日もきっと、星空のように楽しいことがありますように。




