番外編 平らげ伝説 〜鉄板に刻まれし黄金の可麗餅〜
俺の名前はコザイ・モーブルという。
大盾を持ち、片手メイスで戦う前衛──タンクを担当している。
あぁ、覚えなくていい。その辺にごろごろしてるD級冒険者だ。今回も何とかダンジョンから生きて帰って来たが、俺は低階層の魔石を現地調達する為に行ってるだけで出来ればホントに行きたくない。
魔石は知り合いの術師に頼んで、魔導調理具のマナチャージに使ってもらってる。これが一番安上がりのチャージ方法だ。
というわけで、俺の本業は、エルデンバルの通りの片隅で運営してるこの屋台だ。
魔導具で円形の鉄板を効率よく熱し、その上から卵と薄力粉を溶いた生地を薄ーく流し、T字型のスプレッダーをくるりとまわして厚さを整える。
生地の縁がふつふつとしてきたら、ちょうどいい火加減。慣れてくると、音と香りだけで焼き上がりが分かるようになるんだ。
あとはクリームや好きな果物をチョイスして乗せ、くるくるっと巻けばモーブルクレープの完成だ。
お客様の笑顔の為、命をかけてダンジョンに潜り、コストを下げてクレープ作ってんだ。
「顔に似合わずに可愛らしいクレープですね!」とか言われることもあるけど、誇り持ってやってんだよ。
さて、今日もそんなありふれた日なんだが、目の前では肩あたりでふわりと跳ねた青い髪色の少女が真剣な眼差しで店前のメニューを見つめている。
俺はこの少女を知っている。最近めきめきと頭角をあらわす暴食の女狩人ティエナだ。その肩ではモフモフの白い竜が欠伸をしている。なんて貫禄だ。
しかし、これはつまり、俺の店がA級のお眼鏡に叶ったということか?
これは腕のふるいどころだぜ。
当店はクリームだけでも絶品だが、チョコ、ストロベリー、バナナ、アイスクリームと言ったメジャーなトッピングだけでは無く、チーズやソーセージ、ハムやレタスと言ったおかず系もバッチリ完備! そのトッピングの数は計50種にも及ぶ!
組み合わせの可能性は無限大。モーブルクレープの真価を味わうがいいぜ?
さぁどうするんだ? A級冒険者さんよぉ?
口元を手の甲で拭う少女がついに口を開いた。
「店員さん! 全部乗せ……いけますか?」
おっとコレはこれはヘビーな挑戦だぜ!? 全部乗せ?
何言ってんだ? クレープ生地のサイズわかってる?
「ティエナぁ、見たらわかるでしょ。全部なんて乗らないって……」
おう、そうだ言ってやれ、小さい竜! 高位な知性の輝きを感じるぜ!
少女は腕を組み、頭を傾けて悩んでいるようだ。
どうにかしたら乗ると考えてるのか? もしや俺も知らないA級冒険者ならではのワザがあるっていうのか?
「やっぱり無理かなぁ」
おう、そうだぜ! 世の中にはどうしても越えられない壁がある。それがこの全種乗せトッピングクレープだ。
クレープはこの世の限界も教えてくれる。ひとつ勉強になったな、嬢ちゃん。
「仕方ないか……じゃあ全部別々でお願いします!」
おっと、聞き間違いかな? 老けたつもりは無かったが歳はとりたくねぇなぁ?
「別々? 五十種類別々でクレープ作れば良いのかい?」
「そうです!」
目を輝かせて答えてくる。
かぁ〜! これが暴食の水狩人の答えってか! それなら確かに無理はねぇ。俺が五十個を爆速で完成させれば良いってだけだな! まぁ冷静に考えて一時間以上かかるがな!
「作っておくから、また後で来てもらっていいかな?」
お代金は先払いだぜ……?
*
で、出来た……。ダンジョンに潜る以外でこんな死闘が待ってるとは思って無かったぜ。
五十個のクレープ。そのまま袋に入れれば持ち手が千切れるのは間違いない。
五個ずつ小分けしてケースに入れ、中敷き仕切りも入れて互いに干渉しないようにも注意した。
それでもケース十個。なかなかの量だ。
持って帰れるのか聞いてはみたが、少女は「大丈夫!」と笑顔でクレープの箱を抱える。……たいしたバランス感覚だ。
そのまま何処に行くのかと思ったが……フラフラと路地裏に消えていった。
そして数分もしないうちに手ぶらで出てきた。
おいおいヤベェな!? まさかこの一瞬で五十個たいらげたのか!? 暴食の水狩人の二つ名は伊達じゃねえってか!?
今日はありふれた一日だと思ったが……伝説の一端に触れちまった気がするぜ……。
*
ティエナは権能《水葬の泡》で収納しただけ……だが、周囲の人々はそれを知らない──こうして神話が広がってゆく。
やがて街では「A級の少女がクレープを一瞬で五十個平らげた」という伝説が、しっかりと尾ひれをつけて広まっていくことになる。




