番外編 閑話休題:走れ騎士団長!<真>
ここエルデンバルは国家にとって重要都市である。
各地方への接続も良く、演習の為に軍を移動するにもエルデンバルを経由することが多い。
そのため、ここでは各地方より軍が集結し会議を行うことがある。
それなりに大きな軍会議だ。他の隊を出し抜いて成果をあげたい野心的な者も多い。それゆえ、普通に執り行われてもピリピリした空気が漂うものだ。
私――カミュ・イバラードも王都防衛隊の騎士団長として参加している。
そして今日はいつも以上に会議の空気がヒリついている。
軍会議に居るはずのシルマーク老――宮廷魔術師殿がおられないからだ。
会議中の空気に雷の魔法でも放たれているのかと思うぐらい、バチバチしている。
特に魔導軍はトップ不在という緊張といら立ちで、代理で参加している魔術師も落ち着きがない。
そんな中に、通信兵が「緊急通信です!」と乗り込んでくる。兵は足早に私の元に来ると「シルマーク老からカミュ殿宛の通信であります!」と封書を手渡し、敬礼をして立ち去る。
緊急通信だと……? 私はその場で開封し、身を引き締める気持ちで中身を覗き見る。
おや? 見間違いかな?
私は思わず親指と人差し指で目頭を押さえる。
もう一度、ゆっくり薄目をあけて見てみよう。
間違いない。
「スグにケーキを買ってココに持ってきてね」その後には住所。
なんだこれは……。これは緊急通信か? それとも……そうドッキリかもしれない!
私は思わず顔をあげ周りを見渡す。
周囲の者たちは、緊急通信を受け取った私の動向を真剣に見つめている。
そりゃそうだ。私も他の人に届いていたら何事かと注目するはずだ。
だが待って欲しい。私に寄こされたメッセージは「ケーキ買ってこい」だ。
これはなんだ? 隠語か? ここにもってこい? 身代金?
人質として捕らわれてるのか?
目まぐるしく頭の中をいろんな考えが駆け巡る。
いや、あの老獪がそんな簡単に捕まるはずはない。
つまりこれは、普通に――ケーキ買ってこいだ……!
何考えてるんだあの爺さん!? この一瞬即発の会議中に、私に抜けろと?
いやいやさすがにそれは無理だろう? どうする? 部下に行かせるか?
しかし万が一ケーキが転倒するなどという事態になれば何を言われるかわかったもんじゃない。部下をクソみたいな矢面に立たせるわけにはいかん。それに全力ダッシュなら私が一番早い。
黙って封書を見つめている私に対する視線の圧が強くなってくる。黙れば黙るほど「重要な事案」だと思われてしまう。
もうこれは私が行くしかないのか?
軍会議中に? 理由を言えば皆納得してくれるのか?
よしちょっとシミュレーションしてみよう。
「ケーキ買ってきます!」
……両脇から剣先がのどに突き付けられるシーンしか想像できなかったな。これじゃダメだ。
「シルマーク老から緊急の依頼がまわってきたので出る!」
……これだ! これしかない! あとは慌てたふりをして出ていくしかない!
「シルマーク老から緊急の依頼がまわってきたので出るぞ!」
私はマントを翻して席を立ち、その勢いのまま部屋から出た。周りはあっけにとられていたがあれはどっちの反応だ。大変だな頑張って!なのか? 何言ってんだコイツ? なのか? 頼む、前者であってくれ!
*
シルマーク老がケーキというならば、それは王宮御用達のケーキを買ってこいということなのだろう。
エルデンバルにも支店がある。少し距離はあるが走るしかない。
ただ問題は届けた時にケーキが転倒していてはならないということだ。
かと言ってのんびり歩いて届ける時間はない。
シルマーク老の「すぐに」というときはだいたい決まって「秒で持ってこい」という意味だからだ。ほんと毎回毎回無茶ばかり言う。
その為ケーキを転倒させずに走って持っていきたい。
大仰だが、結界魔術を使える魔法使いを一人掴まえよう。魔導軍がその辺に待機しているだろう。そこから誰でも良いから一人……あいつがいい。軽そうなやつ。
「そこの魔術師。すまないが黙って私についてきてくれないか」
「え!? わたしですか!?」
「そうだキミが良い」
なんだかもじもじして頬を赤らめた様子だが、これはどういう状態だ?
「すまない、時間がないんだ。返事はOKということで良いのか?」
「わたしで良ければ、末永くお供いたします」
両頬に手をあて、伏目がちにこちらを見てくる。
少し変な回答だが、快諾……ということだな?
「恩に着る。では、行こう――すぐにでも!」
これ以上、問答してる時間はない。俺は軽そうな彼女を抱きかかえると全力でケーキ屋に走った。
「え? え? ブライダル一直線ですかーーー!?」
*
ひとり抱えたままの全力ダッシュ。やはりこれは部下にはさせられない。私が対応して正解だった。
魔術師の女性も私の意図に気付いてくれたのか、首にしっかり両手を回しておとなしく抱きかかえられてくれた。
ケーキ屋につくと彼女をおろし、目的のケーキも無事購入。お代はシルマーク老につけておいてもらう。店主には「三倍ぐらいの値で請求してもいいぞ!」と言っておいた。
そして連れてきた魔術師に声をかける。
「このケーキに結界を頼む」
「え? これにですか?」
困惑しながらも鮮やかな手際で、転倒しないように魔法保護をかけてくれる。さすがは王国魔導軍の一員。素晴らしい。
これでもう全力で届けても大丈夫だろう。
「ありがとう、助かった。君の功労は後ほどシルマーク老にお伝えしておく」
私はそれだけ告げると全力で駆け出す。
後ろの方から「わたしたちの関係はもう終わりなんですかー!?」という叫び声が聞こえたような気がしたが、風に遮られ何を言ってるのか最後までは聞き取れなかった。
*
そうして私はとある宿屋に着いた。
足早に階段を駆け上がり、急いで指定の部屋の扉を開く。
そこで見た景色は――
のんびりとテーブルでお茶を楽しむシルマーク老と、見知らぬ少女、それと小さな白い竜がそこにいた。




