第4話 走れ騎士団長!
ギルドの訓練所ではわたしの魔法演習を見たギャラリーの冒険者たちが沸き立っていた。
「で、これは何のイベントだったんだ!?」
「遠距離練習用の的再設置はいつになるんだ!」
「ティエナちゃん王宮に就職するのか……立派になって」
「え? 何かの罰ゲームじゃなかったの?」
ほんと好き勝手言うなぁここの人たち! もっと褒めてよ!
あまりにも騒がしく、シルマークさんとの会話もままならなかったので、わたしはシルマークさんと自室に戻ることにした。もう少しお話聞かせて欲しいからね。
部屋に戻ると、おじいちゃんはここが自分の席だとばかりに、出かける前まで座っていた椅子に戻る。
わたしはテーブルに置きっぱなしにしていたポットを《清流の手》で軽く洗浄してから席についた。
もう一杯紅茶入れようかな? お手頃価格のやつにしたいけど、宮廷魔術師さんにお出しするには失礼かなぁ。もう一度イグネア推薦高級茶葉を出すか……でも高いのよねぇコレ。
そう言えばシルマークさんはポットにお湯を直接出してたなぁ……。氷を作るときの逆をやればいいんだよね?
よし、何かできそうな気がしてきた。わたしもやってみよう。
机の上に置いたポットに両手を添えて水生成のイメージ。そこに熱を帯びて沸騰するイメージを重ねる。
「……できた! ってあっつい!!」
思わずポットから手を離す。でも、ちゃんとぐつぐつしたお湯だ!
ノクもそ~っとポットに手を伸ばしてちょんと先だけ触れてみる。
「すごい、本当にお湯だ。ティエナこんなことできたの?」
ふふん、今できるようになったのさ!
ええ~、これ便利じゃ~ん!? お風呂とかも自己調達できちゃう?
「初見で出来たのなら大したものだのぅ。ますます儂のとこに来て欲しいもんじゃが」
シルマークさんは横から覗き込むようにしてポットを確認し、満足げに頷いたかと思えば──勝手に茶葉を入れ始めた。ああ、わたしの最高級が……そんな、ためらいもなく。
「さて、いろいろ聞きたい事がまだあるんじゃろう? でもその前に、そろそろ届くはずじゃ」
ティーカップを口元に近づける。その時、わたしの部屋の扉が乱暴に開かれた。
金属鎧をかっちり着込んだ騎士風の男性。全力で走ってきたのか肩で息をしている。鎧重たいもんね。でもその扉、宿の備品だから丁寧に扱って欲しい……。
「シルマーク老! こんなところで何をしているんですか!」
「おお、きたきた」
「きたきたじゃないですよ! はいコレ!」
手提げのついた白い箱を突き出す。箱の外には金の装飾。ほほぅ、なにやら高級そうな予感がしますなぁ?
「……お主、全力で走ってきたのか? 中のケーキは大丈夫なんじゃろうな?」
「急ぎ持ってこいって魔導通信送ってきたのはシルマーク老でしょう!? あと公的な通信を私的利用するのもやめてください!」
「おお、中身は無事そうじゃな」
「当たり前です! ケーキを保護するために魔導軍から結界魔術師ひとり借りました!」
「それは機転が利いて何より。お主がいれば騎士団も安泰じゃな。もう帰ってよいぞ」
「言われなくても戻ります! 私も暇じゃないんです! あと、早く公務に戻ってください! では!」
バタン!という力強い扉の衝撃に、わたしもノクも座ったまま跳ねた。だから丁寧に閉めてよぉ。
「いまは騎士団長の一人『カミュ』という奴でな。若いのに優秀なやつなんじゃ。素直だし、無茶聞いてくれるし……」
シルマークさんが話しながら白い箱を開く。
あぁこれは何度も無茶ぶりしてるね? 可哀そうに騎士団長さん……。
でも……ケーキ、持ってきてくれてありがとう! わたしは感謝でいっぱいだよ!
目の前には白く輝くショートケーキが3つ! ふわふわそうなスポンジに、純白のクリーム! その上に乗っているのは、飴でコーティングされているのか薄く黄金色に輝くイチゴ! た、たまりませんなぁ。ぐふふ。
「ティエナ! 意識をこっちに返して!」
ノクの声も遠く聞こえるよぉ、今はケーキを見つめてたい……
「約束じゃからな。食べながら話をしようかのぅ」
おじいちゃんの指パチンで棚からお皿がふわりと滑空してきた。
動かずにいろいろ器用にこなすなぁ。
ではさっそくスプーンにすくい取ってひとくち目――こ、これは! 甘すぎずとっても上品な……
「おーい、ティエナ」
そしてそこにかかった黄金の――
「ティエナってばー!」
ノクの声が、思考をぶった切ってきた。
「ほら、食べてないで肝心の質問をしようよ!?」
あぁん、まだひとくち目なのにー!
「えぇと、これはどこのお店のケーキですか……」
「違うでしょ!? そうじゃないでしょ!?」
……しゅん。ノクのことは訓練所に行く前に聞いたから、あとはわたしの事だよね。わたしは――人としてのわたしはいったいどこから来たんだろう。
「はい……じいちゃんからわたしの事で聞いてる話があれば、教えてください」
あぁケーキ。思わず涙がでちゃう。
「嬢ちゃん、涙するほどの覚悟ということか。よしわかる範囲じゃが知ってることをここに置いていこう」
覚悟じゃないけどそれで良いんで、あとでケーキ屋さんの名前も教えてくだざいぃ。
*
自分の生い立ちはどこまで知ってるかと聞かれ、
「川辺で捨てられていたのを拾った。と聞かされてます」
「森の動物や魔物に食べられなくて良かったよねぇ」
ノクが言ったように、ずっとわたしはその時運が良かったんだなぁって思ってた。
「そうじゃな。でも正確には川辺に捨てられていたのではなく"川"に捨てられておったと聞いた。なんとも不思議な力に護られた朽ちた箱のような舟で流れ着いてきたという話じゃ」
そこでシルマークさんは再び地図を取り出し、指先をすとんと落とす。スタト近くの森――わたしたちの故郷だ。
「川上から流れてきたとして――」
そこからすすすーっと山沿いに指を西の方へ動かしていく。そしてノアランデ王国の西にある帝国領との境界線を少し越えたところで指を止める。
「上流に村がある場所としたらこの辺り。ノアランデ王国ではないから儂には手が出せんがのぅ」
胸の奥がそっと波立った。
わたしの人としてのルーツを知れば、失われた神の記憶の手がかりも得られるだろうか? 神としても人としても中途半端なわたしに境界線を引けるのならば――確認してみたい。その気持ちはわたしもノクも同じだった。




