第3話 どうしたら誤魔化せるかな
豪華ショートケーキという報酬につられ、宮廷魔術師シルマークさんの前で水魔法の演習をさせられることになったわたしは、神バレを防ぐ方法を考えるのに必死だった。
まぁ、権能を使わずに、適当に魔法でも打って、「なんだ、こんなものか」とか言わせて帰ってもらえばいいよね。
そんなことを考えながらギルドまで歩いてきたんだけど……いつの間にか、わたしたちの周りにぐるりと人垣ができていた。
「……あれ、宮廷魔術師様じゃないか?」
「後ろにいるの、『暴食の水狩人』のティエナじゃない?」
「国から声かけられたのか、すげえ!」
「いや、なんかやらかしたんじゃ?」
なにやらガヤガヤと憶測が飛び交っている。
――暴食の水狩人とか呼んだの誰!? 後で絶対とっちめてやる!
ギルド内部でも混乱しているようだ。
「シルマーク様!? 本日はギルドでご用命ございましたか? こちらで把握できておらず、大変失礼致しました!」
頭を下げる受付のお兄さんに、シルマークさんはにこやかに応じる。
「よいよい、今日は訓練所を借りに来ただけじゃ。今は空いておるかな?」
「はいっ、現在の時間、利用者はおりません!」
「では、ちょっとばかり使わせてもらおうかの」
言うなり、ズカズカと奥へ進んでいく。ほんと、図々しいおじいちゃんだなぁ。
ノクを肩に乗せたまま、わたしもその後についていく。
――そして、なぜか取り巻いていたギャラリーたちまでついてきた。
えええ!? わたし、ひょっとして……みんなの前でやらされるの!?
訓練所は、前にオーキィと利用したときと変わらぬ佇まいだった。
手前には近接練習用の木人が並び、奥の壁には弓や魔法といった遠距離用の攻撃を練習するための的が、ずらりと並んでいる。
後ろには、興味津々な冒険者たちの視線。
その前で、顎に手をあててニヤリと笑うおじいちゃん。
「気張らなくていい。いつも通りの魔法で的を射抜いて見せてくれるかのう」
よし、権能に頼らず、ちゃんと詠唱して魔法使おう。初心者感出せば、神バレなし!
「水よ空より湧きだし、今ここで的を射る矢とならん――!」
何もない空間から生まれた水が、一条の矢となって一直線に飛び出し、的を突き破って奥の石壁に突き刺さる。そして、しゅん、と音を立てて霧散した。
初心者にしては強い威力! ……でも、あの訓練のときからあまり変わってないかも。
権能と違って、直感でなんとかなるものでもないし……まぁ、こんなもんだよね?
ちらりと、シルマークさんの方を見る。
「ほう……そんなものかのぅ?」
訝しげに目を細める。
――そんなものなんです! 作戦成功!
と思ってたんだけど……
「手ぇ抜いてんじゃねーぞティエナ!」
「そんなもんじゃないだろう!」
「“アンダー”で見せた技を見せてくれ!」
「氷の槍の方が威力たけーんじゃねーのかー!」
ギャラリーたちから次々と怒号が飛んでくる。
う、うわーっ! やめてみんなぁーーっ!
ほら、シルマークさんの顔が、また不満そうになってるじゃん!!
「……もう一回やります」
わたしは涙目になりながら、再挑戦を申し出た。
一応、的壊すぐらいにはやったのになぁ……。
はぁ……困ったなぁ。
本気ってほどじゃないけど……。ギャラリーが納得するくらいには、やっておこうか。
「わたしがもし本気でやったらここの訓練所壊れちゃいますけど」
これはホント。
シルマークさんの片目が大きく開く。
でも、すぐに大笑いをはじめた。
「ほっほっほ! そうか! ではこうしようかの」
指を鳴らす。
わたしのすぐ後ろから煌めく壁があらわれ、訓練所を覆っていく。ギャラリーは光の壁の向こうに取り残されたようだ。
「この結界の中ならきっと全力でやっても大丈夫じゃ。気張るとよいぞ」
「ホントにぃ? じゃあ全力でやっちゃうよ?」
と、一応本気アピールだけしておく。全力でやったら……どうなるかわからないから加減しつつね?
楽しそうに頷くおじいちゃんを横目に、水を呼び集める権能《清流の手》を行使する。
「今虚空より召喚に応じよ、我が眷属たる水よ――」
宙から湧き出す水が、わたしの周囲をうねるように舞う。
魔法じゃないので詠唱しなくても出来るんだけど……詠唱をしている振り。すごい実力者と思われるのは悪い気しないけど、神様ってバレちゃうといろいろ困りそうだからね。
そして呼び出した水は、ドリルのように先端から細く螺旋をえがく。これで《清流の手》より派生する《水流の刃》の完成。さらにその螺旋を周囲にいくつも増やしていく。
「敵を穿て! 《水流の刃》」
わたしは手を前に突き出す。そして次々に水の槍が、訓練所内の全ての的を食い破っていく。《水流の刃》を全て撃ち終えた時には的はどこにも跡形もなかった。
そして、的の後方。訓練所の壁を覆う結界は――ちゃんと壁を守ってくれていたようだ。
良かったぁ。壁壊したら絶対またあとでお小言言われるもん。
「ほっほっほ! こりゃなかなかやりおる!」
さらに、結界にはヒビが走り……ガシャンと音を立てて消え去った。
そこでシルマークさんは目を丸くする。どうやら結界が破れるとは思ってなかったらしい。
でも期待には応えれたようで、すぐに白い歯を見せてニヤリと笑った。
そして、ギャラリーも一斉に沸き立った。
「さすがティエナの姐御!」
「日々の暴食エネルギーがこうやって活用されてるのかー」
「明日から遠距離訓練どうすんだ!?」
「ダンジョンで遭遇したら俺なら即逃げるぜ!」
また好き勝手いわれてる……。暴食エネルギーってなによ。新しい設定増えてんじゃん!
でも! これで!
「王宮御用達のケーキ!」
両手の指を絡ませ、宙を見つめてうっとりしちゃう。どんな味するのかな〜! ふわっふわかな〜!
「そんなだから暴食の水狩人とか言われるんだよ」
ノクのツッコミは無視することにした。だって、ケーキの方が大事だもん。
「いや〜結構結構!」
ぱんぱん! と手を叩きながらシルマークさんが近づいてくる。
「どうやら『リヴァード仕込み』と言うのは嘘のようじゃが、素晴らしいものを見せてもらった!」
うへー、やっぱり気付かれちゃった? 元パーティのメンバーなんて騙せないよねぇ……。元神様にだけは気付かないで、お願い!
でも言われたことはやり遂げたし、大切なところをちゃんと確認しておこう!
「どうでしたか? ケーキいけますか!?」
「もちろんちゃんと後で届けさせよう。それにティエナさえ良ければ、いくらでも食べれるようにしてやれるが」
……まさかの提案!?
「た、食べ放題!?」
あぁ〜視界のテーブルに所狭しと並ぶ多種多様のケーキ! 甘そうなやつから? それともビターなやつから手をつける? なんて夢の様な話!
「そうじゃ。儂の部下となり王都に来てくれるなら、毎日でも食べ放題にしてやれるぞう。どうだ? ん?」
上機嫌で顎をこするおじいちゃん。
毎日食べ放題……! 甘美な響き……! ん? 部下? 王都?
「これだけ実力があれば軍でも研究室でも重宝されるじゃろう」
うんうんと頷いている。
「正直ある程度の実力、であれば王国軍への勧誘だけで済ませたんじゃが。
片手間とはいえ、儂が張った結界を割るとはな……これはもう、『並』の実力では済まされんのう。どうじゃ、儂の部下として来んか?」
食べ放題には、後ろ髪がめちゃくちゃ惹かれるけど! まだ自分の記憶探しとか、ノクのこととかやらないといけないことが沢山ある。
「わたしには王宮務めとか無理ですよぉ。まだ……やらなきゃいけないことがあるんです」
とやんわり断っておく。
「そうそう。規律あるところで働くの、ティエナには無理だよね」
援護してくれてるように見せかけて本気で言ってるねノク?
でも最初から断られるところまで織り込み済みだったようで、シルマークさんは全く気にして無い様子だった。
「リヴァードの孫なら、そうであろうな。あいつは規則にうるさそうに見えて、突然ふらっと規律を乱すやつじゃったからのう」
何かを思いながら話してるのだろうか。目を閉じながら独り言ちる。
「まぁ断られると思っておったが、言うだけ言っておかんとな。……才能を見逃すのは罪じゃからな。
それと――あの赤子がどんな人物に育ったのか見れただけでも良かったわい」
「ひょっとして、昔お会いしたこともあるんですか?」
わたしが質問する横でノクが反応する。
「そういえば、もう十年以上前の話だけど、じいさまの元パーティの人達が訪ねてきたことがあったよ!」
ティエナは赤ん坊で覚えてないだろうし、ぼくも離れて見てただけだから誰が来たかまで覚えてないけど。と付け加える。
「そうじゃよ。リヴァードに会ったのは、それが最期じゃったな……」
ちょっとだけ遠い目をするシルマークさん。
つられて、わたしもじいちゃんの背中を思い出す。夜の帳、温もりを絶やさぬように焚き火に薪をくべる、あの逞しくて優しい大きな背中を。
……じいちゃん、見てる? わたし、ちゃんとやれてるよ。




