第2話 最高級ケーキの誘惑
目の前にいるおじいちゃんが、
「じいちゃんの元パーティメンバーで、しかも宮廷魔術師!?」
部屋に勝手にあがりこむ図々しくて胡散臭そうなおじいちゃんが? 図々しいは言い過ぎ?
名前はシルマークさんだっけ。何かに納得したようにうんうん頷いてる。
「公務を抜け出して来てるから、気遣いは結構じゃよ」
そう言いながらシルマークさんが指をパチンと鳴らすと、わたしの部屋の戸棚が勝手に開き、ティーカップと茶葉が宙を漂いテーブルの上に移動する。
気遣い無用って自分でやるという意味なの? やっぱり図々しいよね?
シルマークさんがもう一度指を鳴らすと、ティーポットから湯気が立ち上がりはじめる。「水も入ってなかった」はずなのに、どうやらお湯を直接召喚したようだった。
「茶葉を煮出すのだけは、めんどうじゃの」ポットの蓋を開けて、茶葉を入れる。
無詠唱の難しさはわたしも痛感している。大魔導師というのは嘘ではなさそうだった。
でも、その茶葉はね。イグネアに教えてもらった良い茶葉なの! 勝手に入れないで欲しい!
「なかなか曲者だねこの人」
ノクがこっそり耳打ちしてくる。
ムカついてきたからわたしもカップに手を伸ばして席に着き、紅茶の抽出を待つ。
*
「だいたいあいつ、手紙の返事ぐらいしろっていうのに、全然連絡が来ん。質問や疑問を投げかけた手紙をスルーするとかあるか?」
気持ちを表すかのようにシルマークさんがコンコンと杖で床を叩く。
確かに、じいちゃんが手紙書いてる姿見たことないなぁ。
「で、そのまま何も言わずに逝ってしまったじゃろ?」
シルマークさんが顔を伏せる。……お友達だったのも、本当みたいだね。
そろそろいいかな。わたしは、紅茶をそそいでシルマークさんの前に置く。もちろん自分とノクの分も。まだ熱いからノクは冷めるの待ってね。
シルマークさんが紅茶に口をつけ、真剣な目をカップに向ける。
じいちゃんの事を思い出してくれているのだろうか。
「……良い茶葉使ってるのぅ、嬢ちゃん。給仕に伝えて仕入れさせておこう」
思いふけってるわけではなかった……。なんなのこのおじいちゃん。
でも、良い茶葉なのは本当だからね? イグネア推薦の「ブリリアント・ハーモニー・ミスティカ」というブランド物だよ? ダンジョンで得た魔銀がひとつ吹っ飛ぶ金額したよ? 王宮でも通用するに決まってるじゃん!
「……お年寄りは話が進まないねぇ」
ノクが呆れている。そうだ、わたしも紅茶を褒められて嬉しくなってる場合じゃなかった! 用件を聞かないと!
「それで……今日は突然どうされたんですか?」
「あぁ、そうじゃったそうじゃった! 本題を忘れて、のんびりしてしまっておったわ!」
いいから話をして〜!
「お主らずいぶんと活躍してるそうじゃのう」
シルマークさんが指を鳴らすと目の前にパウンドケーキがあらわれた。これはわたしのストックじゃないよ!? え〜どこのお店のやつだろう? 美味しそ〜、気になる〜!
「良かったらお茶請けにどうぞ」
「アリガトウゴザイマス!」
「ティエナ……よだれよだれ」
わたしがかぶりつくのを見届けてからシルマークさんが話を続ける。
「リヴァードの孫というやつが冒険者になって暴れ回ってるっていう噂を聞いてな。どんなものか見てやろうと思って探してたんじゃが、目立ってくれてるお陰ですぐ見つけられたわ」
「様子を見に来ただけってこと?」
「まぁ、そういうことじゃな。それに自分が施した封印の状態確認ぐらいはしておかんとな?」
ほっほっほと気楽そうに笑う。ん? 封印?
わたしは思わずノクを見つめる。 ノクも引きつった顔でこちらをみていた。
「でえええええ~~!? ……ノクをあの竜の偶像に封印したって、まさかあなた!?」
そうじゃそうじゃと、笑いながらケーキを頬張るおじいちゃん。
ノクはもともとは洞窟内に発生した異常なほど膨れ上がる濃密なマナの塊だったらしい。
そのまま放置するとミアズマ――魔物化させる瘴気に汚染されることで大きな災厄になりかねないということで、じいちゃんの『仲間』が石像に封印し、じいちゃんが祠で清め続けたことでノクが生まれたと聞いている。いままではじいちゃんの仲間なんて知らなかったから詳しく聞ける人もいなかったけど――とつぜん向こうからやってきた――!
*
「わたしたち、ノクがどう言った存在なのか調べてて、お話きかせてもらえませんか?」
シルマークさんが頷くのをみて、わたしたちが今知る範囲のことを伝えた。
「ほとんどリヴァードから聞いておるじゃないか。儂も知ってること、お主らとあんまりかわらんよ? 大規模マナを石像に押し込めただけじゃしな?」
「それでも、なんでもいいんです。何か気づいたこととかありませんか?」
「そうじゃなぁ……。地図はあるか? あぁ、いいや。騎士団に配るやつから一枚拝借しておこう」
指を鳴らすと、ふわりと机の上に「ノアランデ王国」の地図が現れる。シルマークさんは指先でトントンとひとつの箇所を叩いた。スタトより北にある山岳地帯だ。
「ここにある洞窟が竜信仰の隠れ家のようでな。その奥でマナを封じたのじゃ。ただ――」
「ただ?」
「ノクのその姿は石像を模しただけかもしれんし、竜信仰を調べれば存在理由がわかる――なんていう保証もないぞ?」
「……ぼくはそれでもそこを調べてみたいな」
「そうかそうか、まあ、自分探し大いに結構! やってみなさい!」
シルマークさんはひとしきり陽気に笑った後、少しだけ真剣な表情をする。
「老人からのおせっかいな助言だと思ってくれればいいんじゃが、どうして生まれたのか、なんで生きているのか……そんな問いに、はじめから答えなんてないのじゃよ。
それはきっと竜だろうが人だろうが変わらんよ」
そこで一息ついて、さらにつづける。
「だからこそ、やりたいことをやりなさい。
それが人生に彩りと輝きをもたらすのだから」
声色に優しさと温もりを感じた。
*
そこでシルマークさんは帰る、と思ったのだがそんなこともなく、紅茶と追加でもう一杯入れてゆっくりと飲んでいる。それ高いんだってばぁ……!
「さて、本題に入ろうかの」
ご老人おそるべし……! いままでのは本題じゃなかった。
「リヴァードから『ティエナとは血縁関係はない』と聞いていたのじゃが、噂ではそれはそれは見事な水魔法を披露するらしいじゃないか? それをぜひ拝見させてもらいたくてな。
いまからギルドの訓練所に一緒にいってもらってもいいかのう?」
「はい?」 言ってることがすんなり耳に入ってこない。じいちゃんの血縁と水魔法に関係があるの?
シルマークさんは気にせず続ける。
「リヴァードのやつは水魔法が使えるくせに、過去の自分との決別とかなんとかいう青い理由で使いたがらなかった。
そんなあいつが嬢ちゃんに『水魔法を仕込んだ』というのが気になっておってのぅ!」
悪意が無さそうな白い歯が輝く。
いや、ちょっとこれはマズいかも……! こんな人の前で魔法なんて使ったら「わたしがもと神様」って即バレしちゃうんじゃないの!?
「あっ、そうなんですね~。でも、ちょーっと今から用事がありまして……」
「ほう、どんな用事じゃ?」
「ギルドの方で依頼を受ける予定なんですぅ」
「なるほど、じゃあその依頼と同額の報酬を用意しよう。ギルドには儂が話を通しておくから安心すると良いぞ」
善意の塊の悪魔が憎い……!
「それとも見られて困ることでもあるのかのう?」
「そう! それ! じいちゃんの秘伝なので、あまり軽々しくお見せするわけにも」
「他の人の前では見せるのに?」
あーん、逃げ道誘導してから封鎖するのやめてよぉ! 逃げたいよぉ!
シルマークさんが、軽く咳払いをひとつ。
「では、こうしよう。王宮御用達のショートケーキを訓練のあとに届けさせよう」
「しょうがないなぁ、今回だけですよ?」
気がつけば即答していた。ヨダレも垂れていた。
「シルマークさん的確にティエナの弱点ついてくるね……」
これが宮廷魔術師の力――! おそるべしおじいちゃん!
……でも、ショートケーキ楽しみ! ふふっ。




