第1話 新たな扉が、ふいに開いた
むかーしむかし、あるところに水を司る女神さま『ティエル=ナイア』がいました。
彼女は、なんだかんだありまして、転生して人間の赤子になりました。たぶん……? 記憶がないから、そのへんはよくわかんないけどね。
そして森の川辺でわたしを拾ったのが――あ、わたしって言っちゃった。まぁいいや。わたしを拾ってくれたのがじいちゃん。……後になって知ったんだけど、なんか昔は凄腕の冒険者だったらしい。リヴァードと言えば冒険者の間では知らない伝説の狩人だったとか。
そんな超一流の狩人のじいちゃんは、わたしの育ての親でもあり、師匠でもある。
本当に……狩人の修業は、めちゃくちゃ厳しかった! 毎日毎日、森の奥で訓練ばっかり!
甘いスイーツも、街で夜な夜な遊びまわるのも……やってみたかったのに!
うん? 我慢してちゃんと修業してたよ?
じいちゃんは寡黙で背中で語るタイプだけど、でもわたしのことちゃんと想ってくれてるのはわかってたし、優しいところもいっぱいあったんだ。
森の中の暮らしは、じいちゃんと2人っきりというわけではなくて、小さな白い竜のノクがいつも一緒だった。いまわたしの目の前でおおきなアクビしてる子ね。
愛らしい仕草に、小さくてモフモフした姿に惑わされてはダメだ。この子は人間としてのわたしよりも少しだけお兄ちゃんだ。神の時代をいれればわたしの方がお姉さんなんだけどね? マウントはとらせないよ?
まぁ森の中の生活も不満がないわけではなかったけど――ちゃんと楽しく暮らしていたよ。でも、敬愛するじいちゃんも、歳には勝てず先の春の訪れと共に亡くなってしまった。
じいちゃんの遺言に従って、わたしはノクと一緒に街に出て暮らすことにした。
それから冒険者になって、掃除したり、護衛したり、ダンジョンなんかにも挑んだりして――なかなか大変だった!
そして、わたしたち――今はパーティ解散中だけど……わたしとイグネア、それにフィンとオーキィの四人はダンジョン調査の功績が認められたため、なんと「Aランク冒険者」になりました!
イグネアはBからAに。他、わたしたちは皆CからAへの飛び級だよ! 特にわたしは冒険者登録して半年でAランクということで異例中の異例というお話をいただいた。ちょっと自慢してきてもいいかな?
他にもう一人、レオという暴れん坊がいたんだけど、彼はダンジョンから戻ってから行方不明になっておりランク昇格は保留だとか。どこでなにしてるんだろなぁ。
そんなわけで、これがAランク冒険証だ!
わたしはベッドの上にころがりながら天井にむかって掲げる。
「……またそうやってニヤニヤしてるの? 次の依頼とか受けないの?」
ノクが呆れた顔で本のページをめくる。
「みんなと解散してからだって、ちゃんと一人で依頼こなしてるじゃん。休息も必要なのだよキミ」
わたしたちはダンジョンで得た報酬を元手に宿を長期契約し、ここエルデンバルに滞在して二つのことを調べている。
ひとつめ、ノクがどういう存在なのか調べること。ノクは大量のマナを封印した竜の偶像が実体化した姿――らしい。あってるこれ?
これは前から調べてるけど使用された竜の偶像が、昔存在した竜信仰と関係あるのじゃないか、ぐらいしかわかっていない。失われた信仰ということで記録が少なすぎるんだよね。
もうひとつは、わたしの記憶。天界に居たときの記憶は少しずつ取り戻しているけど、どうして赤子になったのか、その原因も過程もわからないまま。
こっちはどうやって調べたらいいのかもわからない。
というわけでギルドの依頼をこなしながら色んな本屋に顔を出して資料を探すという忙しい日々を送っている。
だから、こうして思う存分休息する時間も必要ということなの!
そして今日のわたしは――あくまでも、ベッドから起きるつもりはないのだ。
なぜなら……そう、『きみと星を待っている』の最新刊が手元にあるからだ!
これが人間界の恋愛事情最先端! ページをめくれば恋の葛藤! さらにめくれば愛の逃避行!!! 見てるだけなのにドキドキがとまらないよー!
「変な唸り声だしながらベッドころがるのやめてくれないかな……」
「だって、敵国の王子と知らず恋に落ちるヒロイン! そして想いが成就したのに両国から追われる身となる二人! これからどうなるの? 追っ手はちゃんと捲けるの? こんなの悶えちゃうよ~! ううう、ページをめくるのが怖い…!」
「どうせ、捲いてるよ。さっさとページめくったら?」
「なんでそんな冷たいことが言えるかなー!」枕をノクに投げたけど、頭を下げてひょいと避けられた。
「ノクだって読んだら、ぜったい感想かわると思うよ!」
「……読んでも、“民は迷惑してるだろうなぁ”っていう感想になりそうなんだけど」
そんなふうに、いつもどおりノクと騒がしくしていたら――部屋をノックする音が聞こえた。
今日は特に来客の予定とかもなかったはずだけど。オーキィだったりするかな?
わたしは手近な物を栞代わりに本に挟んでベッドから起き上がった。
「Aランク冒険証を栞にしてる人ティエナだけだと思うよ…」
「はーい、どなたですかー、今開けますよー」
オーキィだったらどこに遊びに行こうかな~。なんて考えながら扉をあける。
「どうも、おじいちゃんじゃよ」
おじいちゃんだ。
わたしは無言で扉を閉めた。
……知らない。見覚えのない、知らないおじいちゃん……。
どうしよう。わたしの記憶また何か消えてる?
扉は引き続きノックされている。
「……誰だったの?」ノクの声が後ろから聞こえてくる。
「知らない……おじいちゃん……」
うーん、一度ちゃんと話して、「ここお家じゃないですよ」って言って……最悪ギルドに連れてってなんとかしてもらおう。
よし、わたし勇気出す。今こそAランクの底力――!
覚悟を決めて扉を開く。
「なんだい全く――リヴァードの孫じゃないのか?」
「ここお家じゃないですよ!」……あ、違った。わたしは何かを間違えた。リヴァード…? じいちゃんの名前?
「え、じいちゃんのお知り合いですか?」 うん、ようやく正しい言葉が言えた気がする。
目の前の老人をよく見てみる。大きな襟がピンと立っており良く目立つローブ。白がベース色だが縁に太く青いラインが入っており金刺繍も美しい。そして同じ色調の山高の帽子を被っている。片手には身長ほどある魔術杖。杖には宝石が埋め込まれており、装飾もいっぱい施されている。どこから見ても、魔術師って感じだ。
「知り合いも何も。リヴァードの元パーティメンバーじゃよ」
その老人はにやりと笑った。
*
「本当かなぁ?」思わず心の中でそう呟いてしまう。
「……嬢ちゃん、口に出とるぞ。しかも普通に疑っておるな? 本当だとも。嬢ちゃんがティエナ、そっちの白い竜がノク。ほら、あっとるだろ?」
そう言いながら、勝手に部屋にずかずか入って椅子に座る知らないおじいちゃん。ノクも読んでた本を閉じて机をあける。
「わたしたち、この辺りの冒険者界隈じゃ、まあまあ有名だから……それだけじゃ信じられないかなって」
なんか、自慢みたいになっちゃった。
「そうじゃなぁ。スタトの近くの森でずっと暮らしておっただろうが? リヴァードの偏屈野郎が全然森からでてきやせんから、たびたび手紙を送っておったんだがな。儂の手紙とか見てないかね?」
焚火に薪をくべてぱちぱちと爆ぜる音を聞きながら、手紙を読んでるじいちゃんの姿を思い起こす。ちょっとしんみりしちゃう。
「ちなみにおじいさんの名前は?」
「ああ、そうじゃったな。名前まだ言ってなかったか。年をとるとやだねぇ」
いいから早く教えてよぉ。
「儂の名前は『シルマーク・アーリン』っていうんじゃがな。手紙の差出人に覚えはないかね?」
「シルマーク・アーリン!?」 名前に反応したのはノクだ。すごくビックリしたみたい。
「聞いたことあるの、ノク?」
「なんでティエナは知らないんだよ! ……ここ、ノアランデ王国の宮廷魔術師だよ!?」
へ? この変な笑顔のおじいちゃんが、宮廷魔術師……?
呆けた顔で見ていたら、シルマークさんは白い歯を見せるようにニカッと笑い、手を振ってきた。……いやいや、噓でしょ~!?




