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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第一章 ◇◇
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第50話 人と神の転換点

 ついに五十階層に足を踏み込んだティエナたち。


 “ゲート”に入る前から、すでに視界の先に見えていたのは、石造りの巨大な扉だった。重厚で荘厳、その存在そのものが何かを訴えかけるような威圧感を放っており、一行の表情を自然と引き締めていく。


「いくぞ」


 レオが短く言い放ち、両手で扉に手をかける。押し開けると、軋むような低い音と共に、扉はゆっくりと開いていった。


 その先に広がっていたのは、まるで大聖堂のような空間。

 そして中央。そこに“それ”はいた。


 頭を胸に抱えるようにして眠る、山のような巨体。闇に溶け込むような黒銀の鱗。翼をたたみ、岩のように動かぬその姿は、まごうことなき――ドラゴンだった。


「これはまた、倒し甲斐のありそうなやつが出てきたな」


 レオがバスタードソードを背からゆっくりと引き抜き、構えを取る。微かに口元が笑っていた。


「ドラゴン……!? まさか、本物……っ」


 イグネアは驚愕を隠せないまま、レイピアを構え、同時に左手の指輪に魔力を通して火球の術式を展開し始める。


 オーキィはノクに身を寄せ、小声で問いかけた。

「ちょっとノクくん、あなたの友達じゃないの? 話し合いでなんとかできたり……?」

「友達じゃないし、そもそも種族も全然違うし! 仮に一緒だったとしても、ぼくこんなのと仲良くなろうと思わないよね!?」


 フィンは屈みながら周囲の地形と出入口を確認しつつ、ボヤいた。

「実は幻影で本体はちっちゃいのが別にいる……みたいな展開で頼むわ……」


「じゃあティエナ、ぱぱっとやっちゃってよ!」


 ノクがひょいとティエナの背に隠れるように移動する。


 ティエナは無言で一歩前に出ると、目を閉じて静かに呼吸を整えた。


 足元から水が湧き出すように現れ、空中へと浮かび上がる。

 それはやがて大きなうねりとなり、まるで天空に昇る龍のような水流へと変貌し、幾筋もの螺旋へと分裂していった。


「穿て――《水流の刃》!!」


 その声と共に、数十本の水の螺旋が空を裂き、ドラゴンへと飛翔する。


 瞬間、ドラゴンの瞼が静かに開き、深い重低音の咆哮が響き渡った。


 空気が震える。音波と魔力の衝撃で、水の螺旋のいくつかは霧散した。

 それでも残った水の刃はドラゴンの鱗に突き刺さり、重い金属音を立てながら一部を貫通していく。


 ドラゴンが、首をもたげて口を大きく開く。

 そこから放たれたのは、空間ごと焼き尽くすような高熱のブレスだった。


「っ……!」


 ティエナはすぐさま両手を広げ、膨大な水のヴェールを展開。

 灼熱の奔流が触れる瞬間、その水膜がブレスの熱を受け止め、蒸気となって広がっていく。


 その隙を逃さず、レオが走り出す。

「今だッ……!」


 バスタードソードを振り下ろすが、ドラゴンの鱗はあまりに堅く、斬撃は表面を裂くにとどまった。


 すかさずイグネアが横から援護射撃を放つ。

「せめてこっちに気を引きなさい……!」


 炎弾が翼をかすめて爆ぜ、ドラゴンの視線がそちらへ動いた瞬間。


 ティエナが再び詠唱を紡ぐ。


「もう一度……お願い」


 第二陣《水流の刃》。


 先ほどよりもさらに多く、より鋭く形成された水の渦が百条を超えて舞い上がり、雷鳴のような音と共にドラゴンの全身へと降り注ぐ。


 鱗を裂き、骨を砕き、肉を穿つ。


 巨体が仰け反り、最後の咆哮を上げながら、崩れ落ちるように倒れた。


 黒銀の鱗が床を打ち砕きながら砕け散る。


 ――神性に近づきつつあるティエナの《水流の刃》は、五十階層の守護者とて抗う術を持たなかった。



 光となって霧散していくドラゴンの残骸。その場に残されたのは、鈍く脈打つ紫色の魔核だった。まるで心臓のように脈打ち、うっすらと熱を帯びている。


「これは……何の魔核だ……?」


 フィンがそれを拾い上げ、じっと観察する。だが見たことのない色と形状に、首を傾げるしかない。


「贈り物って、それのこと?」


 オーキィが覗き込みながら問いかける。


「さっきのドラゴンのことかもしれないよぉ?」


 ティエナが冗談めかして言うと、オーキィが肩をすくめる。


「だとしたら、めちゃくちゃ悪趣味だよね……」


「なんだろうね、この魔核……ミスリルとか? そういう伝説級のやつかな?」


 ノクも乗り出して確認する。


「そもそもミスリルを見たことがありませんから、判別しようがないですわ」


「ですよねぇ……とりあえず、街に戻ったらギルドで調べてもらいましょうか」


 オーキィの提案に小さく頷くと、イグネアは慎重な手つきで魔核を収納袋へと収めた。


「それよりも贈り物って、あれじゃねぇか?」


 レオがドラゴンのいた奥の空間を指差す。その先には、光の差し込む祭壇のような場所に、一本の長剣が突き立てられていた。


「おいおい、剣じゃねえか! 使いごこち試させろよ!」


 レオがずかずかと歩み寄り、柄に手をかけた瞬間、空気が一瞬ざらついたような違和感が走る。


 それでも躊躇なく、一呼吸の後に剣を引き抜いた。

 刀身が石に擦れる音が辺りに響き、レオは片手で長剣を高々と掲げる。


「勝手に抜きやがって……呪いの魔導具だったらどうすんだよ」


 フィンが呆れたように言いながら近づく。


「おい、この剣めちゃくちゃ軽いな! なんの素材でできてんだ? こんなに軽くてすぐ折れたりしねぇよな?」


 レオは手近な柱に向かって試すように剣を振る。


 キィン!という甲高い音が響いたかと思うと、柱に一直線の切断線が走り、数秒後に上部が床へと崩れ落ちた。


「すごーい!! 本当に斬れちゃった!」


 ティエナが無邪気に歓声を上げ、一行は呆気に取られる。


「やべーなこの剣……」


 レオは面白がって壁にも一振りしてみせた。すると、薙ぎ払った軌跡に沿って壁が大きく割れる。


「軽いし、切れ味めちゃくちゃいいし、こりゃ最高の贈り物だな!」


 レオが得意げに剣を掲げると、フィンが不満げに口を挟む。


「勝手に自分の所有物にしてくれるなよ?」


「まあ、それもそうか? お前も使ってみるか?」


 レオが剣を差し出すが、フィンは手に取ろうとして――そのまま地面に落とした。


「何やってんだよ」


「わ、わりぃ……」


 慌てて拾おうとするが、柄を握ったまま、フィンの顔が引きつる。


「ぐぎぎぎぎぎ……なんだこの重さ……!」


 持ち上げられずに地面にしゃがみこんだまま、フィンは助けを求めてオーキィを呼んだ。


「失礼するよー?」


 オーキィが柄を掴んで持ち上げようとするも、びくともしない。


「あれ……? 私、こんなに力なかったっけ……?」


「わたしも、やってみてもいい?」


 ティエナもそっと柄を持ち上げようとするが、やはり動かない。つまらなそうに顔をしかめる。


 そんな三人を見て、レオがぽんと肩をすくめた。


「なんだよお前ら?」


 ひょいと剣を持ち上げると、まるで玩具でも扱うかのように軽々と振ってみせた。


「選ばれた……ということなのかしら。とにかく今は、レオに任せるしかありませんわね」


 イグネアは静かにそう言うと、部屋の調査に戻った。

 この部屋には、剣のあった奥のさらに最深部に扉がひとつ設けられていた。

 フィンが罠や鍵の確認などを行うが、罠はなさそうだが問題は錠すらないことだ。どうやっても開かない。

 その様子を見ていたオーキィが、ため息まじりにぼそりと漏らした。


「四十一階層が封印されていた時と同じだね、これ」


「……みたいだな」フィンも膝を払って立ち上がる。「また何か条件があるんだろう」


 調査を兼ねて、休息と睡眠をとりながら広間で一日を過ごすが、状況は変わらなかった。


 ティエナも腕を組みながら、うーんと唸る。


(リュミナが『五十階層に贈り物がある』だけで済ませたことを考えると……今はこれ以上、進ませる気がないのかもしれない)


 ティエナはそっと手のひらに水の膜を張り、それを扉に添えた。水の感触がじわりと拡がり、静かに波紋を描く。


「――《泡涙のさざ波》」


 水の粒が空気中に滲み、水面に広がる波紋のような“何か”が扉からティエナの心へと流れ込んでくる。


 それは視覚ではない。言葉でもない。 ただ、胸の奥に直接流れ込んでくるような感情の渦――


 期待。高揚。そして……失望。


 まるで、誰かがこの扉の先に“何か”を用意し、誰かが来ることを心から望んでいた。 けれど、今の自分たちはまだ「そこ」に届かない。


(……またきっと、誰か“資格を持つ者”を、待ってるんだ)


 ふと視線を巡らせれば、みんなにも少し疲れの色が見えていた。

 無理をする必要は、きっともうない。


「じゃあ、ここまでにして街に帰ろっか。たぶん今はここまでなんだよ」


 戦利品は多く、よくわからない魔核や切れ味抜群の剣もある。得たものは十分だ。


「四十一階層以降の調査……にしては、成果は申し分なかったと思いますわ。ギルドに報告できる情報もありますし――戻りましょうか」


 陽のささぬダンジョンに潜って、およそふた月。

 帰還という選択に、どこか安堵が広がった。

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