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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第一章 ◇◇
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第48話 その手を、握り返して

 ――すべては、静かになっていた。


 怒り狂ったように吹き荒れていた炎は消え、焼け焦げていた岩肌の色も、ひときわ鈍くなっていた。

 地熱はまだ残るが、肌を突き刺すような熱気は、もうない。

 ただ、湿った地面のあちこちで、まだ蒸気がゆらりと立ち上っている。


 ティエナは、しばらく黙ってその場に立ち尽くしていた。


「……やっぱり、水ってすごいなぁ」

 その呟きは、静けさの中にふわりと溶けていく。

 すべてが戻ったわけではない。けれど――天界のころの記憶と力が、今の自分と重なりはじめている。

 新しい存在の輪郭が、ほんのりと形になってきた気がした。

 懐かしさの余韻が、胸の奥をじんわりとあたためていく。


 ふと視線を落とすと、足元には、赤く脈動する石片がいくつも転がっていた。

 焼けた魔物の魔核――赤い魔晶。


「おおぉー、赤いのいっぱいある~……」


 ティエナはぺたんとしゃがみ込み、両手で赤光をそっと拾い上げる。

 ころころ転がる石に、指先でリズムをつけて集めていくその姿は、妙に楽しげだった。


 ──その時。


「ティエナ~~~っ!!」


 耳慣れた叫び声と共に、白い衝撃が彼女の脇腹に突撃してきた。


「おおうっ!?」


 全身をもって飛びついてきたのは、ノクだった。

 涙をボロボロ流しながら、ティエナの胸に顔をうずめ、ぐすぐすとしゃくり上げる。


「いた、いたぁ……もう、いなくなったかと思って……うぅ……!」


「ノク!? だ、大丈夫だよ、ちゃんと帰ってきたよ~……!」


 慌てて頭をなでようとしたティエナだったが、その手が届く前に──


「ティエナちゃ~~~んっ!!」


 今度は、上空から巨大な影が降ってきた。


「ええっ!? ちょ──っ、オーキィぃぃっ!?」


 覆いかぶさるように飛び込んできたのは、銀髪の大女――オーキィだった。

 ノクごとティエナをぎゅうぅぅっと押し倒し、全身で包み込むように抱きしめる。


「うぎゅぅ~~……痛いよぉ、オーキィ……!」

「きゅ、きゅう~~~……」ノクも目を回す。


「ご、ごめんねっ!? でも、でも……! 本当に、本当に心配したんだから……!」

 オーキィは目尻をぬぐいながら、懐かしさと安堵で顔をくしゃくしゃにしていた。


「とりあえずヒールしとく? ほら、ちょっとだけ光りますよ~……♡」


 ウキウキした声で魔導触媒のメイスを握り、ティエナの脇腹にぺたぺた手を当ててくる。


「や、やめてオーキィ! どこも怪我してないからぁ~!!」


 そこへ、軽やかな足音が近づいてくる。


「おかえりなさいまし、ティエナ」


 声に顔を上げれば、そこにはイグネアが立っていた。

 髪の先は少し焦げ、紅のアーマードレスには煤が薄く残っている。それでも彼女の立ち姿は乱れ一つなく、姿勢も目線も凛としていた。

 まるで空気そのものが引き締まるような気配の中、イグネアは静かに右手を差し出してくる。


「ただいま、イグネア」


 ティエナはぱっと笑みを浮かべ、その手をしっかりと握り返す。

 瞳には安堵と喜びが混じり、表情は自然とほころんでいた。

 そして、イグネアに引かれるようにして起き上がった。


「よぉ、チビ。無事そうでなによりだな」


 レオが剣を背中へと収めながら、やや口元を緩めて言った。


「一週間近くも一人でよく切り抜けたな……」


 フィンが赤く脈打つ魔晶を手に取りながら、しみじみとした声を漏らす。


「……え? 一週間? 半日ぐらいじゃない……?」


 ティエナがスカートの裾を払いながら、きょとんと首をかしげた。


 ……一同沈黙。


(あ~~、あの空間……ここの世界と時間の流れズレてるんだ……)


 ティエナはじんわりと冷や汗をかきながらも、そっと笑みを浮かべて言った。


「移動しながら、情報交換しよっか」



 イグネアが前に出て、みなに歩きながらの進行を促す。その足取りに合わせるように、パーティは再び歩き出す。


「ここは……四十八階層ですの」


 イグネアの言葉に、ティエナが目をぱちくりさせる。


「えっ、そんなに下まで来てたの? わたし、確か……四十五階層で……」


「ええ。あなたがいなくなってから、新しいセーフレストを経て、罠の迷宮、空の断崖……と越えてきましたわ」


 説明を受けたティエナは、驚きとともに眉をひそめる。


「……聞いただけで、行きたくない感じがする……ほんとに悪質なダンジョン作ってるなぁ、リュミナのやつ……」


 ぼそっとこぼしたその言葉に、フィンがぎょっとした表情で顔を上げた。


「おい、今なんて……? ダンジョンを作った奴の話したか?」


 ティエナは「なんと答えたものか…」と眉を寄せ瞳を閉じるが、静かに口を開いた。


「わたし、このダンジョンの創造者に会ったの」


「ダンジョンの創造者!? 身長は!? 年齢は!? 性別は!? 古代人だったか!? それとも人の形ですらないとか!? このダンジョンの目的は!?」


 フィンのテンションが急上昇し、ティエナに詰め寄る。


「ごめんね、ティエナちゃん。フィンくんダンジョンオタクだから…」


 オーキィがフィンをたしなめながら引き離した。


 そして歩きながらティエナは語る。視線は遠く赤く揺れる地表を眺めていた。


「このダンジョンを創ったのは、光の神リュミナ=シエ――」


 ティエナの声は静かだったが、不思議な余韻があった。


「人の役に立つアイテムを、試練と引き換えに与える。……そんなおせっかいな神様だよ。たぶん、ね」


 軽く笑うその表情の奥に、どこか複雑な陰が宿っていた。


「あと…リュミナと話した部屋が、この世界と別次元にあるから時間の流れが違ったんだろうねぇ…」


「試練とかいらねぇから、アイテムだけくれりゃいいのにな」


 レオがいつもの調子でぼやく。


「光の神リュミナ=シエ……“正義・祝福”に次いで“試練”の側面も持つと聞きますわ」


 イグネアは進行方向に危険がないか注視しながらも、そう口を挟む。


「そうそう、光の信徒の人たち、“これは神の試練だ!”ってすぐ言うんだもん。私あれ苦手なのよねぇ……」


 オーキィが苦笑混じりに続ける。


 ティエナの脳裏に、古い記憶が差し込まれる。

 白い泉のほとりでくつろぐ時に決まって、金の長髪ローブ男がやってきて言うのだ。

「ティエル! さぼるな! 責務を果たせ!」 幾度となく聞いた天界での小言も蘇る。……あれも、試練だったのだろうか。

 (どうでもいいことも思い出したなぁ)とティエナはひとり苦笑いを浮かべる。


「くっそ、オレも創造者に会いたかった! で、このダンジョンは何階層まであるんだ?」


 話を聞きながらも、フィンは抑えきれない好奇心をそのまま口にした。


「んー……そこまでは、聞いてない……というか、すぐ帰ってきちゃったから……」


「ええええ!? なんでもっと粘らなかったんだよ!」


「ご、ごめんってば~! でも五十階層に“贈り物”を用意したって言ってたよ?」


「ほう? 贈り物って何なんだ? 武器か? 魔導具か?」


 レオが食いついてくる。

 ティエナは足を止め、顔の前で両手を開き、ぎこちない苦笑いで答える。


「それも…聞いてない」

 自分でももっと聞いてくれば良かったと思う。失敗したなという気持ちで冷や汗が滝のように流れる。


 レオは溜め息をつきながらも彼女の頭をがしがしと撫でる。


「お前ほんっとに、聞くこと聞かずに帰ってくるタイプだよな……」


「ふふっ……でも、無事に戻ってきてくれましたから、よいではありませんか」


 イグネアが柔らかく笑う。


「そうだよ~! ほんとに、心配したんだからね?」


 オーキィもティエナの背中にぴとっと抱きつく。


「……ありがと、みんな」


 ティエナは静かに笑う。

 胸の奥に広がるあたたかさを噛みしめながら、彼女は仲間たちと共に、次のゲートへと歩みを進めていった。

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