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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第一章 ◇◇
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第46話 おひさしぶりな神様

 ここは――


 鏡が放つ光に目が眩んでいたが、やがて静寂の白に目が慣れてくる。

 ぼんやりとした白の中に、輪郭が浮かんでいく。

 手を握ったり開いたりしてみる。ちゃんと動く。

 背中の矢筒・弓――触って確認。ある。ほっと一息。


「じいちゃんの形見だからね。無くしたら怒られちゃう。ね? ノク?」


 まわりを見渡す――ノクだけじゃない…誰もいない。


(うーんこれは……まいったなぁ…)


 今わたしが立っているのは、すごく天井が高い石造りの宮殿のような場所。天からは白く淡い光が絶え間なく降り注いでいる。

 ここは……ダンジョンとは違う。全く別の空間だ。ずきりと頭が痛む。


 ――わたしは――こ――を――知っ――


 呼吸がみだれる。靄がかかったように思考が霞む。……こんな時は、深呼吸。胸に手を当てて、背筋を伸ばして。


 すー。はー。すー。はー。


 よし、大丈夫。


 見る限り、道は一本道のようだ。奥へ奥へと進む。ただそれだけ。うん、簡単だね!

 でも、こんな時も慎重に。フィンなら罠がないか確認しながら進むよね。


(皆大丈夫かなぁ……)


 うん? でも、はぐれてるのはわたしか。皆心配してるかなぁ。って思うところか。

 自分でふふっとなる。まあ皆ならしっかりしてるし大丈夫だよね。

 わたしも早く帰る方法を見つけなきゃ。


 しばらく歩いていると、大きな――大きな扉が目の前にそびえている。

 わたしの身長の何倍あるんだろう。手を伸ばしてぴょんぴょん飛んでみても半分にも届かない。


 え? これ開けるの? 重そうなんだけどぉ……。 それに鍵! かかってるんじゃない!? フィンに開け方聞いとけばよかったかも……って今さらだよねぇ。


 などと一人で悩んでたら


 ガチャン! ぎぃぃぃーーーー!


 と扉がひとりでに開いていく。すごい。歓迎されてる気しかしない。


 扉の向こうは小部屋になっているようで、白い椅子とテーブルが部屋中央に備え付けられている。テーブルの上には湯気を立てるカップ。紅茶かな? ふわふわそうなパンもカゴに入れておいてある。いいなー。お腹すいてきた気がする。


 そして、その部屋にたたずむ一人の男性。金髪のさらさらロングヘアー。高位の神官が着てそうな大きく緩やかなローブ。

 わたしに気付いたのか、笑顔でこちらに近づいてくる。


「いやー、ついに! ここまで辿り着く者があらわれましたか……! どうぞこちらへ!」


 その男性は何度も会釈をしながら椅子をひいてわたしを待つ。


 腰の低い人だなぁ……。そんなことないはずなのに……ズキン。頭が痛い。


 痛い、痛い、痛い……! 目がチカチカする。

 あぁ、わたしは彼を知っている――

 そうだ、彼は――


 光の神、リュミナ=シエだ。



 一部の天界の記憶と共に彼の事を思い出す。光の神リュミナ=シエ。いつも何かと「モルタリアにはこれが必要だ」などと言って手足を動かす働き者だ。人間たちが住まう地――モルタリアでは光・正義・祝福といった物の象徴として崇められている。


「ようこそ、人類の先進者よ! さぁさ、椅子に座って。おいしいクロワッサンも用意してますよ。あたたかい紅茶もね。お口に合えばいいんですが…」


 そう言いながら、せわしそうにエプロンやひざかけ、ナイフにフォークなども用意してくる。


 あ、いけない。わたし、いま呆れ顔になっちゃってるかも。


「これはいったいなんなの、リュミナ……」


 椅子に腰を掛けながら突き放すように言ってしまった。リュミナも手を止めてきょとんとしてる。


「……お前、ひょっとしてティエル=ナイアか!?」


 あ……気づかれてしまった……。そして、カップを持った手をあまり震わせないで……あっ、ほらもう、こぼれそう。紅茶こぼれるから……。


「ティエルなのか。こんなちんちくりんになってしまって……」


 手を頭に近づけてくるから、はたき落とす。


 そしてリュミナは露骨に態度を変え、斜めに引いた椅子にどかっと座り、テーブルに頬杖をついた。ほらもう……本性がみえるよ。


「なんで、お前が来るんだよ。長年私は人間が来るのを待ってたんだぞ。台無しだよ、台無し」


「そんなこといわれても、わたしだってわかんないよ。だいたいどうやってここに呼んだのさ」


 ぶーぶー。せっかくだし、クロワッサン食べよ。……ん、おいしい。バターの香りがする。ちょっと硬いけど。


「鏡使っただろ? あれはここに来る資格のある者にしか反応しない。わかる? つまり神性が高い者にしか反応しない転移装置なんだよ。神性そのものが使うなよ。それ、ズルじゃないか?」


「うるさいなー。腰の低いさっきの男はどこいったんだよー」


 椅子に座ったまま脛を蹴ってやる。


「やめろ。地味に痛いことをするな! ……お前に気を使っても仕方ないだろう。で、お前もなんで人間なんかやってるんだ」


「……うー、わかんない。気が付いたらこうだった」


「……ほぅ? ひょっとして、記憶欠けてるのか?」


 にやにやしている。ちょっと腹立つなぁ。


「わたしのことは良いの! 今は楽しくやってるんだから」


「ふむ? 楽しくやれてるのか?」


 今度は真剣な顔で考え込む。なんだこいつ。


「わたしが楽しくやってると何か問題でもあるの?」


 リュミナの用意した紅茶を飲もうとカップに触ったが熱すぎた。何があたたかい紅茶だよ。熱湯じゃないか。


「いや、問題はない。私も当事者じゃないからな。憶測で物を言うのはやめておくよ」


「余計気になるじゃん」紅茶の表面をふーふーしながら愚痴っぽく言ってやった。でもリュミナは意に介さず、


「お前が全て思い出せば良いだけだ」とだけ言い、興味無さそうに髪の毛の先端を指にくるくる巻いている。


 簡単に言うけど、それができたら苦労しないんだってば。


「だいたいリュミナはここに人間呼んで何の話するのよ。……ん? あれ? ちょっと待って。じゃあダンジョンの創造者ってリュミナなの?」


「そうだが?」


「そうだが? じゃないよぉ。なんであんな危険な場所作るのよ」


「危険な分、報酬になるものもいろいろ用意してやってるだろう。だいたいな? 天界に滞留するマナ還元の大半を私が引き受けてるんだぞ? お前はのうのうと人間になりおって、神としての仕事はどうした。他の奴らもそうだ。セラル=ディアは風に吹かれてふらふらいなくなるし、ヴァズ=オルグも工房から出てこん! それ以前にノワ=ルーミナは家から出てこん! どうなってるんだ! 役割はどうした役割は!」


 ひとりで激昂して早口でまくし立ててくる。おもわず両耳に指をつっこんでしまう。


「だから、私が、マナをモルタリアに還元ついでに、人の成長と繁栄につながるアイテムを用意してるんだろう」


――あぁ、これは駄目だ。「人類」としてしか「人」の事を見ていない。ひとりひとりに大切な時間が流れている、なんてことに思い寄らないのだろう。


 そして……もしわたしもずっと天界にいたのなら、こんな風に「個の命」のことを考えていなかったのかもしれない。


――いったい、どれだけの人が、あのダンジョンで命を落としたのか。


 その光景が脳裏をよぎった瞬間、ふわりとしたパンの香りが、遠く冷たいものに感じられ、わたしはそっと手にしていたパンを戻した。

 

「……話、おわった? わたしもう帰ってもいい?」


「ちゃんと、話を聞け! だーから神々なんてやつらは嫌なんだ。人の方がよっぽど話を聞いてくれるぞ! たぶん! 会ったことないけど!」


 リュミナは一通り怒鳴った後、大きなため息をつき、手をひらひらと動かす。


「はぁ、もう帰って良いぞ……。ってお前天界に帰らんのか? モルタリアに帰るつもりか?」


「わたしは……みんなの……友達のところに帰るよ。ここにはいられない」


「そうか。……なんか元気なくなったか? そんなにそのパンが気に入らなかったのか?」


「ん~~~、たぶんリュミナには言ってもわかんないよ」


「そうか。じゃあもう帰れ。しっし」


 追い払うように手を振るリュミナ。椅子にふんぞり返ったまま、やる気のない顔で続ける。


「奥の部屋にある転移装置に触れば、鏡のあるフロアに戻れるから」


 ちらりと扉の方を見ると、面倒くさそうに付け足した。


「あぁ、そうだ。五十階層に私からの贈り物を用意してある。有用に使ってくれ」


 もう十分だろう。帰れる方法があるなら長居する必要もない。

 わたしは席から扉に向かってノブを握り、そこで手を止めて別れを告げる。


「……まあもう会うこともないと思うけど、じゃあね」



 ティエナが出ていったあとに一人残されるリュミナ。


(人間ごっこねぇ……記憶が全て戻ったときに、これからもお前は人間と共にありたいと、人のまま生きていたいと思えるのかな……?)


 せっかく用意したのにティエナが手を付けなかったパンを、ひとりでもそもそと食べる。


「……ちょっと硬かったかな。……まあ、どうでもいいか」

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