第46話 おひさしぶりな神様
ここは――
鏡が放つ光に目が眩んでいたが、やがて静寂の白に目が慣れてくる。
ぼんやりとした白の中に、輪郭が浮かんでいく。
手を握ったり開いたりしてみる。ちゃんと動く。
背中の矢筒・弓――触って確認。ある。ほっと一息。
「じいちゃんの形見だからね。無くしたら怒られちゃう。ね? ノク?」
まわりを見渡す――ノクだけじゃない…誰もいない。
(うーんこれは……まいったなぁ…)
今わたしが立っているのは、すごく天井が高い石造りの宮殿のような場所。天からは白く淡い光が絶え間なく降り注いでいる。
ここは……ダンジョンとは違う。全く別の空間だ。ずきりと頭が痛む。
――わたしは――こ――を――知っ――
呼吸がみだれる。靄がかかったように思考が霞む。……こんな時は、深呼吸。胸に手を当てて、背筋を伸ばして。
すー。はー。すー。はー。
よし、大丈夫。
見る限り、道は一本道のようだ。奥へ奥へと進む。ただそれだけ。うん、簡単だね!
でも、こんな時も慎重に。フィンなら罠がないか確認しながら進むよね。
(皆大丈夫かなぁ……)
うん? でも、はぐれてるのはわたしか。皆心配してるかなぁ。って思うところか。
自分でふふっとなる。まあ皆ならしっかりしてるし大丈夫だよね。
わたしも早く帰る方法を見つけなきゃ。
しばらく歩いていると、大きな――大きな扉が目の前にそびえている。
わたしの身長の何倍あるんだろう。手を伸ばしてぴょんぴょん飛んでみても半分にも届かない。
え? これ開けるの? 重そうなんだけどぉ……。 それに鍵! かかってるんじゃない!? フィンに開け方聞いとけばよかったかも……って今さらだよねぇ。
などと一人で悩んでたら
ガチャン! ぎぃぃぃーーーー!
と扉がひとりでに開いていく。すごい。歓迎されてる気しかしない。
扉の向こうは小部屋になっているようで、白い椅子とテーブルが部屋中央に備え付けられている。テーブルの上には湯気を立てるカップ。紅茶かな? ふわふわそうなパンもカゴに入れておいてある。いいなー。お腹すいてきた気がする。
そして、その部屋にたたずむ一人の男性。金髪のさらさらロングヘアー。高位の神官が着てそうな大きく緩やかなローブ。
わたしに気付いたのか、笑顔でこちらに近づいてくる。
「いやー、ついに! ここまで辿り着く者があらわれましたか……! どうぞこちらへ!」
その男性は何度も会釈をしながら椅子をひいてわたしを待つ。
腰の低い人だなぁ……。そんなことないはずなのに……ズキン。頭が痛い。
痛い、痛い、痛い……! 目がチカチカする。
あぁ、わたしは彼を知っている――
そうだ、彼は――
光の神、リュミナ=シエだ。
*
一部の天界の記憶と共に彼の事を思い出す。光の神リュミナ=シエ。いつも何かと「モルタリアにはこれが必要だ」などと言って手足を動かす働き者だ。人間たちが住まう地――モルタリアでは光・正義・祝福といった物の象徴として崇められている。
「ようこそ、人類の先進者よ! さぁさ、椅子に座って。おいしいクロワッサンも用意してますよ。あたたかい紅茶もね。お口に合えばいいんですが…」
そう言いながら、せわしそうにエプロンやひざかけ、ナイフにフォークなども用意してくる。
あ、いけない。わたし、いま呆れ顔になっちゃってるかも。
「これはいったいなんなの、リュミナ……」
椅子に腰を掛けながら突き放すように言ってしまった。リュミナも手を止めてきょとんとしてる。
「……お前、ひょっとしてティエル=ナイアか!?」
あ……気づかれてしまった……。そして、カップを持った手をあまり震わせないで……あっ、ほらもう、こぼれそう。紅茶こぼれるから……。
「ティエルなのか。こんなちんちくりんになってしまって……」
手を頭に近づけてくるから、はたき落とす。
そしてリュミナは露骨に態度を変え、斜めに引いた椅子にどかっと座り、テーブルに頬杖をついた。ほらもう……本性がみえるよ。
「なんで、お前が来るんだよ。長年私は人間が来るのを待ってたんだぞ。台無しだよ、台無し」
「そんなこといわれても、わたしだってわかんないよ。だいたいどうやってここに呼んだのさ」
ぶーぶー。せっかくだし、クロワッサン食べよ。……ん、おいしい。バターの香りがする。ちょっと硬いけど。
「鏡使っただろ? あれはここに来る資格のある者にしか反応しない。わかる? つまり神性が高い者にしか反応しない転移装置なんだよ。神性そのものが使うなよ。それ、ズルじゃないか?」
「うるさいなー。腰の低いさっきの男はどこいったんだよー」
椅子に座ったまま脛を蹴ってやる。
「やめろ。地味に痛いことをするな! ……お前に気を使っても仕方ないだろう。で、お前もなんで人間なんかやってるんだ」
「……うー、わかんない。気が付いたらこうだった」
「……ほぅ? ひょっとして、記憶欠けてるのか?」
にやにやしている。ちょっと腹立つなぁ。
「わたしのことは良いの! 今は楽しくやってるんだから」
「ふむ? 楽しくやれてるのか?」
今度は真剣な顔で考え込む。なんだこいつ。
「わたしが楽しくやってると何か問題でもあるの?」
リュミナの用意した紅茶を飲もうとカップに触ったが熱すぎた。何があたたかい紅茶だよ。熱湯じゃないか。
「いや、問題はない。私も当事者じゃないからな。憶測で物を言うのはやめておくよ」
「余計気になるじゃん」紅茶の表面をふーふーしながら愚痴っぽく言ってやった。でもリュミナは意に介さず、
「お前が全て思い出せば良いだけだ」とだけ言い、興味無さそうに髪の毛の先端を指にくるくる巻いている。
簡単に言うけど、それができたら苦労しないんだってば。
「だいたいリュミナはここに人間呼んで何の話するのよ。……ん? あれ? ちょっと待って。じゃあダンジョンの創造者ってリュミナなの?」
「そうだが?」
「そうだが? じゃないよぉ。なんであんな危険な場所作るのよ」
「危険な分、報酬になるものもいろいろ用意してやってるだろう。だいたいな? 天界に滞留するマナ還元の大半を私が引き受けてるんだぞ? お前はのうのうと人間になりおって、神としての仕事はどうした。他の奴らもそうだ。セラル=ディアは風に吹かれてふらふらいなくなるし、ヴァズ=オルグも工房から出てこん! それ以前にノワ=ルーミナは家から出てこん! どうなってるんだ! 役割はどうした役割は!」
ひとりで激昂して早口でまくし立ててくる。おもわず両耳に指をつっこんでしまう。
「だから、私が、マナをモルタリアに還元ついでに、人の成長と繁栄につながるアイテムを用意してるんだろう」
――あぁ、これは駄目だ。「人類」としてしか「人」の事を見ていない。ひとりひとりに大切な時間が流れている、なんてことに思い寄らないのだろう。
そして……もしわたしもずっと天界にいたのなら、こんな風に「個の命」のことを考えていなかったのかもしれない。
――いったい、どれだけの人が、あのダンジョンで命を落としたのか。
その光景が脳裏をよぎった瞬間、ふわりとしたパンの香りが、遠く冷たいものに感じられ、わたしはそっと手にしていたパンを戻した。
「……話、おわった? わたしもう帰ってもいい?」
「ちゃんと、話を聞け! だーから神々なんてやつらは嫌なんだ。人の方がよっぽど話を聞いてくれるぞ! たぶん! 会ったことないけど!」
リュミナは一通り怒鳴った後、大きなため息をつき、手をひらひらと動かす。
「はぁ、もう帰って良いぞ……。ってお前天界に帰らんのか? モルタリアに帰るつもりか?」
「わたしは……みんなの……友達のところに帰るよ。ここにはいられない」
「そうか。……なんか元気なくなったか? そんなにそのパンが気に入らなかったのか?」
「ん~~~、たぶんリュミナには言ってもわかんないよ」
「そうか。じゃあもう帰れ。しっし」
追い払うように手を振るリュミナ。椅子にふんぞり返ったまま、やる気のない顔で続ける。
「奥の部屋にある転移装置に触れば、鏡のあるフロアに戻れるから」
ちらりと扉の方を見ると、面倒くさそうに付け足した。
「あぁ、そうだ。五十階層に私からの贈り物を用意してある。有用に使ってくれ」
もう十分だろう。帰れる方法があるなら長居する必要もない。
わたしは席から扉に向かってノブを握り、そこで手を止めて別れを告げる。
「……まあもう会うこともないと思うけど、じゃあね」
*
ティエナが出ていったあとに一人残されるリュミナ。
(人間ごっこねぇ……記憶が全て戻ったときに、これからもお前は人間と共にありたいと、人のまま生きていたいと思えるのかな……?)
せっかく用意したのにティエナが手を付けなかったパンを、ひとりでもそもそと食べる。
「……ちょっと硬かったかな。……まあ、どうでもいいか」




