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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第一章 ◇◇
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第44話 彼方へと続く光

 "物言わぬ髑髏"を破壊したことで、この階層を覆っていた深い闇も晴れていくようだった。

 深い闇は去ったが、陽の届かぬダンジョン特有の薄暗さは残っている。それでも《灯光球》の光は、いつものように周囲を照らしていた。


「転移装置があるみたいですわね。ここが四十五階層であるなら……次は新しいセーフレストが待ってるかもしれませんわ」

 イグネアが周囲を見渡しながら言った。


「じゃあ、転移してしまうともうここには戻れんな。まあ、起動確認ぐらいはしておくか」

 レオが装置に近づきながらつぶやき、イグネアも静かに頷く。


 その後ろでは、いつものように騒がしい声が響いていた。


「ああああーもー、ここも辛かったぁぁ! メンタルはヒールできないのよぉ……!」

 オーキィがメイスを放り出し、地面にどさりと座り込む。


「まあ、それでも苦労なりの戦利品がありゃあいいんだが……」

 フィンがため息交じりにあたりを見回す。


「フィン、こっち! ガイコツのいた場所に、宝箱!」

 ティエナが指差した先には、"物言わぬ髑髏"が崩れた跡に、砕けた赤紫の魔晶とひとつの宝箱が残されていた。


「……戦闘で役に立たない分、こういう時は頑張らせてもらいますかねぇ」

 フィンが近づき、罠と鍵の確認にかかる。すぐにそれを解除し、ゆっくりと蓋を開けた。


「……? 鏡か?」

 中に入っていたのは、神聖な装飾が刻まれた曇った鏡だった。


「前に、話す鏡の魔導具の噂とかしてなかったっけ?」

 オーキィが首をかしげながら鏡を覗き込むが、曇った鏡面にはぼんやりと自分の顔が映るだけ。


「もしもーし」

 そう声をかけてみるが、反応はない。


 そのころ、イグネアとレオが戻ってくる。


「困りましたわね。転移装置はありますが、起動しないようですわ」


「四十一階層が封印されてたみたいに、条件満たさないと先に進めんってやつか。めんどくせぇな」

 レオが肩をすくめる。


「こちらでは何か収穫ございました?」


「駄目だな。冴えない鏡がひとつだけだわ。ギミックで使ったりするのかもしれないが」

 そう言って、フィンが鏡をイグネアに手渡す。


「ちょっと拭いてみましょうか」

 イグネアがレオのマントの端を無断で取り上げ、鏡をこすり始める。


「おい、勝手に俺のマントで拭くな」


「灰があればもう少し綺麗になるかとは思いますけど……」

 マントの端を持ったまま、にっこりと微笑む。

「少し灰にしてもよろしいかしら?」


「なんで良いと思ったんだよ!」


「じゃあ、ちょっと水拭きしてみる?」

 ティエナが鏡を受け取った、そのときだった。


「えっ……!?」


 鏡が突如として強い光を放ち、ティエナの全身を包み込む。


「まぶしいっ!」

 フィンが顔をしかめ、オーキィが慌てて目を覆う。


 光が広がり、空間を満たす。

 一瞬の静寂。


 やがて光が収まったとき、そこにティエナの姿はなかった。

 同時に、転移装置に刻まれた文様に青白い光が走る。

 まるで……こちらに来いと言わんばかりだ。


「転移装置が……」

 オーキィが食い入るように見つめる。


 ティエナが居たはずの足元には、鏡だけが転がっていた。


 ノクが鏡に駆け寄り、きょろきょろと周囲を見回す。

 だが、ティエナの姿はどこにもなかった。……鏡の中に、吸い込まれたのか?

「ティエナー! おーい! きこえるー!?」

 ノクは鏡面をぺちぺちと叩く。だが、返ってくるものは何もない。

 しばらくそうしてから、小さくうなだれた。

「……返事してよぉ……」


 フロアを歩き回っていたレオも、転移装置の青白い光に目を留め、腕を組みながら重く頷いた。


「どうすんだよ、お前ら。進まんのか?」

 レオが冷静に問いかけた。


「光の収束と同時に装置が起動した以上……ティエナの転移と無関係とは思えませんわ」

 イグネアが沈んだ声で言う。


「……もし、違ったら?」

 ノクの声は小さく震えていた。


「……でも、ひょっとしたら……ティエナ、ダンジョンの外に戻ったのかも……?」

 わずかな希望にすがるように、ぽつりとつぶやく。


「まあ、どのみち……ここからじゃ、ティエナなら一人でも戻れるだろうが、俺たちは無理だ。ティエナの力があったからこそ、ここまで来られたわけだしな」

 フィンが息を吐きながら言う。


「うん。先に進もう。そしてティエナちゃんを探そう」

 オーキィが立ち上がり、前を見据えた。


 ノクのそばに歩み寄ったイグネアが、鏡を拾い上げる。

 曇った鏡面に、一瞬だけ、自分の姿とティエナの面影が重なったように見えた。

 その像が消えるまで、彼女はほんの数秒、見つめ続けた。

「こちらもお持ちしますわね」

 そう優しく声をかけながら、自分の肩にノクを乗せる。


 そのまま、イグネアが鏡を収納袋へとしまい、転移装置へと歩み出す。


 一行の姿が、淡い光に包まれて消えていく。

 迷いを抱えたまま、それでも足を止めずに――



 その先にあったのは、がらんどうの新しいセーフレストだった。


 岩肌むき出しのその空間は、広大で、どこか冷たい。

 遠くには、次の階層へと続く転移装置と、そこから二十歩ほど離れた位置に帰還用の装置が並んで設置されている。

 だが、それ以外には何もなかった。


 念のため、一行はぐるりと周囲を歩いて確認してみた。

 だが、休憩設備も、物資も、誰かの痕跡も、そしてティエナの気配すらも見つからなかった。


「……なにもないですわね」

 イグネアが静かに周囲を見渡す。その声には、ティエナがいなかった事実への確信がにじんでいた。


「他のセーフレスト知ってると……寂しいね」

 オーキィがメイスを胸に抱きしめる。


 誰もが落ち着きなく歩みを止めない中、フィンが足を止めて皆に問う。

「一応……再確認しておこう。ここから四十六階層へ進むか、それとも」

 フィンが帰還装置を指差す。


「そんな、ティエナちゃん置いて帰れないよ!?」

 目に涙を浮かべながら、オーキィが声を張り上げる。


「だから、確認だっつってんだろ? いいか、ここは明らかに『引き際』だ。ティエナを欠いて、本当に進めるかどうか。それに、もしかしたらティエナは先に街に転移してるかもしれない」

 フィンが腕を組んで言う。


「帰りたいやつは帰ったらいいぜ? もともと俺は一人でも進むつもりだったからな」

 レオが背中の剣の柄に手をやる。


「ティエナが先に『いない』ことを確認するまでは帰れませんわ」

 イグネアが一歩前に出て、きっぱりと断言する。


「ぼくも同じだよ!」

 ノクが肩の上で声を上げる。


「わかってるよ。逃げ出したい奴はこの中にはいねぇってことだろ?」

 フィンが軽く笑いながら肩をすくめる。

「じゃあ、進めるところまで進むしかねぇよな。オレも救ってもらった命だ。返さねぇと」


 皆の思いがひとつになったところで、フィンが一歩前に出る。

 先へ進むための転移装置に手をかけ、その光を浴びる。


 四十六階層へ――ティエナを追って。



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