第41話 還るもの、還らないもの
砂嵐が止み、焼けたような空気が静まりかえる。 荒れ果てた砂地には、戦いの爪痕がいくつも刻まれていた。
サンドワームが消え去った場所には、ひときわ大きな土属性の魔晶が残され、その周囲には、飲み込まれていた装備の残骸が無惨に散らばっている。 そして、崩落とともに姿を消していた“ゲートの構造体”が――
まるで時間を巻き戻したかのように、地面から滑るように姿を現していた。
その異様な光景に、誰からともなく呟きが漏れる。
「……元に戻ってる……?」
常識ではありえない回復現象。再生する地面。そして再び姿を現すゲート。 それは、このダンジョンの“常識外れ”を如実に物語っていた。
*
遠く、土煉瓦を積み上げて作られた、風化の進んだ円筒形の建造物が佇んでいる。 その中心部では、淡く脈打つように“ゲート”が揺らいでいた。
「きっとサンドワームの腹から出てきたんだろうよ」
肩に背負った大剣を下ろしつつ、レオが肩越しに振り返って言う。
「本当に機能しているのかしら……?」
イグネアが、髪を押さえながら慎重に一歩前に出る。その目は、ただの転移装置ではない“異質な何か”を測るように、構造体の中心を見据えていた。
「そっちの確認任せていいか? オレはサンドワームの戦利品確認させてもらうわ」
フィンがそう言って足早に装備品の山へと向かう。
「冒険者の装備品も、けっこうあるわね……」
オーキィが鉄片まじりの鎧をそっと拾い上げ、しんみりとした面持ちで呟く。
「……これだけ“食べられた”ってこと……?」
ノクがティエナの肩で、ぽつりと呟く。
そうだ。この一つ一つには、持ち主がいたはずなのだ。
砂に埋もれかけたそれらは、名前も知らぬ誰かの人生の断片。
ティエナは無言のまま、一つの朽ちた鎧にそっと手を伸ばす。冷えた鉄の感触。
そこに宿る何かを感じ取るように、目を伏せながら静かに権能を行使する。
――《泡涙のさざ波》。
水を媒介として“感情の残滓”を読み取る力。
だが、その瞬間。
(……ひっ……)
胸に流れ込んできたのは、死への強い恐怖。叫びにもならない絶望。
ティエナは思わず手を引き、息を詰めるようにして目を閉じた。
「こんな稼業だ、こいつらも覚悟の上だろうよ」
フィンの声が、砂を踏む足音とともに響く。
その手には、大きく結晶化した魔晶石が握られていた。
「ほらよ、土の魔晶だ。案外綺麗に残っててラッキーだったな。結構な額になりそうだから、収納しておいてくれ」
「……うん」
ティエナはこくりと頷き、小瓶を取り出して《水葬の泡》の権能で泡状に変えた魔晶を収めていく。
「この鎧とか剣とかも、持って帰っていい? きっと探してる人がいると思うんだ」
ティエナは地面にしゃがみ込み、砂を払うようにして破損した武具をひとつひとつ手で拾い集める。
「……これ全部か? 再利用できないモンなんか普通は捨て置くんだが……まあ、収納できるならいいんじゃないか」
「ありがと」
ティエナはそっと微笑み、小さな泡に変えた装備品を一つひとつ、丁寧に瓶の中へと納めていく。
「……待ってる人が居たら……届けられたらいいね」
肩に乗るノクが、小さな手でティエナの頭を優しく撫でた。
*
その後ろで、オーキィがフィンにちょいちょいっと手招きする。
「サンドワーム、宝箱まで飲み込んでたのかな?」
転がっていた鉄製の箱を指差し、オーキィが首を傾げる。
「悪食すぎるだろ……でもまあ、こういうお宝も無いとやってられんよな」
フィンが腰を落とし、罠と鍵の確認を始める。やがて、かちゃりと静かな音とともに蓋が開いた。
「んんん〜〜〜、これは見たことあるな。魔道具ではあるが……」
手に取ったのは、小さな水晶のような装飾品だった。
「ライフクリスタルじゃない」
後ろからオーキィが覗き込み、すぐに判別する。
「なにそれ?」
ティエナが首を傾げる。
「対象が生きてるか亡くなってるかチェックできる魔道具だよ。これに対象者をしっかりイメージして念じると、生きてたら“青”、もう亡くなってれば“赤”になるの」
「どういった時に使うの?」
ノクの問いに、オーキィは両手をがばっと広げて、冗談めかして威嚇のポーズを取る。
「死んだはずの友人が目の前に! そんな時にこのライフクリスタルでチェックすると、赤色だった! じゃあ目の前の友人は幻覚かゾンビなのだー! がおー!」
「ええー? 役に立つのそれー?」
ティエナの疑問に、オーキィは肩をすくめて笑う。
「行方不明の身内の生死判別とかだとまあ使えるかなー? ぐらい」
「それなりに知ってる中じゃないと使えないのが微妙なところだ。すぐ壊れるしな」
フィンも苦笑しつつ補足する。
「これは私が預かってても良い? フィンくんいなくなったら使うから」
そう言うが早いか、オーキィは手の中のライフクリスタルをくるりと回して、自分のポーチにすとんと収めた。
「……お前なぁ……まぁいいや」
まだ何か言いたそうだったが、フィンは口を閉じた。
*
やがてイグネアが戻ってくる。
足取りは軽やかだが、目には慎重さが宿っていた。
「この辺り、随分スッキリしましたわね」
「ティエナが全部持って帰るんだとよ」
フィンが肩をすくめて言うと、イグネアは目を細めて、柔らかく微笑む。
「そうですのね。街に帰ったら、わたくしもご一緒しますわ。その時はカフェにも寄りましょう」
言葉の端に、どこか労いの色がにじむ。
「イグネアさま、私、ギャラリーが併設された落ち着いた雰囲気の良いカフェ知ってるんですよ〜」
オーキィが人差し指を立てながらにこやかに応じると、イグネアは少しだけ肩を傾けて微笑んだ。
「あら。ふふ、じゃあオーキィにご案内いただこうかしらね」
「やったー! 街に戻るのが楽しみだなー」と、ティエナは目を輝かせて笑った。
場が和みかけた、そのとき―― 「おーい、お前らだべってないでさっさと次いくぞ!!」
遠く、ゲートの前からレオの怒鳴り声が響いた。音の反響が、空間の異質さを際立たせる。
イグネアはくすっと笑いながら、小さく息をつく。
「そうでしたわ。“ゲート”の揺らぎ、確認してまいりました。次は……“凍結回廊”で間違いないですわ」
彼女の瞳が、一瞬だけ鋭さを宿す。やがて来る未知の空間に向けて、意志を込めるように。




