第39話 幻の門、砂に消えて
夜の闇を裂いて、遠方の砂が盛り上がった。
静寂の底で、突如、爆ぜるように土煙が舞い――巨大な影がその姿を現す。
砂塵の彼方――その中心に、蠢く巨体。
滑らかに波打つような薄皮の層が、砂を巻き込んでゆるやかに蠢いていた。
フィンが、低く声を放った。
「……来たか。いつでも動けるようにだけしとけ」
その一言で、一気に空気が張り詰める。
全員が物音ひとつ立てず、闇に視線を凝らした。
だがサンドワームは、しばらくその場に身をうねらせたあと、パーティの存在には一切気づくことなく、ゆっくりと反対方向へと姿を消していった。
土煙がやがて静まっていく。
ティエナが弓を下ろし、静かに腰を上げる。
「……もう大丈夫。去っていったみたい」
「はぁ~~~~……よかったぁぁ……」
オーキィがその場にへたり込むように安堵の息をついた。
「このまま消耗戦になるのは避けたいですわね」
イグネアが落ち着いた調子で言う。
「はやく次の“ゲート”見つけちゃお……」
ノクがぼそっと漏らし、誰もがそれにうなずいた。
*
「……よし。軽く飯にして、探索再開するか」
フィンが声をかける。
小休止の支度が始まる。
「よしっ……とっておきのケーキ、食べちゃお……」
ティエナが小瓶の中の水を《水葬の泡》の権能で取り出すと、その中から綺麗に整ったスイーツがふわりと現れた。
「ティエナちゃん、私にも頂戴っ」
「すぐ出すよ、待ってねー」
和やかな空気が、少しだけ広がっていく。
レオは自分のバッグからパンを取り出して、ひとかじり。
――ガリッ。
「……なんか今すごい音したよ。石でも食べてるの……?」
じっと見つめるティエナに気づき、レオはばつが悪そうに顔をしかめた。
「これでも買った時はふわふわのもちもちだったんだよ!」
「だからわたくしの収納袋で預かると申し上げましたのに」
イグネアが自身の収納袋からレーズンの入ったデニッシュを取り出しながら、あきれたようにレオに告げた。
「自分のもんぐらい、自分で管理するからいいんだよっ」そう言い放ちながら再びかじりつく。
「ふふっ……歯が鍛えられそうだね!」
そう笑ったティエナだったが、どこか引っかかるものがあった。
(……やわらかいパンでも硬くなっちゃうんだな。でも…何か気になるなぁ)
その違和感は、胸の奥にひとすじの波紋のように残り、やがて、別の感覚とつながっていく予感を残した。
そんなティエナの思考を遮るように、ノクが声をかけてきた。
「ティエナ~、ぼくはクッキーが欲しいな」「はいはい。ちょっと待ってね~」
短い休息ののち、一行は仮眠を取り、再び出発の刻を迎える。
夜が明け、再び一行は歩き始めた。
*
それからさらに一日が経過した。
荒野の過酷な環境と連日の戦闘は、確実に一行の体力と気力を削っていた。
突風の影から飛来したワイバーンとの空中戦。
岩陰に潜んでいた装甲殻の四足獣との激突。
どちらも強敵だったが、連携と冷静な判断によって、なんとか撃退には成功していた。
だが、戦いのたびに蓄積する疲労と装備の消耗。
それが、じわじわと一行の歩みに影を落としていた。
そして連戦の夜を越え、夜明け前の空には、わずかに赤みが差していた。
その光を浴びながら、仲間たちは無言で装備を整えていた。
オーキィは目元を擦りながら、「あー、眠い……」と小さくつぶやく。 レオは肩を回し、荒野に足跡を残しながら「……もうちょい寝れた気がすんだけどな」と不満げに。 イグネアは誰よりも早く立ち上がっていたが、その額にはかすかな汗がにじんでいた。
ティエナは荷物を背負うと、そっとノクの頭を撫でた。「今日もがんばろっか」 「ぼくはいつでも準備万端だよ」ノクがくるりと宙を一回転する。
それぞれが、確かめるように隣の顔を見る。 まだ歩ける――そう互いに確認するようにして、一行は再び、荒野へと足を踏み出した。
*
風は弱まり、土煙は薄れ、だが疲労は確実に積もっていた。
砂を踏みしめる足も重くなり、無言の時間が増えていく。
そして――
風の合間から、視界がわずかに開けた。
「あれ……」
ティエナが声を上げ、皆が顔を上げる。
遠く、朽ち果てた建造物が見えた。
土煉瓦を円筒状に積み上げたような構造物。
その中心に、確かにゲートが揺らめいている。
「見つけた……!」
「やった……!」
「これで先に進める!」
希望の光が射し込んだ――その瞬間だった。
――地鳴り。
それは、まるで地獄の底から響くような低音だった。
地面が震え、視界が歪む。
構造物の下から、突如として巨大な口が突き上がった。
「え!?」「……はぁ!?」「そんなのありかっ!?」
サンドワームが、構造物ごとゲートを飲み込んだ。
大口の奥に、ゲートが飲み込まれていく最後の瞬間――
まるで、それが幻だったかのように、建物は呑まれ、消えた。
砂塵が舞う中、幻の門を呑み込んだ獣が、悠然とそこに佇んでいた。
まるで、それこそがこの荒野の支配者であるとでも言わんばかりに――
その巨躯は、風と砂の中で、静かにうごめいていた。




