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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第一章 ◇◇
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第38話 荒野の影、揺らぐ静寂

 砂煙の向こうに現れたそれは、まるで山そのものが動き出したかのようだった。

 岩を巻き込みながら隆起した胴体は、ひと抱えどころか、家屋すら包み込むほどの太さ。

 その直径――およそ十五メートル。

 それは、山の塊が意志を持って動き出したかのような異様さだった。


 フィンが目を細め、空を見上げる。

「……あれ、事前情報にあったか……?」


「いやー、聞いてないよねぇ……」

 ノクもか細くつぶやく。


「ちょちょっと、あれ! あれどーするの!?」

 オーキィが慌てて指をさす。


「迂回してこの階層突破するしか……ないですわ……!」

 イグネアの声にも、焦りが滲む。


「やばいやばいやばい! ……こっちに倒れてきてない……!?」

 ティエナが叫ぶ。


「おい! みんな逃げろ! 影を避けるように横に散れ!」

 フィンの指示と同時に、全員が左右に飛び退いた。


 ズドーン、と大地が震える。

 サンドワームが地響きを伴って倒れ込むと、砕けた岩と礫が爆ぜるように四方へと飛散した。


「うおおおおおおおお!!!」

 レオが背中のバスタードソードを抜き放ち、咄嗟に斬撃を叩き込む。

 だが、その一撃は分厚く、異様に弾力のある皮膚に吸収されるように受け流された。

 ゴムのようにしなり、刃がめり込む感触すらない。

「……っ、効いてねぇ!? なんだ、この皮膚……!」


 ティエナも矢を番え、表皮へと射ち込む。

 だが、巨躯はその一撃を意にも介さない。

 イグネアの炎すら、焼き焦がすには至らなかった。


「かまうな! 走れっ!」

 フィンの叫びに、全員が風の中でかろうじてそれを聞き取り、駆け出す。


 サンドワームの動きは緩慢だった。

 だが、その一挙一動が地を揺るがし、荒野の一角を削り取るほどの威力を伴っていた。

 振り返る余裕もなく、一同は風と砂を巻き上げながら逃げ去る。


 やがて、サンドワームは轟音と共に地中へと没し、荒野には再び風の音だけが残された。

 それはまるで、何事もなかったかのように――。



 なんとか岩陰へと身を寄せた一同。


「はぁ……はぁ……ちょっとはダイエットに……なったかな……」

 オーキィが息を切らしながら笑う。


「……わたしは……いま白霧レモネードが…すっごく飲みたい…!」

 ティエナが尻餅をついて嘆息する。


 ひとまず脅威は過ぎた。

 だが、再び現れる可能性がある以上、気は抜けない。


「これは……撤退も視野だな」  フィンが周囲を見渡しながら、慎重に言う。 「この風と地形じゃ、何かあっても援護もできねぇ」


「いや、さっさと進行するしかねぇ」  レオが短く言い返し、剣の柄に手を置く。


「……進行した先に、またあれがいたら?」

 フィンが警戒の色を滲ませる。


「いたら叩く。それだけだ」

 レオの目には、迷いはない。


「撤退といっても……帰るための“ゲート”は、あのサンドワームのテリトリーですわ」

 イグネアが悩ましげに眉をひそめた。


 そのとき、空気が揺らいだ。

 風に紛れて届いたのは、かすかな羽音。


「議論してるところ悪いんだけど、みんな……」

 ノクが空を指さす。


 ギャアギャアと、不穏な鳴き声が降ってくる。


「よかったな、お前ら。今度は“事前情報通り”の魔物だぞ」

 レオがバスタードソードを再び構える。


 空を旋回するのは、四体のワイバーンだった。


「一息もつけませんのね……」

 イグネアがレイピアを構え、オーキィもメイスを手に取る。


 刹那、ティエナの矢が一閃し、一体の翼を射抜いた。

 突風が舞い、視界がにわかに白く霞むが、ティエナの矢はその中でもぶれなかった。

 バランスを失ったワイバーンが地へと叩き落とされる。


 その動きが、反撃の合図となった。


 一体が急降下し、イグネアに爪を振り下ろす。

 だが、その瞬間、オーキィのメイスが横から叩き込み、進路を逸らさせた。


 風が矢の軌道をわずかに逸らす。それでも、ティエナの矢は正確だった。

 砂が目に入りそうになるのを片目を細めてこらえながら、フィンは低く走った。


 レオが駆け出し、墜落した一体にとどめを刺す。

 イグネアの火球が二体目を撃ち落とし、ティエナが確実に三体目の飛行能力を奪う。


 ほどなくして、四体すべての飛行は阻まれ、地上戦へと移行。

 一同の連携により、ワイバーンたちは短時間で殲滅された。



 イグネアがレイピアの刀身を軽くしならせ、クロスでひと拭きしてから鞘へと納める。「やはり対策できていると楽ですわね」


 転がった魔銀のかけらを拾い上げながら、フィンが低く唸る。「撤退が無理なら……いったん“ゲート”探しに集中するしかねぇか」


 オーキィが風に髪をなびかせながら、霞む荒野を見渡す。「とはいっても……この土煙と風の中じゃ、大変そうね……視界も最悪だし」


 レオは剣を背に戻し、足元を確かめるように一歩踏み出す。「ゲートが地中……なんてことだけは勘弁してくれよな……?」


「風が収まるまで待った方が安全じゃないかしら?」 オーキィが提案するが、ティエナがすぐに首を横に振った。


「……でも、このままじっとしてたら、また何か来るかも」 言葉に、ほんのわずかな不安が混じる。


「なら、探しながら進むしかないですわね」 イグネアがため息交じりに応じる。


 一同は風を避けられる岩陰を探しつつ、荒野の中を慎重に進み始めた。


 地面には無数の風紋が走り、吹きつける砂が皮膚を刺す。遠くの影は歪み、空も地も、熱の揺らぎのようにぼやけていた。



 しばらくして、さんざん探し回った一行の表情には、疲労の色が濃く刻まれていた。

 イグネアは足を軽く引きずり、ティエナの肩はわずかに震えている。


「……さすがに休憩、必要よね」 オーキィが腰に手を当てて周囲を見渡す。


 レオが岩の陰を指差す。「……ここ掘って風よけ作れりゃ、多少マシにはなんだろ」


 そう言って、土魔法で軽く地面を掘りかける。だが――


「待て。……サンドワームがまた現れたら、崩れて生き埋めだ。無理はできねぇ」 フィンが静かに首を振る。


「それもそうだな……」 レオが再び魔法で土をならしながら、しぶしぶ立ち上がる。


 結局、一行は風よけが効く岩場を選び、二人ずつ交代で仮眠、残りは周囲を警戒する体制に落ち着いた。


 岩肌に背を預けると、わずかに暖を感じた。風の音は耳元をかすめ、砂の擦れる音がひっきりなしに響いてくる。

薄明かりの下、疲労の色が全員の顔に滲んでいた。


 焚き火も満足に焚けない中、ティエナがくしゃみを一つこぼす。「……んぅ、やっぱり夜は寒いね……」


 ぶるっと肩をすくめると、ティエナは毛布を取り出し身を小さく丸めてくるまる。


 レオはそばのノクに視線を向け、無言で自分のマントを肩に掛けてやる。


 ノクは一瞬きょとんとし、やがて静かに、嬉しそうにそのマントを引き寄せた。


 眠る者、見張る者、それぞれが薄暗い岩陰でじっと時間をやり過ごす。 砂が頬に当たるたび、現実に引き戻されるようだった。



 ――そして、夜半。風がわずかに収まり、砂のざらつく音すら遠のいたようだった。


「そろそろ交代の時間かしら」 オーキィがそう言いかけた、その瞬間だった。


 静けさを破るように、大地の奥底から、くぐもったような“地鳴り”が響いた。


 岩がかすかに震え、オーキィの肩がぴくりと動く。 ティエナが顔を上げた。



「……また来た……?」


 その声に、警戒を続けていたフィンとレオも、静かに立ち上がる。


 夜の風に乗って、砂とともに、背筋を撫でるような嫌な気配がじわりと近づいてくるようだった。

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