表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第一章 ◇◇
42/153

第36話 ダンジョンは語らない

 新たにレオを仲間に迎えた一行は、アンダーで簡単な補給を済ませると、ダンジョン管理局から紅鷹の翼用だった補給物資を受け取り、迷わず次の階層へと進んだ。



 これまでの30階層までは、自然に近い岩場の迷宮が続いていた。だが、31階層に足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。


 土に埋もれかけた石畳、神殿の柱のようなものが崩れ落ちて斜めに突き刺さっている壁面。人の手を思わせる構造が、静かに“意図”を滲ませていた。


 それだけではない。

 この階層からは、魔鉄を核とする魔物の頻度が明らかに増していた。

 通常の武器では歯が立ちにくく、防御も強固。油断すれば、命取りになりかねない相手だ。


 だが、今のパーティには新たな戦力がいる。


 曲がり角の陰から、のそりと姿を現したのは魔鉄の魔物――アイアンゴーレム。

 その巨体が軋む音と共に動き出すよりも早く、先頭を行くレオが腰のロングソードを抜き放つ。


「悪いな、この一撃で決めてやるぜ!――地を裂き、震動をぶちまけろッ!《クエイクエッジ!!》」


 叫びとともに踏み込んだレオの足元から、魔力が震えるように走る。

 床を伝って地を揺らし、ゴーレムの動きがわずかに鈍ったその一瞬――。


 レオの剣が、正確無比な軌道を描いて振り抜かれる。

 石と鉄の混じる巨体の胸元に、鋭い一閃。


 魔核が砕ける音が、乾いた響きを残して辺りに広がった。

 アイアンゴーレムはその場に崩れ落ち、地面に沈んでいく。


「……おおっ!」

 ティエナが目を見開いて声を上げる。躍動する戦いの熱に、胸を高鳴らせながらレオの背中を見つめていた。


「レオってば……必殺技を叫ぶタイプですのねぇ?」


 イグネアがくすっと笑い、手の甲を唇に添えて横目で彼を見やる。


「ばっかやろう、詠唱だろうが! お前だって魔法使うとき詠唱するだろ!」


 顔を赤くしながらレオが反論する。


「イグネアさま、イキイキしてますよねぇ~」


 オーキィが呆れ半分、微笑ましさ半分でぼやく。


「なんだかんだ、仲いいなあんたら……」


 フィンのぼやきに、瞬時にふたりの声が重なった。


「仲よくねぇ!」

「ですわ!」


 言い切ったあと、一拍。

 ぴたっと揃った声に、一同が吹き出す。オーキィが肩を震わせて笑っていた。


 笑いの余韻が残るなか、フィンが前方の床を指差す。


「そこ、罠ありそうだから気をつけてくれ」


 言うが早いか、フィンはすっと膝をつき、手元の工具を取り出して床に触れる。石板のわずかな隙間を探るように慎重に確認し、何かを確信したように頷いた。


 カチリ、と金属音。仕掛けを見抜いたフィンが、手早く罠の機構を外していく。


 やがて静かに罠が解除されたのを見届けて、立ち上がる。


「よし、これで安全だ」


「ぶっ壊した方が早えぇけどな」


 レオが軽口を返すが、フィンは真顔だ。


「それで罠が作動して天井ごと崩れたらどうすんだよ。進路が塞がれるぞ」


「……なるほどな。そんなケースもあるか」


 レオが剣を肩に担ぎ、唸るように頷いた。


「それでよくやってこれたな……運が良かったんだな、あんた」


 そう続けたフィンの声は、少し呆れ混じり。 それを聞いて、オーキィがまた小さく笑った。


「…おい、オーキィ。今のは俺の運が悪い話はしてないからな?」


 そのとき、奥の通路からティエナが走って戻ってくる。


「こっちに宝箱あったよ!」


「おお、それは腕の見せ所だな。行くぞ」


 ティエナの肩で、ノクがぱたぱたと羽を動かしている。宝箱に興味津々のようだった。



 フィンが慎重に細工を外し、カチリと鍵を開ける。


「よし、開いたぞ」


 中には、淡く刀身が光る一振りのナイフ。


「おお、当たりかもしれんな」


「おおおー! ナイフだ! 使ってみてもいい?」


 ティエナが目を輝かせ、身を乗り出す。


「ギルドで鑑定してもらってからの方がいい。変なエンチャントがかかってたら危ないからな」


「そっかー、残念」

 ティエナは肩を落とし、ナイフに未練たっぷりの視線を送る。


「万が一変な魔道具だったとしても、結構な下取り価格になるから、とりあえず収納袋にしまっておいて?」


 オーキィがすっと手を差し出す。ティエナは元気よくうなずくと、水の泡を操ってそれを包んだ。

 泡はふわりとナイフを包み込み、小瓶の中へと吸い込まれていく。


 再び歩き出した一行の足音が、静かな回廊に吸い込まれていく。

 ノクの作り出す《灯光球》の淡い光が、壁に揺れる影をつくり出していた。


「でもさ……なんでダンジョン内に宝箱なんてあるの?」


 その疑問に、場がふっと静まった。


「このダンジョンを造ったやつに聞いてくれよ。……ダンジョンに“来てほしい”とかじゃないのか?」


 フィンが気だるげに肩をすくめて言う。


「来てほしいのに、魔物も罠もあるの?」


「うーん……でも魔核って生活にも役立つし、誰かが意図的に魔物を配置してるとしたら……やっぱり、なにか考えがあるのかもねぇ」


 オーキィがゆるく首を傾げる。


「悪趣味なやり方ですわ」


 イグネアが小さく吐き捨てる。


「古代の人の考えることはわかんないですよねー」


 オーキィの言葉に、ティエナは「ふーん……」と唸った。



 順調に探索を進めた一行は、一週間ほどかけて四十階層にたどり着く。 その最奥にある扉の前で、ふと足を止める。


 重々しい沈黙が、そこだけ空間の質を変えているかのようだった。

 石でできた巨大な扉には、幾何学模様のような刻印が彫られている。

 風はないのに、冷気が扉の隙間から微かに流れ出していた。


 この先に、ゲートがある――誰も口にはしないが、全員がそう感じ取っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ