第36話 ダンジョンは語らない
新たにレオを仲間に迎えた一行は、アンダーで簡単な補給を済ませると、ダンジョン管理局から紅鷹の翼用だった補給物資を受け取り、迷わず次の階層へと進んだ。
*
これまでの30階層までは、自然に近い岩場の迷宮が続いていた。だが、31階層に足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。
土に埋もれかけた石畳、神殿の柱のようなものが崩れ落ちて斜めに突き刺さっている壁面。人の手を思わせる構造が、静かに“意図”を滲ませていた。
それだけではない。
この階層からは、魔鉄を核とする魔物の頻度が明らかに増していた。
通常の武器では歯が立ちにくく、防御も強固。油断すれば、命取りになりかねない相手だ。
だが、今のパーティには新たな戦力がいる。
曲がり角の陰から、のそりと姿を現したのは魔鉄の魔物――アイアンゴーレム。
その巨体が軋む音と共に動き出すよりも早く、先頭を行くレオが腰のロングソードを抜き放つ。
「悪いな、この一撃で決めてやるぜ!――地を裂き、震動をぶちまけろッ!《クエイクエッジ!!》」
叫びとともに踏み込んだレオの足元から、魔力が震えるように走る。
床を伝って地を揺らし、ゴーレムの動きがわずかに鈍ったその一瞬――。
レオの剣が、正確無比な軌道を描いて振り抜かれる。
石と鉄の混じる巨体の胸元に、鋭い一閃。
魔核が砕ける音が、乾いた響きを残して辺りに広がった。
アイアンゴーレムはその場に崩れ落ち、地面に沈んでいく。
「……おおっ!」
ティエナが目を見開いて声を上げる。躍動する戦いの熱に、胸を高鳴らせながらレオの背中を見つめていた。
「レオってば……必殺技を叫ぶタイプですのねぇ?」
イグネアがくすっと笑い、手の甲を唇に添えて横目で彼を見やる。
「ばっかやろう、詠唱だろうが! お前だって魔法使うとき詠唱するだろ!」
顔を赤くしながらレオが反論する。
「イグネアさま、イキイキしてますよねぇ~」
オーキィが呆れ半分、微笑ましさ半分でぼやく。
「なんだかんだ、仲いいなあんたら……」
フィンのぼやきに、瞬時にふたりの声が重なった。
「仲よくねぇ!」
「ですわ!」
言い切ったあと、一拍。
ぴたっと揃った声に、一同が吹き出す。オーキィが肩を震わせて笑っていた。
笑いの余韻が残るなか、フィンが前方の床を指差す。
「そこ、罠ありそうだから気をつけてくれ」
言うが早いか、フィンはすっと膝をつき、手元の工具を取り出して床に触れる。石板のわずかな隙間を探るように慎重に確認し、何かを確信したように頷いた。
カチリ、と金属音。仕掛けを見抜いたフィンが、手早く罠の機構を外していく。
やがて静かに罠が解除されたのを見届けて、立ち上がる。
「よし、これで安全だ」
「ぶっ壊した方が早えぇけどな」
レオが軽口を返すが、フィンは真顔だ。
「それで罠が作動して天井ごと崩れたらどうすんだよ。進路が塞がれるぞ」
「……なるほどな。そんなケースもあるか」
レオが剣を肩に担ぎ、唸るように頷いた。
「それでよくやってこれたな……運が良かったんだな、あんた」
そう続けたフィンの声は、少し呆れ混じり。 それを聞いて、オーキィがまた小さく笑った。
「…おい、オーキィ。今のは俺の運が悪い話はしてないからな?」
そのとき、奥の通路からティエナが走って戻ってくる。
「こっちに宝箱あったよ!」
「おお、それは腕の見せ所だな。行くぞ」
ティエナの肩で、ノクがぱたぱたと羽を動かしている。宝箱に興味津々のようだった。
*
フィンが慎重に細工を外し、カチリと鍵を開ける。
「よし、開いたぞ」
中には、淡く刀身が光る一振りのナイフ。
「おお、当たりかもしれんな」
「おおおー! ナイフだ! 使ってみてもいい?」
ティエナが目を輝かせ、身を乗り出す。
「ギルドで鑑定してもらってからの方がいい。変なエンチャントがかかってたら危ないからな」
「そっかー、残念」
ティエナは肩を落とし、ナイフに未練たっぷりの視線を送る。
「万が一変な魔道具だったとしても、結構な下取り価格になるから、とりあえず収納袋にしまっておいて?」
オーキィがすっと手を差し出す。ティエナは元気よくうなずくと、水の泡を操ってそれを包んだ。
泡はふわりとナイフを包み込み、小瓶の中へと吸い込まれていく。
再び歩き出した一行の足音が、静かな回廊に吸い込まれていく。
ノクの作り出す《灯光球》の淡い光が、壁に揺れる影をつくり出していた。
「でもさ……なんでダンジョン内に宝箱なんてあるの?」
その疑問に、場がふっと静まった。
「このダンジョンを造ったやつに聞いてくれよ。……ダンジョンに“来てほしい”とかじゃないのか?」
フィンが気だるげに肩をすくめて言う。
「来てほしいのに、魔物も罠もあるの?」
「うーん……でも魔核って生活にも役立つし、誰かが意図的に魔物を配置してるとしたら……やっぱり、なにか考えがあるのかもねぇ」
オーキィがゆるく首を傾げる。
「悪趣味なやり方ですわ」
イグネアが小さく吐き捨てる。
「古代の人の考えることはわかんないですよねー」
オーキィの言葉に、ティエナは「ふーん……」と唸った。
*
順調に探索を進めた一行は、一週間ほどかけて四十階層にたどり着く。 その最奥にある扉の前で、ふと足を止める。
重々しい沈黙が、そこだけ空間の質を変えているかのようだった。
石でできた巨大な扉には、幾何学模様のような刻印が彫られている。
風はないのに、冷気が扉の隙間から微かに流れ出していた。
この先に、ゲートがある――誰も口にはしないが、全員がそう感じ取っていた。




