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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第一章 ◇◇
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第30話 日常のかけらと、旅の続き

 誰かの手が、そっと額に触れている。

 温かく、かすかに震えていた。

 まぶたの奥が、うっすらと明るい。


 フィンは、ゆっくりと目を開けた。


「……ここは……天界、じゃなさそうだな」

 掠れた声で呟きながら、薄暗い天井を見上げる。

「どうやら冥界に来ちまったみたいだ……時化た暗がりの洞窟と、鬱陶しい不安そうな顔ぶればかりじゃねえか」


 視界に、涙で目元を腫らしたティエナ。口元を引き結ぶイグネア。

 そして、目尻に赤みを帯びながらも笑みを崩さないオーキィの顔があった。


「撤退しろって、言ったよな……全滅する恐れだってあった。……でも」


 一度、言葉を切り、フィンはゆっくりと目を閉じる。

 次に開いたとき、そこには、照れ隠しにも似た安堵が滲んでいた。


「……ありがとうな。助かったよ」



「……んっ、ひゃっ……くっそ冷た……!」


 フィンの肩口を押さえながら、オーキィが回復魔法をかける。

 革鎧は大きく裂け、中のシャツごと血が滲んでいた。


「あーーー革鎧、買い直さねぇとなぁ……」


「次は鉄製にする?」


「スカウトが機動力殺してどうすんだよ」


 そんな軽口の応酬を聞きながら、ティエナは安堵の息を漏らす。

 ――もう、大丈夫だ。


 周囲に注意を向ける。敵の気配はない。

 洞窟の冷気はまだ残っているが、異常な結界のような感覚はもう感じられなかった。


 ふと視線を落とすと、地面に砕けた《魔晶》の欠片が落ちていた。


 淡く光るその破片を拾い上げ、ティエナはそっと小さく微笑んだ。

 青白くきらめく断面には、かすかにマナの流れが残っている。


「この、青くキラキラしたのが……魔晶の魔核かな?」


 問いかけると、すぐそばからイグネアの落ち着いた声が返ってきた。


「恐らくそうでしょうけど……派手に破損してますわねぇ」


 そこに、ノクがひょいっと顔をのぞかせた。


「全力で壊しにいってたもんね! 珍しくかっこよかったよ!」


「ありがと。……へへへ」


 頬をかきながら笑ったティエナだったが、ふと眉を寄せた。


「ん? 珍しく?」


「ふふっ」


 イグネアは笑いをこらえながら、魔核の残骸に視線を落とした。


「だいぶマナが流れ出てしまってるようですけど……使い道はあるかもしれませんし、持っていきましょうか」



 フィンは肩を押さえながら、ひとつ大きく息をついた。

 だが、その横では――


「さぁて、もう一回いくよぉ~? 今度は深部までじんわり癒していくからねぇ~?」


 にこにこと笑いながら魔力を溜めるオーキィがいた。


「おい、オーキィ! もういいって!」


「ええー? まだまだ安静にしてないとダメだよ!」


「いや、さっきまでの殊勝な顔つきじゃねえんだよ! その顔、興奮してんだろ! ってことはもう大丈夫だろ!」


「もっともっとヒールさせてよぉ~」


 笑顔の裏に隠しきれない喜びがにじむ。

 完全に“いつものオーキィ”だった。


「……元気そうで、何よりですわね」


 イグネアが呆れたように肩をすくめた。


 その直後、フィンはバタバタと立ち上がり、戦闘中に放り出した荷物を回収しはじめる。


「おい、お前ら、もう行くぞ!」


「え〜、もっと治療したかったのに〜」


 名残惜しそうなオーキィの声を背に、パーティはふたたび歩みを進める。



 長く張りつめていた空気が、少しずつ緩んでいく。

 洞窟の中には、まだ霜のような冷気が残っていたが、それも次第に薄らいでいった。


「やっと"アンダー"かー。ねーねー? 前のセーフレストみたいに、出店とかいっぱいあるのかなー?」


 前を歩くティエナが、期待に胸を膨らませながら振り返る。


「うーん、出店は無いかなぁ? 三十階層まで来れる実力がまず必要だから、冒険者の数もぐっと減るのよね。だからセーフレストの方が賑やかなのよねぇ」


「ええ~!? そうなのー?」


 ティエナが抗議するように声を上げる。


「ぼくは保護魔法かけっぱなしで疲れたんだけどー……」


 ノクがふわふわと飛びながら、ぐったりと翼を垂らす。


「……宿屋はある~?」


 息も絶え絶えに本音が漏れる。


「一応あるぜ?……あんまりオススメはしねぇがな。セーフレストより数段貧相で、値段は十倍ぐらいするしな」


「……これは野宿かなぁー?」


 ノクがぼやくように言いながら、ぐったりと肩を落とす。


(お代を出すのは構いませんけど……パーティとしては一緒に野宿ですわよね……)


 イグネアは静かに覚悟を決めたように微笑んだ。


「アンダーはセーフレストではあるけど、前と違って静かな場所なんだ。ぽつんと小屋があるくらいで、飯屋なんてまず見かけなかったな」


 フィンの言葉に、ティエナが不満そうに眉をひそめる。


「馬小屋みたいな高級宿でも使わない限り、常に薄暗くて、焚き火の明かりがちらほら見えるだけの広場で野宿って感じでな」


 オーキィも思い出すように続ける。


「商売人も、ここまで来るのは相当な強欲さんだけだから気をつけないとねぇ。魔核の買い取り業者を選ぶときは、よーく相手を見てからにしないと、足元を見られて買いたたかれちゃうし……」


「運搬の手間を考えりゃ仕方ないが、道具屋の値段も平気で地上の十倍とか吹っかけてくるからな」


 ノクがうんざりしたように顔をしかめた。


「――ただ、最近は四十一階層の影響で、少しずつ人も増えてきてるらしい。……今なら、前とは違う空気かもな」


 フィンがぽつりと呟いた。


 *


 話しながら歩いているうちに、洞窟の空気がかすかに変わった。

 前方に、ぼんやりと淡い光が浮かんでいる。――転移装置だ。


「……あれが、《アンダー》への転移装置……」 

 ティエナが足を止め、仲間たちと顔を見合わせた。

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