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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第一章 ◇◇
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第27話 凍てつく迷宮、突破口を求めて

 視界の先、霧の向こうに氷晶の影があった。  いくつもの鏡のような盾がその周囲を巡り、静かに、しかし確実にこちらを見据えている。  簡単には崩せない、と感じさせる存在感にティエナは唇を引き結んだ。


「なんなの、あいつ……」


 その呟きに応えるように、すぐ近くから声が返る。

 フィンだった。彼の目が、霧の切れ間から敵を見据えている。


「やっとわかった。こいつは……“クラックフリーズ”!」


 その声には、驚きと焦り、そしてわずかな震えがにじんでいた。


「魔晶クラスの魔物。……四十層でも普通は出会わん。

 エルデンバルの記録にも、断片的にしか載ってない未知種だ」


「魔晶って……魔鉄とか魔銀より、もっと上のランクだよね!? そんなのが、なんでここに……?」

 ティエナの胸がざわめく。


「知らねぇよ。……くそっ、マジでどうなってんだ……」


 その時、イグネアが静かに問いかける。  「倒し方の糸口などはございますの?」


「……知らん! 情報がなさすぎる……っ!」


 そんな叫びが交錯する中、再び放たれた氷の矢は、まるで咲き乱れる氷の花弁のようだった。

 鋭い軌道で全方位を薙ぎ払う無数の矢が、霧の中を切り裂いていく。


「っ、く――!」


 ティエナは瞬時に身を沈めた。床の冷気に足裏を取られかけながらも、反射的に横へ跳ねる。氷に覆われつつある地面を蹴っての跳躍――氷矢を紙一重でかわしたその身は、まるで風のように滑らかだった。


 着地と同時に、足を取られて尻もちをつきかける。だがそこで立ち止まるわけにはいかない。ティエナは即座に体勢を立て直し、背中の矢筒に手を伸ばした。


 視界の先には、白いもやに包まれた氷晶の影――クラックフリーズ。かすかに見えるその輪郭には、依然として幾枚もの鏡の盾が浮かんでいた。


 またやっかいなのが、この場の気温だ。

 クラックフリーズの出現以降、空気そのものが冷えはじめている。周囲の床が凍りつくたび、じわじわと寒さが肌を刺すように増していく。


「……寒……っ」


 声が震えた。矢をつがえようとする指が、かすかに強ばっている。冷気が肌に食い込むような感覚に、ティエナは無意識に歯を食いしばった。


 もやの上空を滑空する小さな白竜が、か細く鳴く。ティエナの目がそちらに向いた。

 ノクが一回転しながらふわりと輝き、小さく声をあげた。


「体温を保護する魔法、かけたよ!」


 次の瞬間、ノクの身体から淡い光がふわりと広がる。

 その光は、冷え切った肌をやわらかく包み込むようだった。芯から凍えるような寒さが、ほんの少しだけ和らいでいく。


「ノク、助かりますわ!」

「ノクくん、器用だねー!ありがとう!」

「良い判断だ、ノク!」


 それぞれの声が、霧の向こうから静かに響いた。ノクは軽く鳴くと、もう一度旋回して仲間たちにその光を行き渡らせる。


 ティエナは唇をかみしめ、再び矢をつがえた。指先の感覚が戻ってきた。まだ動ける。


 足元の氷に気をつけながら、素早く弓を引き、霧の向こうへ放つ。  音を裂いて飛んだ矢が、鏡面の一枚にかすり、「ガィン!」という金属音を立てた。 (欠けた? ……ちゃんと当たった)


 その手応えに、彼女は一歩前へ踏み出す。

 諦めるのではなく、抗うために。


 直後、霧の奥でクラックフリーズの輪郭が動いた。

 次の瞬間、氷の弾丸が数発、唸りを上げて放たれる。


「来ますわ、皆さま気をつけて――!」


 氷弾は狙いを定めたものではなく、足元や側面を埋めるように撃ち込まれてくる。

 命中させるよりも、前に出る隙を潰すような配置。

 それらが地面に着弾するたび、床は凍てつき、足場はさらに滑りやすくなっていった。


 ティエナはすかさず転がってかわし、イグネアも霧の切れ間を読んで回避する。

 フィンは低く伏せ、氷弾が頭上をかすめるのをやり過ごした。


 クラックフリーズは、着実にこちらの動きを制限している。

 静かに、だが確実に追い詰めるような戦い方だった。


「盾が……面倒だな」  霧の向こうから、フィンの声が届いた。お互いの位置はなんとか把握できるが、視界も足場も悪く、連携が難しい距離感だった。


 イグネアは視線を霧に向けながら、詠唱を始めた。

 本体を狙って放った火球が、盾の一枚に吸い寄せられるように割り込まれ、空中で逸らされて霧散する。すぐに、熱で生じた水蒸気が霧と混ざり、視界をさらに濁らせた。


「盾が……自動で本体を守っているようですわね。魔法は通らない……」  小さく息を吐いて、次の構えに移る。


 今度は明確に狙いを逸らし、本体ではなく壁際へ向けて火球を撃つ。

 炎は鏡盾に干渉されることなくそのまま着弾し、氷の壁をジュウ、と音を立てて溶かしていく。


(全てを防いでいるわけではない。盾が反応するのは、本体を狙ったときだけ――)


 イグネアは目を細める。すぐには答えは出ないが、小さな観察結果を心に留めておく。


 フィンは霧の濃さに目を細めながら、ティエナに声をかけた。  「ティエナ、さっきの感触どうだった?」  「うん……盾には当たったけど…。でも、本体を狙うには盾が邪魔だね」


 ティエナは矢筒から素早く次の矢を引き抜き、構え直す。

 霧の中、かすかに動いた何かに向けて――彼女はすぐに放たなかった。

 一歩、踏み込む。もう一度角度を変え、気配を探る。


(……さっきの矢、確かにかすって――鏡の表面が、欠けた)

 魔法は逸らされていた。だが、自分の矢は“通じた”。それを思い返し、彼女は目の奥に熱を灯す。


(だったら……)


(やっかいなのは、あの鏡の盾……! なら、まずは――)


(あの盾の“芯”を、射抜く!)


 決意とともに、ティエナは再び弓を引き絞る。

 空気の揺らぎの先――盾の縁ではなく、中心部。わずかに煌めく一点を狙い、息を殺して放つ。


 音を裂いて飛んだ矢が、鏡面の中心を貫いた。

「パキィン!」と甲高い音とともに、鏡の一枚が砕け、霧に砕片が舞う。


「……よし、今ので一枚割れたか?」


 フィンが身を乗り出し、オーキィが一瞬、手を止めて息を呑む。


 だが――。


 砕けた鏡の断片が、静かに空中で粒子へと変わる。周囲の冷気を吸い寄せるように、淡い光がその軌道を辿り、空間に同じ形を描いていく。まるで時間が巻き戻るかのように――凍気の力を逆流させるかのように。


「えっ……戻った?」


 オーキィが呟いた。すぐに霧の奥に、かすかに再び整った盾の姿が現れる。


「……壊したのに、再生した?」


 冷気がさらに濃くなっていく。氷の床が白く染まり、再び地を這うもやが広がっていく。


 イグネアは静かに呟いた。

「自動再生……かもしれませんわね。ですが――」


 言い切るには、まだ材料が足りない。

 何かがおかしい。だが、それが何かは、まだ見えていない。


 ティエナは歯を食いしばり、再び弓を構える。

 通じた、のは確か。だけど、この敵はそれすら“帳消し”にしてくる。


(……でも、今のは無駄じゃなかった。絶対に)


 矢を射る指に、迷いはなかった。

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