第18話 あたたかな灯りの下で
その後も、進行は順調だった。
ティエナの矢は正確に急所を射抜き、イグネアの炎は数で攻めてくる魔物を一掃する。出現した敵は、抵抗らしい抵抗もないまま、次々と砂のように崩れていった。
わずかに擦り傷を負う場面もあったが、オーキィの癒しの光が触れるより早く差し込まれ、痛みが現れる前に傷は消えていた。
「次っ!」
ティエナが軽やかに矢をつがえ、視線だけで敵の動きを探る。
「損耗ゼロ。悪くないね」
ノクが宙をふわふわ漂いながら、記録紙を広げたフィンの肩越しに地図を覗き込み、小さく呟いた。
そのとき、フィンがふと立ち止まった。
「……罠だな」
石畳の一角、他とわずかに違う並び。
フィンはしゃがみこみ、石と石の隙間を指でなぞると、小さく頷いた。
「落とし穴。蓋の戻りが甘いな。……罠の作動テストでもされてたのか、それとも設計ミスか」
ティエナが後ろから覗き込み、じっと観察しながらつぶやく。
「……そういうふうに見れば、わかるんだね」
「色と歪み、それから気配だな」
フィンは立ち上がり、軽く石板を叩いて確認する。
「でもまあ、教えてわかるもんでもない。自分の目で見て、踏んで、覚えるしかねぇ」
ティエナは唇をきゅっと引き結び、意識を集中させるようにして足元を見つめた。
*
進行を続けた一行は、比較的安全そうな広間にたどり着いた。
ティエナは先に進み出て、矢の先で床を軽く突いたり、天井や壁の構造を確かめるように見上げたりしていた。
その様子を、少し後ろからフィンが目で追う。
「……ほぅ」
思わず漏れた声は、驚きというより納得に近いものだった。狩人としての素養はもちろん、場を読む判断力と慎重さ。スカウト目線でも、充分すぎるほどの資質を感じさせる行動だった。
「……ここ、今夜の寝場所にどうかな?」
壁際には倒壊した柱の残骸、床には崩れたタイルの一部。だが天井は高く、視界も開けている。
ティエナが広間の様子を見回しながら提案すると、フィンが一歩前に出て周囲を確認し、頷いた。「ああ、悪くないな」
荷を下ろし、手早く火の準備を進める。
ノクがふわりと浮かびながら、そっと呟く。
「光魔法、今日は節約しておくね。火、つけとこう」
イグネアがすっと手をかざし、魔法の火花をひとつ弾かせた。パチパチと火が弾け、赤々とした光が周囲を照らす。
しばらくして、柔らかな火の明かりと、ほんのりと漂う焦げた木の匂いが空間を満たしていった。
火の近くに集まりながら、フィンが改めて全体を見回す。
「見張りは交代制。順番はあとで決めるとして……ノクも、今日はちゃんと休めよ」
「うん。今のうちに、羽の手入れしておくよ」
ノクは火に当たりながら、満足げに羽ばたいた。
冒険者たちの夜は、静かに、そして慎重に始まろうとしていた。
*
火を囲み、それぞれが持参した食料を取り出す。
イグネアは収納袋から銀の折りたたみ皿と、つややかな小型のテーブルを展開し、整然とした携帯食をお行儀よく並べていた。温かい蒸気が立ちのぼり、ハーブの香りがほのかに広がる。
ティエナはというと、紙袋のひとつを開けて中からクッキーやらキャンディやら、甘いものを次々と取り出し、ポリポリとつまんでいた。
「んー、このスミレの砂糖漬け、おいし〜」
そのとき、イグネアの方からふわりと立ち上る香りに気づいて、ティエナがぱっと顔を向ける。
「イグネアのごはん、なんかすごく美味しそうな匂いがするー! ねえねえ、これと交換しよ? クッキー三枚、そっちの一口と!」
「ふふ、交渉成立ですわ。それでは、こちらもゆっくり味わわせていただきますわね」
イグネアは優雅に笑い、ティエナからクッキーを受け取った。
「わーい! いただきまーすっ」
ティエナはうきうきと口に運びながら、ほわんとした表情で微笑んだ。
その様子を見ながら、オーキィも微笑んで自身の食事を整え、乾燥パンを割り、小さなジャム瓶の蓋を丁寧に開けてフィンの皿へそっと添える。
「フィンくん、これも一緒に食べると美味しいよ」
火の明かりが、仲間の横顔をやさしく照らしていた。
フィンは小さく頷きながら、ありがとな、と呟いた。
そのあと、懐から取り出した小袋を少し探って、乾燥フルーツの一片を取り出す。
「糖分もいるしな……ほら、これも食え」
素っ気ない口調でジャーキーと一緒に差し出せば、オーキィが嬉しそうに微笑んだ。
ティエナはその後も、あっちにお菓子を渡し、こっちに「これもおいしいよ!」と勧め、あっという間に焚き火の周りの中心になっていた。
オーキィはクッキーをつまみながら「あまっ」と笑い、ノクも羽を休めながら「……ぼくは、もうちょっと甘さ控えめのほうが好きかな」とぼやく。
フィンも気づけばその輪に巻き込まれ、ティエナからスミレの砂糖漬けをひとつ押し込まれるように渡されていた。
「……緊張感ねぇなぁ」
そうこぼしながらも、焚き火越しに見た仲間たちの笑顔に、ふと口元がゆるむ。
……まあ、たまには、こういうのも悪くねぇか。
*
食事が一段落すると、ティエナがひときわ得意げな顔で立ち上がる。
「事前準備、バッチリしてきたよ!」
その声と同時に、こそこそとポーチの小瓶を取り出す。収納袋に見せかけたそれから、泡のような光がふわりと弾け――紙袋、布団、枕、ランタンが次々と出現。文庫本とお菓子に囲まれたその姿は、旅人というより、小さな居住者のようだった。
イグネアが、やや目を見張って口を開く。
「まあ……これはまた、ずいぶんと整った準備ですわね……」
オーキィも思わず感嘆の声を漏らす。
「わあ、いいなあ。そっち、あとでちょっとだけお布団借りてもいい?」
「いいよ〜。あ、でも枕はひとつだからじゃんけんね?」
ティエナは満面の笑みで返す。
フィンは、呆れを通り越した顔で眉をひそめた。
「……お前、なにをしに来たんだよ……」
「ホント。止めたんだけど……“睡眠の質は日中の活動に影響する”って押し切られて……」
ノクが羽をすぼめながら肩をすくめる。
そして、布団に潜り込もうとするティエナの姿を見て、再び思い出すように小さくため息をついた。
そのまま布団に潜り込み、お菓子の袋を抱えたまま、ティエナは幸せそうな寝顔を見せた。
微かな寝息が、焚き火の音に溶け込んでいく。




