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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第一章 ◇◇
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第17話 石を拾う夜

 エルデンバルの二重城壁内。その最奥、一般人の立ち入りが厳しく制限された転移装置管理区域には、重厚な石壁に囲まれた広場が広がっていた。


 その中央には、淡い魔光をたたえる文様の刻まれた石の台座。周囲にはすでにいくつかのパーティが、順番を待ちながら静かに身支度を整えている。


 この台座――それは、冒険者を“孤立した空間”へと送り出す装置だった。

 転移と同時に、パーティごとに異なる構造世界へ分断され、他の誰とも交差することはない。

 入口へ戻る手段はある。けれど、その空間には二度と入れない。

 すべてが一度きり。地図も道順も残らない。

 この迷宮では、進むことも、退くことも、準備がすべてだった。


 緊張の空気の中、ティエナたちもひときわ目立つ装備で現れる。


 フィンが一歩前に出て、台座の魔文を一瞥し、振り返る。


「全員、最終確認だ。装備、水、明かり──忘れもんはねぇな? 今回は最初の安定階層<セーフレスト>への到着が目的だ。焦らず行こう」


 セーフレスト──それは、ダンジョンの十五階層ごとに設けられた安全拠点。

 補給や休息、そして帰還のための転移装置が設置された、わずかな安息地のひとつだった。


 無駄のない言葉に、全員が小さくうなずいた。


 オーキィがひとつ頷いて、静かに一歩前に出る。

「転移先で散らばらないように、皆さん、順番にまとまって乗りましょう」


 ノクがその肩のあたりまでふわりと浮かぶが、口を開きかけて、ちょっとだけ首をかしげた。

「ダンジョンの転移って、ぼくは初めてだから……フィン、何か気をつけた方がある?」


 その言葉に、フィンがわずかに頷く。

「転移自体はまとまって行われる。だが着地の瞬間、足場が不安定だったり、体勢が崩れたりすることもある。気を抜くなよ」


 その後を追って、ティエナ、イグネア、オーキィ、そしてフィンが順に台座に乗る。


 魔文が淡く脈動を始めた。

 次の瞬間、光が彼らを包み込み、意識はそのままに──彼らの姿は、台座の上から静かにかき消えていった。



 光が消え、感覚が変わった。


 立っているのか浮いているのかもわからないほどの、完全な無音と無光の世界。

 足元の感触すら曖昧な中、ティエナたちは慎重に姿勢を整え、無言のまま呼吸を揃える。


 次の瞬間、詠唱と共にふわりと淡い光が広がった。


「光、つけたよ」


 ノクの声と共に、魔力で灯された常灯型の光源が周囲を照らす。宙に浮かぶようなその光は、一定の明るさを保ちながら広がり、仲間の姿を照らした。


「偉いぞ、ノク。でも全員、自前の明かりはいつでも点けられるようにしておけ」


 フィンがそう言いながら周囲を確認する。誰もが頷き、腰や荷袋からランタンの位置をさぐる仕草を見せる。


 まだ空間の広さは分からない。どこまでが床で、どこからが壁なのか。天井はあるのか、空気は動いているのか。


「ここから先は“シンキングタイム”だ。慌てて動くな」


 その一言に導かれるように、パーティは静かに動き始めた。


 フィンが記録紙を広げ、ノクが浮かびながらその手元を照らす。二人で距離を測りながら、進行方向を確定していく。

 足音は最小限。靴底がわずかに石をこする音が、広い空間にぼんやりと反響する。


「風……ないね」


 ぽつりと漏らしたのはティエナだった。


 無風。空気の淀み。

 その一言が、ここが本当に“地上ではない場所”であることを、誰よりも先に感じ取った証だった。



 慎重な足取りで、フィンを先頭に進む一行。

 彼は壁際を歩きながら、記録紙を手に罠や段差の有無を確認していく。

 ダンジョンの構造はまだ見通せないが、こうした基本行動が命を守るのだと、彼は誰よりもよく知っていた。


 空気はなお重く、風の気配もない。

 不意に、ノクの光が微かに揺れた。

 何かが動いた──その瞬間、ティエナの表情が変わった。


「……何かいる」


 低く短くつぶやき、ティエナが背中の弓を滑らかに引き抜く。

 光の端に映った、石のような皮膚と赤い眼光。

 ――ダストウルフ。


 矢が放たれた。

 ピシュッ、ピシュッ、ピシュッ。

 音だけが闇に走る。連射された三本の矢は、着弾を確認するより早く放たれていた。

 ──それぞれの矢が、一体ずつの急所を正確に射抜いていた。


 ティエナはすでに弓を背に戻し、ナイフを抜いて駆け出していた。

 軽やかな足音。跳ねるような軌道。

 群れの脇を回り込むと、最後の一体の背後に滑り込み、ナイフを首筋に迷いなく突き刺す。


 魔物が崩れる。砂のように。


 その間、わずか一呼吸。

 気づけば、群れの全てが沈黙していた。

 光の中に、微かに煌めく魔石だけが残されていた。


 炎の魔力を指に集めていたイグネアが、ふっと口元をゆるめ、手を下ろす。

彼女にとっては、もはや驚くことでもない。けれど──やはり見事だった。


「……はや」


 オーキィが思わず口元に手を添えながら、ぽつりと漏らす。


 ノクは少し離れた位置から、ティエナの動きを目で追っていた。

「おぉ……来たね。ティエナの狩人スイッチ。こりゃ、ぼくの出番ないなぁ」


 そのぼやきに、フィンが肩をすくめて笑った。


「……これは、マジで楽ができそうだな」



「フィン先生に教えてもらった通りだね。急所、ちゃんと見えた」

「先生はやめろ」


 ティエナは地面に転がった石のようなものを拾い上げ、首をかしげた。

「これが魔核?」


 ノクが答えるように口を開く。 「うん、魔物を倒すと残る“核”だよ。……見るのは初めてだけど、なんか想像より地味だね」


 オーキィがそっと微笑みながら補足する。

「こうして残る“石”の魔核――つまり魔石は、すぐ魔力が抜けちゃうし壊れやすいの。寿命の短い魔力電池、ってところかしら」


 イグネアがそれを手に取り、興味深そうに眺めながら言った。

「わたくし初めて見ますが……普通の石とあまり大差ありませんのね」


 フィンが魔石を拾い上げ、淡く光るそれを見せる。

「この辺の雑魚どもだとこんなもんだ。先に進めば、もっと魔力量も鉱石の価値も上がっていくぜ」


「これ、価値あるの?」


「魔"石"だと…あまり価値はないな。銅貨にして1〜3枚ってとこだ」


 ティエナが魔石を手に持ったまま、ちょっと真剣な顔で考え込む。


 オーキィがそっとその様子を見守るように微笑んだ。


「でもね、太陽の陽が届かないセーフレストじゃ、これが街灯の燃料として使われてるの。だから、安くても買い取ってくれる場所があるんだよ」


 フィンが肩をすくめながら、拾った魔石をひとつ見つめる。

「重いし、かさばるし、価値も低い。普通は“石”ランクの魔核なんて拾わずに捨て置くのが当たり前だが……今回はセーフレストまでのアタックだから、特別に拾っていくぞ」


「実際そうやって日銭を稼ぐ“石拾い”って呼ばれる冒険者もいる。……俺も、昔はこれで食いつないでたな」


 ふと視線を向ければ、オーキィがそっと優しい目で彼を見ていた。


 ティエナは手のひらの魔石を見つめた。

 小さな光。けれど、何かを照らしてくれる。

 ……きっと、これでも誰かの役に立つ。そんな気がした。

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