表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第一章 ◇◇
21/146

第16話 冒険前夜、荷物は各々

 講義が終わった。


 室内に残ったのは、六時間ぶっ通しで詰め込まれた“命に関わる知識”の余熱と、全身に疲労をまとった冒険者たちの、ぐったりとした沈黙だった。


 そんな中で、椅子の背にもたれ肘をかけながら、フィンがふっと笑う。


「……というわけで、これがダンジョン三原則だ。心に刻んだな? ──よし、それじゃあ復唱!」


 間髪入れず、ティエナが背筋を伸ばす。


「えっと……! 一、明かりを絶やすな! 二、引き際を誤るな! 三、事前準備を怠るなっ……!」


 言い終えたそのまま、ぐらりと身体を前に傾け、机に突っ伏す。


「ありがとうございました~、フィンせんせぇ~……」


 フィンは片眉を上げてため息を吐く。


「やめろ、フィンでいい。このパーティに序列はねぇ! な? それでいいんだろ、お嬢様?」


「すみません、イグネアさま。フィンくんには、あとでちゃんと──言い聞かせておきますので」


 椅子を挟んで座っていたオーキィが、ぽすぽすぽすぽすと軽快にフィンの肩を連打する。


「い、いたたたたっ! ちょ、やめろオーキィ! 折れるって、肩、ほんとに折れるって!」


「ふふっ、ヒールチャンスだねぇ?」


 楽しげな声に、イグネアがわずかに目を細める。


「わざわざ試さなくて結構ですのよ? それで構いませんわ」


「……そうかよ」


 肩をすくめて、フィンはにやりと笑う。


「ま、オレの持ってるダンジョン知識は全部出した。苦労したんだぜ?」


 そして、ちらりとティエナたちの顔を一瞥したあと、紹介状を確認しながら、ぽつりと続けた。


「でもここからは、オレを楽にしてくれるって聞いてるからな。──紹介状には、そう書いてあったぜ?」


 その言葉に、イグネアが小さく笑う。


「ふふ。楽しみにおいでなさいな」


 軽やかな笑いと共に、冒険前夜の静かな緩急がそこにあった。


「じゃあ、いまからさっそく──“事前準備”、だね」


 ふわりと浮いたノクが、当たり前のように告げた。


「……へぇ。わかってんじゃねぇか、小っこいの」


 フィンが笑いながら肩をすくめ、そして皆も立ち上がる。


 *


 そして、翌日——約束の時間。ギルド前――。


 その場に、ひときわ目立つ三つの姿が並んでいた。


 身の丈はあろうかというザックを、オーキィは軽々と背負っていた。

 ザックの色は修道服と調和する深い藍色で、上部にはきっちりと寝具が括りつけられている。片手には、長尺の鉄製メイス。その装飾の一部は神聖文字で縁取られ、彼女の清楚な外見と相まって、どこか神域の使徒のような気配すらあった。


 その隣、フィンは身を預けるように片肩でリュックを背負っていた。

 物資を極限までコンパクトに詰め、不要な重みを徹底して排したその荷物は、明らかに実戦経験と計算の産物だった。肩ベルトは一本のみ。戦闘時にすぐ外して捨てられるように、独自に調整された仕様だ。


 そして、ふたりの目の前――。


 スラリと立つ姿勢は、貴族のたしなみ。

 艶やかな赤きドレスアーマーは、戦場でも気品を失わぬための“貴族の美”。

 腰には金の刺繍が施された白革のポーチが一つ、品よく揺れていた。


 イグネア・フレアローズである。


「……なんでお前はそんな軽装なんだよ……!」


 フィンのぼやきに、イグネアは涼しげな笑みで即答した。


「収納袋ですわ」


 その瞬間、フィンの顔がぐにゃりと崩れる。


「っ……くそ……ズルい……!」


 今にも泣き出しそうな顔で唇をかみしめる彼を見て、オーキィがこっそりと目を伏せた。


「……お気の毒に」


 と、そのとき。


「ごめん、まったー?」


 明るい声とともに、遅れてやってきたものがいる。


 たたずむ姿は、紙袋の樹海。

 肩から、腕から、背中から──垂れ下がる包みの数々。

 抱えきれぬのは荷物か、あるいは煩悩か。

 狩人の面影は霧の彼方、そこに立つは欲望と衝動の申し子。

 今ここに現れしは──浪費の化身、ティエナである。


「…………」

 フィンは真顔になった。


「……止めたんだけどね」

 ノクがふよふよと現れ、申し訳なさそうに呟く。


「お前は……お前はこれからどこへ行くつもりだ!!!」


 そして、ティエナがのんきに返す。


「ちょっとまってね……水葬……じゃなくて収納袋にしまってくるから!」


「お前も持ってんのかよ! ……泣くぞ、しまいにゃあ!!」


 *


 その後、申請のため一行はギルドの奥――ダンジョン管理局の受付カウンターへ向かっていた。


 管理局ではすでに数組のパーティが順番待ちをしており、制服姿の職員たちが手早く対応を進めている。石造りの広間の奥、吹き抜けの天井からは柔らかな光が差し込み、冒険者たちの緊張と高揚が静かに満ちていた。


「申請書、こちらにご記入ください。構成員は6名以下……はい、問題ありません。ダンジョン内部での指揮系統、代表名義は?」


「代表は私で構いませんわ」


 イグネアが応じ、ティエナとフィンも頷いた。


 その後ろ、オーキィが書類を見ながらにこにこと笑う。


「……この瞬間がいちばん、わくわくするんだよねぇ」


 そして、手続きが完了する頃――


 広間の上階吹き抜けに立った、管理局の上官らしき人物が前へ出た。

 その姿は黒の礼服に金の房飾りをまとい、見るからに高官の風格を漂わせている。


「第三陣、出撃希望者に告ぐ!」


 場内に響いた重々しい声に、冒険者たちがいっせいに顔を上げた。


「君たちが向かう先は、未踏の地。地図なき深層、常識の通じぬ異構造。

 だがその先には、未知なる価値が待っている!」


 熱のこもった演説が続く中――


 フィンがぼそっと呟いた。「……聞いてる?」


 ノクがくるりと空中で一回転しながら答える。「聞いてはいるけど、なんだか“お決まり”っぽいね」


 フィンが肩をすくめる。「ま、景気づけってやつか……」


 ティエナはきらきらした目で演説を見つめたまま、こっそりと呟いた。「未知なる価値……! うわあ、なんか燃えてきた……!」


 その横で、オーキィが小声で囁く。「……まだ何も始まってないのに、よく燃えるよねぇ」

 ティエナの横顔を見ながら、ふと微笑む。


 イグネアは一礼のように小さく頷いたきり、最後まで無言で演説を見届けていた。


 演説は続いていたが、それぞれの思惑と鼓動が、静かに、しかし確かに高まりつつあった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ