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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第一章 ◇◇
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第14話 ようこそ、二重城塞都市へ

 スタトを出発して、すでに二週間。

 バイセの商隊に護衛として同行した旅も、いよいよ終わりが近い。


 この数日、大きな戦闘はなく、遠くの森影に魔物の気配を感じる程度だった。

 ティエナがコレンシカを狩り、ノクが香草を見つけ、イグネアが火を灯す――三人は、穏やかな旅の中で、少しずつ息を合わせていた。


 その夜、森の外れに張った野営地で。


 イグネアが静かに指を振ると、小さな魔法の火がぱちりと灯った。

 ティエナは串に刺したコレンシカの肉を火にかざし、じゅうっと音を立てながら焼き始める。


 香ばしい匂いが立ち上り、ノクが鼻をひくひくさせながら空中をくるくると舞った。


「わあ、いい匂い……やるじゃん、狩人」


「へへっ、でしょ?」


 ティエナが火を見つめながら、ぽつりと呟く。


「火魔法って、やっぱり便利だね〜」


 それを聞いたイグネアが、にこりと微笑んで返す。

「ふふ。ティエナほどではありませんわ」


 そう言って、イグネアはそっと腰を下ろした。


 *


 そして――朝。


 一行は野営を終え、森を抜けて丘の上へと差しかかっていた。


 ノクがふと鼻先を空へ向けて鳴く。

「ティエナ、あれ……」


 顔を上げた瞬間、ティエナの視界にそれは飛び込んできた。


「……あっ!」


 丘を越えた先、朝の陽光を浴びて輝く巨大な構造物。

 まるで山のように、灰色の壁が地平を断ち切っていた。


「わ、わぁっ……見て見て! あれ、すごいよ! 壁が……どーん! あれってほんとに街の壁!? 中にお城が入っちゃうくらい大きいよ!?」


 はしゃぎながら駆け出すティエナを見て、ノクがふわりと笑う。


「ふふ……あれがエルデンバル。通称、“二重城塞都市”さ」


 城ではないが、その外壁はまるで城のように堅牢で、さらに内側にはもう一重、ダンジョンを封じるための壁が築かれている。

 堅固な造りの壁が二重に巡らされているその姿から、人々はこの街を“二重城塞都市”と呼ぶようになったのだ。


「本で読んだだけだけどね」とノクが照れくさそうに続ける。


 イグネアがその隣から補足を加える。

「内壁の中は自然区画になっていて、湖や森もございますの。その中央に、ダンジョンの入口が設けられているのです」


「外とダンジョン、両方の脅威に備える構造だってことね」

 ノクが補足し、ティエナが感嘆の息を漏らす。


「へぇぇ〜……中に森があるなんて……不思議な街だね」


 ティエナの目はきらきらと輝いていた。


 *


 馬車は、巨大な門の前へと進んでいった。

 道の両脇には石造りの防壁が伸び、門には王国の紋章が刻まれている。

 その横には、魔力探知用の水晶装置が据えられ、兵士たちが交替で警戒に立っていた。


「ギルド発行の護衛証明書、お持ちでしょうか?」


「はい。こちらですわ」


 イグネアが涼やかに書類を差し出すと、門番は手慣れた手つきで目を通し、水晶に軽く触れる。淡い光が瞬き、門番が頷いた。


「確認いたしました。フレアローズ様、護衛の皆さまも異常なし。通行、許可いたします」


 ごとん、と低い音とともに遮断棒が持ち上がる。

 馬車が前へと進み、石畳をごとごとと進んでいく。


「――ようこそ! エルデンバルへ!」


 門番のひとりが、にこやかな声でそう告げた。


 ティエナの目に、頭上のアーチが映る。

 陽光がその隙間から差し込み、馬車の内部までまばゆく照らした。


 空気が変わった気がした。

 目に見えない膜を越えたような、ほんの一瞬の静寂。心の中が、すん、と澄み渡る。


(ここが……)

(ここからが、わたしの冒険なんだ……!)


 胸の奥で、何かがぽん、と弾けた。


 エルデンバル。

 ダンジョン都市。

 幾多の冒険者が夢を見て挑み、ある者は戻り、ある者は還らなかった場所。

 その入口を、ティエナたちはいま、確かに越えたのだった。


 *


 門を抜けた先は、まるで別世界だった。


 左右に広がる石畳の大通り。色とりどりの幌を掲げた屋台が並び、人々の笑い声が風に乗って流れていく。

 香ばしいパンの匂いが鼻をくすぐり、焼き果実の甘い香りと混ざり合う。


 道端では手品を披露する業師の布が宙を舞い、楽士の奏でる笛と太鼓が軽やかに響いていた。


 馬車の中から顔を出したティエナは、目をまんまるにして左右を見回す。

「な、なにここ……! すごい! 見て、ノク、あれっ!」


「うんうん、活気あふれるってこういうことだねぇ」

 ノクも浮かびながら、屋台のスイーツに目を奪われている。


 街全体が生きているようで、どこかで誰かが笑い、どこかで誰かが語り合っていた。


 やがて馬車が停まり、バイセが振り返る。


「皆さま、本当にありがとうございました。おかげで無事に到着できました」


 封筒を二つ差し出しながら、穏やかに続ける。

「報酬と、心ばかりの追加手当です。また機会があれば……そのときはぜひ、また護衛をお願いしたいです」


「こちらこそ、お世話になりました」

 イグネアが上品に一礼し、ティエナもぱっと笑って頭を下げた。


「また会えるといいなっ!」


 バイセは「ふふ、きっと」と言って馬車を降りていく。


 ティエナは少し名残惜しそうに見送ったあと、改めて街の喧騒へと目を向けた。

 明るい通り、焼き菓子の香り、人の声。


「……わたし、絶対この街好きになるっ!」


 その一言に、イグネアとノクがふっと笑った。


 *


「では、ギルドに向かいますわね」


 イグネアの一言を合図に、二人と一匹は街の通りを歩き始める。

 進む先は、内壁と接続されたギルドのある区画。


 だが、その道中には誘惑があふれていた。


「あっ……この帽子、可愛い……!」

「ちょっとだけ……って、わ、こっちのも……」

「この焼き菓子……いい匂いっ……! ノク、これ食べようね!」


「え、いや、ぼくは……って、買ってる!? 買ってるの!?」


 角をひとつ曲がるたびに、ティエナの荷物は一つ、また一つと増えていく。


「……ティエナ」


 イグネアがため息まじりに言う。

「さすがに、買いすぎですわ!」


「えっ!? そ、そうかな……?」


 ティエナが自分の手荷物を見下ろす。両手に六、脇に二、背中に一。

「……あれ、こんなに?」


「それ、持ってるんじゃなくて積み上がってるだけだよ」

 ノクが呆れたように空中でひと回りする。


「うぅ……じゃあ、ちょっとだけ……しまうね」


 ティエナが路地裏に逸れて、指先をかざす。

 水の泡がぽわんと浮かび、荷物を次々に吸い込んでいく。


「《水葬の泡》」


 布袋、紙包み、焼き菓子、瓶詰めの色水――すべてがやさしく包まれ、最後にひとつの小瓶の中に収まって、静かに沈んだ。


「……食べてないよ? しまっただけだからね?」

「その言い方、余計に怪しいってば」


 ようやく軽くなった腕をぶんぶん振りながら、ティエナは晴れやかな顔で言った。

「よーしっ! じゃ、ギルドに行こっ!」


 *


 街の中央通りを抜け、街並みが落ち着き始めた頃。

 露店は減り、代わりに武装した冒険者たちの姿が増えていた。


「……なんか、周りが急に強そうになってきたね」


「このあたりは、ギルドの管理区域ですから」


 そして――


「……あっ、あれ……!」


 ティエナが指差した先にあったのは、石造りの巨大な建物。

 「エルデンバル冒険者ギルド」と「ダンジョン管理局」の紋章が掲げられたその建物は、まるで砦のようだった。


「でっか……」


「王都のギルドより大きいって噂だよ」

 ノクが浮かびながら説明する。


「ここには、冒険者も研究者も管理官も集まりますの。ギルドとダンジョン管理局は建物を共有していて、奥が内壁管理区域へつながっています」


「つまり、ここを通らなきゃダンジョンには行けないってことか……」


 ティエナは思わず背筋を伸ばした。


 イグネアが懐から封筒を取り出す。

「紹介状……こちらですわね」


「スカウト、フィン・スレイン。ヒーラー、オーキィ・アルセリナ……」


 名前を読み上げるティエナの横で、イグネアが一瞬だけ目を伏せた。


 そのまま、二人と一匹はギルドの扉へと向かっていった――

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