第13話 「お昼、どうしよっか?」
冒険者ギルドの掲示板に、ティエナたち三人が並んで立っていた。
無言で見つめる先にあるのは、《挑戦者募集 ダンジョン第41層以降、調査任務》の張り紙。
ティエナは目を細め、じっと張り紙を見つめる。
(……これ、レオさんが言ってたやつかな)
イグネアは唇に指を添え、わずかに考え込んだ表情を見せる。
(……レオは、無事にやっているのかしらね)
ノクは腕を組んで見上げながら、ため息まじりに目を細めた。
(エルデンバルに行くとしても、ダンジョンは……さすがに危険だよねぇ)
そんな空気のなか、どっしりとした声が背後から響く。
「よお、お前ら。最近よく一緒にいるな」
振り向いた先にいたのは、ギルド長のドルグ。腕を組み、いつもの風格で立っていた。
「ええ。パーティを組みましたので」
イグネアは凛とした口調で言い切った。
「そうか、パーティか。そりゃ一緒に行動するわな! はっは……パーティ!? イグネア、お前がか!?」
「何か、問題でもございまして?」
少しだけ頬を染めたイグネアの返しに、ドルグは手をひらひらと振って笑った。
「いやいや、構わん。めでたいな。そうか、パーティか……」
そう呟いたあとで、ふいに真面目な声色に戻る。
「だったらお前ら、ひとつ引き受けてくれんか?」
ドルグは掲示板に歩み寄り、依頼書の一枚をピッと外す。
「ダンジョン新階層……興味、あるだろぉ?」
にたりと笑いながら、その紙を差し出した。
「向こうのギルドからな、“戦力集めてくれ”って頼まれてんだよ。命知らずの馬鹿は多いが、なにせ新しい階層だ。挑戦者はいくらでも欲しいらしくてな」
ティエナたちは無言で顔を見合わせる。
そこに立っているだけで、誰もが少しずつ心を動かされていた。
ノクがぼそりと呟く。
「……でも、ダンジョンに挑むには戦力がちょっと心もとないかもね」
それにイグネアも頷く。
「前衛、後衛、回復……人数も構成も不足していますわね」
ドルグは腕を組み直し、しばし考え込んだ末に言った。
「……ちょっと待ってろ」
そう言って、カウンターの奥へと歩いていき、一枚の用紙とペンを取り出す。
手慣れた筆致でさらさらと何かを書き記し、封をする。
戻ってきたドルグは、それをティエナに手渡した。
「紹介状だ。向こうに腕の立つスカウトとヒーラーがいる。今なら空いてると思うからよ。よかったら、会ってみるといい」
イグネアが紹介状の宛名を見て、ふと呟く。
「スカウト、フィン・スレイン。ヒーラー、オーキィ・アルセリナ……」
彼女の目元がほんのわずかに揺れたが、すぐに視線を戻した。
そのとき、別の張り紙がティエナの目に留まる。
「……この依頼、ちょうどエルデンバル行きだ」
指さしたのは、《商隊護衛依頼:スタト→エルデンバル》の張り紙。
「旅費も出るし、行き先も合ってるなら、ちょうどいいかもね」
ノクが言い、イグネアも頷く。
背後から再びドルグの声が飛ぶ。
「お、それに目ぇつけたか。ちょうどいいじゃねえか。エルデンバルに一緒に行くだけで報酬が出るんだぞ? 最高じゃねぇか!」
「じゃあ、これ受けようか」
三人はギルドカウンターへと足を向けた。
カウンターの奥から現れたクラリスが、落ち着いた笑みで迎える。
「護衛依頼の受注ですね。《スタト→エルデンバル商隊護衛》、はい、空いてますよ。バイセさんの商隊ですね」
クラリスは手早く書類を整え、ティエナとイグネアに申請用紙を順に渡す。
「集合は明日の早朝、街門前です。馬車は二台。出発は日の出と同時を予定しているそうです」
「了解しました」
イグネアが静かに頷き、ティエナも署名を終える。
ノクはふよふよと浮かびながら、それを上から見ていた。
「正式に受注が完了しました。……お気をつけて」
クラリスの笑みに、ティエナもぺこりと頭を下げる。
「じゃあ、今日は準備して、明日には出発だね」
「うん、弓の整備しなきゃ」
「わたくしは荷物の整理をしておきますわ」
三人はそれぞれの支度を胸に、ギルドをあとにするのだった。
*
そして翌朝――。
街門前には、すでに馬車二台が並んでいた。
荷台には荷物が積み込まれ、数人の従業員らしき男たちが準備を整えている。
「……あれが商隊?」
ティエナがひとり呟いたところで、ひときわ姿勢の整った中年男性が歩み寄ってきた。
「これはこれは。護衛を引き受けてくださった皆さまですね」
男は深々と頭を下げる。
「わたくし、シュトルム商隊代表のバイセと申します。まさか、フレアローズ家のご令嬢にこのような護衛任務をお受けいただけるとは……」
「今回は、個人として参加しておりますの。お気遣いなく」
イグネアが落ち着いた口調で応じると、バイセは「これは失礼」と小さく笑った。
「本日はよろしくお願いいたします。馬車は二台、行程はおおよそ二週間。途中に野営を重ねますが、道中は比較的安定しております。魔物や盗賊にはご注意を」
「了解です」
ティエナが真剣な表情で頷き、ノクは空中でふよふよと浮かびながら、馬車の周囲を見回していた。
*
昼下がり、街道は穏やかな陽射しに包まれていた。
ティエナはふと立ち止まり、風の匂いを嗅ぐように目を細める。
そして、どこか別人のようにきびきびと歩き出した。
「……なんか来てる」
「え? 敵? 魔物?」
ノクが慌てて反応する。
ティエナはすでに弓を構え、道の端の石に片足をかけて狙いを定めていた。
「ツノイノシシ。こっちに突っ込んでくる」
言葉の直後、風を裂いて矢が放たれ、茂みの向こうで「ドスンッ」と鈍い音が響いた。
数秒の静寂の後、ティエナは弓を戻してにこっと笑う。
「……仕留めた。拾ってきてもいい?」
その速さに、護衛のひとりは口を押さえ、呆然と立ち尽くしていた。
*
ツノイノシシを馬車に積んで野営地に到着。
薪を組み終えたティエナに、イグネアがそっと歩み寄る。
「火をつけるのでしたら、お任せを」
詠唱をひとつ。魔力がふわりと集まり、小さな炎が薪の端に灯った。
「おおーっ」
ティエナの素直な感嘆に、イグネアはわずかに微笑んだ。
日は傾き、旅の一行はようやく休息の時間に入ろうとしていた。
*
一週間ほどが過ぎたある日。
街道脇の雑草がまばらに揺れる中、ティエナがぴたりと足を止めた。
そして、しゃがみ込んで石を拾い始める。
「……おーい、どうした?」「また何か見つけた?」
馬車の荷台から商人が顔をのぞかせるが、ティエナは無言のまま小石を抱えて立ち上がる。
手の中の石をひとつ、ぽい。
パシンッ!
草の陰で何かが弾け、乾いた音が響く。
「うわっ! 罠……ですか?」
商人のひとりが驚く中、ティエナは頷いてもう一つ拾う。
「うん。このワイヤータイプは、踏んだら足を引っかけて転ばせるトラップ。獣道に仕掛けて使うやつ」
ぽい。
パシンッ!
「でも、こんな街道脇にあるってことは……山賊がいるってことだ。って、じいちゃんが言ってた」
ぽい。パシンッ。
ぽい。パシンッ。
次々と飛ばされる石に、一同はただ呆然と立ち尽くす。
「楽ですわね〜……こんなに気を使わない護衛任務、わたくし初めてですわ」
「狩人スイッチ入ってるティエナは、また一味違うよね」
「あ、あそこにも罠あるけど……音鳴るやつなんだよねぇ。……まあいっか」
ぽい。
カラカラカラン!
*
街道から少し離れた茂みの中。
伏せていた山賊たちのひとりが、震える声で叫んだ。
「お、お頭ぁ……! 罠が……罠が全部、見破られてますぅ!」
「なにぃ!? 一個も刺さってねえのか!?」
「それどころか、音まで鳴らされましたって!!」
「ちょっ、挑発!? 挑発されてるのか、俺たち!?」
「いくのか!? いかねぇのか!? どうすんだよこれ!」
「お頭、指示を!!」
「……行くぞ、てめぇら!! 全員、突撃だああああ!!!」
草を割って、怒涛の勢いで山賊たちが飛び出してきた。
「来ましたわね」
イグネアがすっと片手を上げ、掌に魔力を収束させる。
その横で、ティエナが一歩踏み出し、静かに弓を構える。
山賊たちが迫る中、ふたりの少女の動きは静かで、どこか淡々としていた。
次の瞬間――。
閃光のような炎の矢が地を走り、続けてティエナの矢が唸りをあげて空を裂く。
一本の矢が山賊の足元に突き刺さり、地面をえぐる。
……それだけで、彼らの士気は吹き飛んだ。
砂煙の向こうで、山賊たちは膝をつき、両手を上げ、武器を放り出していた。
「……まあ、賢明だね」
ノクがぽつりと呟いた。
ティエナは軽く背を伸ばしながら、降参した山賊たちを一瞥する。
そしてくるりと振り返り、イグネアに笑いかける。
「さて、と。じゃあ……お昼、どうしよっか?」
その言葉に、イグネアもノクも、苦笑を返すのだった。




