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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第一章 ◇◇
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第13話 「お昼、どうしよっか?」

 冒険者ギルドの掲示板に、ティエナたち三人が並んで立っていた。


 無言で見つめる先にあるのは、《挑戦者募集 ダンジョン第41層以降、調査任務》の張り紙。


 ティエナは目を細め、じっと張り紙を見つめる。

(……これ、レオさんが言ってたやつかな)


 イグネアは唇に指を添え、わずかに考え込んだ表情を見せる。

(……レオは、無事にやっているのかしらね)


 ノクは腕を組んで見上げながら、ため息まじりに目を細めた。

(エルデンバルに行くとしても、ダンジョンは……さすがに危険だよねぇ)


 そんな空気のなか、どっしりとした声が背後から響く。


「よお、お前ら。最近よく一緒にいるな」


 振り向いた先にいたのは、ギルド長のドルグ。腕を組み、いつもの風格で立っていた。


「ええ。パーティを組みましたので」


 イグネアは凛とした口調で言い切った。


「そうか、パーティか。そりゃ一緒に行動するわな! はっは……パーティ!? イグネア、お前がか!?」


「何か、問題でもございまして?」


 少しだけ頬を染めたイグネアの返しに、ドルグは手をひらひらと振って笑った。


「いやいや、構わん。めでたいな。そうか、パーティか……」


 そう呟いたあとで、ふいに真面目な声色に戻る。


「だったらお前ら、ひとつ引き受けてくれんか?」


 ドルグは掲示板に歩み寄り、依頼書の一枚をピッと外す。


「ダンジョン新階層……興味、あるだろぉ?」


 にたりと笑いながら、その紙を差し出した。


「向こうのギルドからな、“戦力集めてくれ”って頼まれてんだよ。命知らずの馬鹿は多いが、なにせ新しい階層だ。挑戦者はいくらでも欲しいらしくてな」


 ティエナたちは無言で顔を見合わせる。

 そこに立っているだけで、誰もが少しずつ心を動かされていた。


 ノクがぼそりと呟く。

「……でも、ダンジョンに挑むには戦力がちょっと心もとないかもね」


 それにイグネアも頷く。

「前衛、後衛、回復……人数も構成も不足していますわね」


 ドルグは腕を組み直し、しばし考え込んだ末に言った。


「……ちょっと待ってろ」


 そう言って、カウンターの奥へと歩いていき、一枚の用紙とペンを取り出す。

 手慣れた筆致でさらさらと何かを書き記し、封をする。


 戻ってきたドルグは、それをティエナに手渡した。


「紹介状だ。向こうに腕の立つスカウトとヒーラーがいる。今なら空いてると思うからよ。よかったら、会ってみるといい」


 イグネアが紹介状の宛名を見て、ふと呟く。


「スカウト、フィン・スレイン。ヒーラー、オーキィ・アルセリナ……」


 彼女の目元がほんのわずかに揺れたが、すぐに視線を戻した。


 そのとき、別の張り紙がティエナの目に留まる。


「……この依頼、ちょうどエルデンバル行きだ」


 指さしたのは、《商隊護衛依頼:スタト→エルデンバル》の張り紙。


「旅費も出るし、行き先も合ってるなら、ちょうどいいかもね」


 ノクが言い、イグネアも頷く。


 背後から再びドルグの声が飛ぶ。


「お、それに目ぇつけたか。ちょうどいいじゃねえか。エルデンバルに一緒に行くだけで報酬が出るんだぞ? 最高じゃねぇか!」


「じゃあ、これ受けようか」


 三人はギルドカウンターへと足を向けた。


 カウンターの奥から現れたクラリスが、落ち着いた笑みで迎える。


「護衛依頼の受注ですね。《スタト→エルデンバル商隊護衛》、はい、空いてますよ。バイセさんの商隊ですね」


 クラリスは手早く書類を整え、ティエナとイグネアに申請用紙を順に渡す。


「集合は明日の早朝、街門前です。馬車は二台。出発は日の出と同時を予定しているそうです」


「了解しました」


 イグネアが静かに頷き、ティエナも署名を終える。

 ノクはふよふよと浮かびながら、それを上から見ていた。


「正式に受注が完了しました。……お気をつけて」


 クラリスの笑みに、ティエナもぺこりと頭を下げる。


「じゃあ、今日は準備して、明日には出発だね」

「うん、弓の整備しなきゃ」

「わたくしは荷物の整理をしておきますわ」


 三人はそれぞれの支度を胸に、ギルドをあとにするのだった。


 *


 そして翌朝――。


 街門前には、すでに馬車二台が並んでいた。

 荷台には荷物が積み込まれ、数人の従業員らしき男たちが準備を整えている。


「……あれが商隊?」


 ティエナがひとり呟いたところで、ひときわ姿勢の整った中年男性が歩み寄ってきた。


「これはこれは。護衛を引き受けてくださった皆さまですね」


 男は深々と頭を下げる。


「わたくし、シュトルム商隊代表のバイセと申します。まさか、フレアローズ家のご令嬢にこのような護衛任務をお受けいただけるとは……」


「今回は、個人として参加しておりますの。お気遣いなく」


 イグネアが落ち着いた口調で応じると、バイセは「これは失礼」と小さく笑った。


「本日はよろしくお願いいたします。馬車は二台、行程はおおよそ二週間。途中に野営を重ねますが、道中は比較的安定しております。魔物や盗賊にはご注意を」


「了解です」


 ティエナが真剣な表情で頷き、ノクは空中でふよふよと浮かびながら、馬車の周囲を見回していた。


 *


 昼下がり、街道は穏やかな陽射しに包まれていた。

 ティエナはふと立ち止まり、風の匂いを嗅ぐように目を細める。


 そして、どこか別人のようにきびきびと歩き出した。


「……なんか来てる」


「え? 敵? 魔物?」


 ノクが慌てて反応する。


 ティエナはすでに弓を構え、道の端の石に片足をかけて狙いを定めていた。


「ツノイノシシ。こっちに突っ込んでくる」


 言葉の直後、風を裂いて矢が放たれ、茂みの向こうで「ドスンッ」と鈍い音が響いた。


 数秒の静寂の後、ティエナは弓を戻してにこっと笑う。


「……仕留めた。拾ってきてもいい?」


 その速さに、護衛のひとりは口を押さえ、呆然と立ち尽くしていた。


 *


 ツノイノシシを馬車に積んで野営地に到着。

 薪を組み終えたティエナに、イグネアがそっと歩み寄る。


「火をつけるのでしたら、お任せを」


 詠唱をひとつ。魔力がふわりと集まり、小さな炎が薪の端に灯った。


「おおーっ」


 ティエナの素直な感嘆に、イグネアはわずかに微笑んだ。


 日は傾き、旅の一行はようやく休息の時間に入ろうとしていた。


 *


 一週間ほどが過ぎたある日。


 街道脇の雑草がまばらに揺れる中、ティエナがぴたりと足を止めた。


 そして、しゃがみ込んで石を拾い始める。


「……おーい、どうした?」「また何か見つけた?」


 馬車の荷台から商人が顔をのぞかせるが、ティエナは無言のまま小石を抱えて立ち上がる。


 手の中の石をひとつ、ぽい。


 パシンッ!


 草の陰で何かが弾け、乾いた音が響く。


「うわっ! 罠……ですか?」


 商人のひとりが驚く中、ティエナは頷いてもう一つ拾う。


「うん。このワイヤータイプは、踏んだら足を引っかけて転ばせるトラップ。獣道に仕掛けて使うやつ」


 ぽい。


 パシンッ!


「でも、こんな街道脇にあるってことは……山賊がいるってことだ。って、じいちゃんが言ってた」


 ぽい。パシンッ。

 ぽい。パシンッ。


 次々と飛ばされる石に、一同はただ呆然と立ち尽くす。


「楽ですわね〜……こんなに気を使わない護衛任務、わたくし初めてですわ」


「狩人スイッチ入ってるティエナは、また一味違うよね」


「あ、あそこにも罠あるけど……音鳴るやつなんだよねぇ。……まあいっか」


 ぽい。


 カラカラカラン!


 *


 街道から少し離れた茂みの中。

 伏せていた山賊たちのひとりが、震える声で叫んだ。


「お、お頭ぁ……! 罠が……罠が全部、見破られてますぅ!」


「なにぃ!? 一個も刺さってねえのか!?」


「それどころか、音まで鳴らされましたって!!」


「ちょっ、挑発!? 挑発されてるのか、俺たち!?」


「いくのか!? いかねぇのか!? どうすんだよこれ!」


「お頭、指示を!!」


「……行くぞ、てめぇら!! 全員、突撃だああああ!!!」


 草を割って、怒涛の勢いで山賊たちが飛び出してきた。


「来ましたわね」


 イグネアがすっと片手を上げ、掌に魔力を収束させる。

 その横で、ティエナが一歩踏み出し、静かに弓を構える。


 山賊たちが迫る中、ふたりの少女の動きは静かで、どこか淡々としていた。


 次の瞬間――。


 閃光のような炎の矢が地を走り、続けてティエナの矢が唸りをあげて空を裂く。


 一本の矢が山賊の足元に突き刺さり、地面をえぐる。

 ……それだけで、彼らの士気は吹き飛んだ。


 砂煙の向こうで、山賊たちは膝をつき、両手を上げ、武器を放り出していた。


「……まあ、賢明だね」


 ノクがぽつりと呟いた。


 ティエナは軽く背を伸ばしながら、降参した山賊たちを一瞥する。

 そしてくるりと振り返り、イグネアに笑いかける。


「さて、と。じゃあ……お昼、どうしよっか?」


 その言葉に、イグネアもノクも、苦笑を返すのだった。

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