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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第一章 ◇◇
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番外編4 閑話休題:ギルド長はつらいよ

昔っから、ギルドに集まる冒険者ってのは、まぁ十人十色だ。


腕っぷしの太ぇやつもいりゃあ、理屈こね回す魔術屋もいる。妙に明るぇのもいれば、静かに燃えてるのもいて、まぁ、見てて飽きねぇ。


だが、最近入ってきた“新人”ってやつがな──

……ひとりだけ、風が違う。


名前は、ティエナ。若い、いや……下手すりゃ孫って歳だ。


だが、あいつが水を扱うところを見てると、なんかこう……背筋がぞくっとする。魔法ってより、もっと……別の何か。そんな感じだ。


もっとも、あいつ自身はそんなことこれっぽっちも気にしてねぇし、腹が減っただの、財布が寂しいだの、そんな話ばっかりだが。


──今日も、例のごとく、掲示板の前で依頼を物色してやがった。


さて。問題はそこから、だ。


ティエナが掲示板の前に立って、ふむふむと依頼票を見比べている。

……いやな予感がした。


あの目だ。うっかり“なにかおいしい話”でも見つけたような顔。だいたい、あいつは妙な引きの強さを持ってる。本人にその自覚がないのが一番こえぇ。


俺が書類を片づけながら横目で様子をうかがってると、案の定だ。


「これ、いいかも!」って顔して、一枚の依頼票を引き抜きやがった。


内容は――

《依頼:墓地清掃(北西区画)》

● 依頼内容:墓石・通路の清掃、雑草除去、簡易結界の再設置

● 留意事項:瘴気の影響により、不浄個体ゾンビ発生の恐れあり

● 依頼推奨:Eランク以上(パーティ行動推奨)

● 報酬:銀貨12枚+危険手当(発生時)


おいおいおい。なんでそれ選ぶんだよ。


ドルグはカウンターから身を乗り出すようにして声をかけた。


「おい、ティエナ。そいつはな、一人で行くような依頼じゃねぇぞ?」


「え? でも、清掃だよね?」


「……“瘴気あり”って書いてあるだろ。下手すりゃゾンビが出る。それに清掃範囲も広い。最低でもペアで組むやつがいねぇと受けさせられねぇ」


「ふむ……」


なにを“考え込んだふり”してんだこの子は。


「じゃあ、今すぐには無理ってこと?」


「だから、パーティを──」


「あっ、そっか。じゃあ──探してきますっ!」


「おぉ……? そうだな、それがいい。適当なやつが──」


ティエナは依頼票を手に、ひらひらとそれを振って笑い、くるりと踵を返して出ていった。


俺は思わず頷きながら腕を組んだ。


「よしよし、今日はちゃんと話を聞いたな……えらいぞ」


──それから三十分後。


「ギルド長! 北西墓地でゾンビ発生の報せです! 通行人が複数目撃、急行を要請!」


俺の心臓が、ずしんと跳ねた。


「……っ、複数体のゾンビって、それ……!」


俺は椅子を蹴って立ち上がった。


「Cランク案件じゃねぇかよ!」


「北西墓地…おい、それって……さっきティエナが受けてた依頼だよな?」


クラリスが頷く。


「まだパーティメンバー探してるはずだ!依頼票とりかえしてこい!」


さらに時間は過ぎ


「ギルド長、ティエナさん、まだ見つかりません!」

「どこでメンバー探してるんだ……こんな時に限って──」


そのとき、ふらっと扉が開いて、任務帰りらしい若い冒険者が入ってきた。


「ん? ギルド長、ティエナちゃん探してるんすか?」

「おう! 見かけたのか?」


「さっき、街道で見ましたよ。いつもの竜連れて、一人で楽しそうに歩いてました」


「……あいつ……!」


俺は額を押さえた。


「一人で行きやがったぁっ!!」


「ギルド長!? 勝手は困ります!」

クラリスの声が背後から飛んできたが、聞こえなかったことにした。


「これ、もってくぞ!」


俺はギルドの出入口脇に飾ってあった、ギルドの象徴でもある自前の大斧を肩に引っ掴んだ。

クラリスが飾り付けを毎朝磨いているあの斧だ。


俺は叫びながら、ギルドの外に飛び出した。

「くそっ、間に合えよ……!」


走る足音が街の石畳に響く。

墓地までは、駆ければ十分と少しくらい。

だが、その途中──


「まぁ、ギルド長。すごい剣幕でどうなさいましたの?」


横道から現れたのは、涼しげな声とともに歩いてきたイグネアだった。


一瞬だけ立ち止まる。


「ああもう……ッ。いいか、短く言うぞ!」


走りながらじゃ無理だ。足踏みしつつ、ざっと要点を伝える。


「ティエナが一人で墓地の清掃依頼を受けた。瘴気が溜まっててゾンビが出た。複数体、だ」


イグネアの表情が、ぴくりと動く。


「炎での焼却が要るかもしれねぇ。頼めるか?」


「当然ですわ。急ぎましょう!」


イグネアが並走に移り、俺たちは北西墓地へと駆け出した。


──そして到着してみれば、そこには想像とかけ離れた光景が広がっていた。


空気は澄みきっており、瘴気のかけらも感じられない。


墓地の奥に進むほど、道は掃き清められ、墓石は水を打ったように輝いている。


ゾンビの群れがいたであろうはずの場所には、代わりに丁寧に並べ直された死体があった。


どれも清められ、動かなくなった“元ゾンビ”たちだ。


中には、墓の縁から這い出しかけたような体勢で、そのまま浄化されたと思しき遺体まである。


それらはまるで――


仕事を“先回り”され、徹底的に片付けられた現場のようだった。


そして中央では、白いワンピース姿の少女が、ゆるやかに舞う水のリズムにあわせて、墓石を洗い清めていた。


ティエナの掌から溢れる清らかな水流が、まるで意思をもった蛇のように舞い踊り、墓石の隅々までを撫でてゆく。


「……お掃除、おわりっ」と口にしながら、満足げに笑うその背中。


その傍らには、退屈そうにあくびをしている小さな白い竜が浮かんでいた。


俺はそれを見て、ただ口を開いたまま立ち尽くしていた。


すぐ隣にいたイグネアもまた、無言のまま佇んでいた。

瞳に映るその光景が、理解を拒んでいるかのように。


「確かに……浄化は得意そうでいらっしゃいましたけど……これは、もはや……清掃の域を超えておりますわね」


ぽつりと漏らしたその声には、どこか敬意すら含まれていた。



ギルドの扉が静かに開き、俺だけが戻ってきた。


イグネアは一応見届けたあとで、自分の報告へ向かったらしい。


ティエナの姿はまだない。きっと道草でも食ってるんだろう。


カウンターの奥で帳簿をつけていたクラリスが顔を上げる。


「ああ、ギルド長、おかえりなさい。どうでしたか?」


その表情には、安堵と、それ以上に心配の色がにじんでいた。


「ティエナをCランクに申請通しておけ! 臨時昇格扱いでいい!」


「ギルド長!?」


目を丸くしたクラリスをよそに、俺は構わず続けた。


「報酬もな。銀貨十二枚に、危険手当……そうだな、二十枚、足しとけ!」


「……ギルド長!?」


「俺の懐からでいい!」


「……了解しました」


そう返すクラリスの声を背中に聞きながら、俺はカウンターの隅に腰を下ろす。


出してもらった水を一気に飲み干す。


「……ああ、つかれた」


こんなに疲れたのは、いつ以来だったかな……。


これは、そう……地竜と戦ったとき以来かもしれねぇな……。

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