番外編4 閑話休題:ギルド長はつらいよ
昔っから、ギルドに集まる冒険者ってのは、まぁ十人十色だ。
腕っぷしの太ぇやつもいりゃあ、理屈こね回す魔術屋もいる。妙に明るぇのもいれば、静かに燃えてるのもいて、まぁ、見てて飽きねぇ。
だが、最近入ってきた“新人”ってやつがな──
……ひとりだけ、風が違う。
名前は、ティエナ。若い、いや……下手すりゃ孫って歳だ。
だが、あいつが水を扱うところを見てると、なんかこう……背筋がぞくっとする。魔法ってより、もっと……別の何か。そんな感じだ。
もっとも、あいつ自身はそんなことこれっぽっちも気にしてねぇし、腹が減っただの、財布が寂しいだの、そんな話ばっかりだが。
──今日も、例のごとく、掲示板の前で依頼を物色してやがった。
さて。問題はそこから、だ。
ティエナが掲示板の前に立って、ふむふむと依頼票を見比べている。
……いやな予感がした。
あの目だ。うっかり“なにかおいしい話”でも見つけたような顔。だいたい、あいつは妙な引きの強さを持ってる。本人にその自覚がないのが一番こえぇ。
俺が書類を片づけながら横目で様子をうかがってると、案の定だ。
「これ、いいかも!」って顔して、一枚の依頼票を引き抜きやがった。
内容は――
《依頼:墓地清掃(北西区画)》
● 依頼内容:墓石・通路の清掃、雑草除去、簡易結界の再設置
● 留意事項:瘴気の影響により、不浄個体発生の恐れあり
● 依頼推奨:Eランク以上(パーティ行動推奨)
● 報酬:銀貨12枚+危険手当(発生時)
おいおいおい。なんでそれ選ぶんだよ。
ドルグはカウンターから身を乗り出すようにして声をかけた。
「おい、ティエナ。そいつはな、一人で行くような依頼じゃねぇぞ?」
「え? でも、清掃だよね?」
「……“瘴気あり”って書いてあるだろ。下手すりゃゾンビが出る。それに清掃範囲も広い。最低でもペアで組むやつがいねぇと受けさせられねぇ」
「ふむ……」
なにを“考え込んだふり”してんだこの子は。
「じゃあ、今すぐには無理ってこと?」
「だから、パーティを──」
「あっ、そっか。じゃあ──探してきますっ!」
「おぉ……? そうだな、それがいい。適当なやつが──」
ティエナは依頼票を手に、ひらひらとそれを振って笑い、くるりと踵を返して出ていった。
俺は思わず頷きながら腕を組んだ。
「よしよし、今日はちゃんと話を聞いたな……えらいぞ」
──それから三十分後。
「ギルド長! 北西墓地でゾンビ発生の報せです! 通行人が複数目撃、急行を要請!」
俺の心臓が、ずしんと跳ねた。
「……っ、複数体のゾンビって、それ……!」
俺は椅子を蹴って立ち上がった。
「Cランク案件じゃねぇかよ!」
「北西墓地…おい、それって……さっきティエナが受けてた依頼だよな?」
クラリスが頷く。
「まだパーティメンバー探してるはずだ!依頼票とりかえしてこい!」
さらに時間は過ぎ
「ギルド長、ティエナさん、まだ見つかりません!」
「どこでメンバー探してるんだ……こんな時に限って──」
そのとき、ふらっと扉が開いて、任務帰りらしい若い冒険者が入ってきた。
「ん? ギルド長、ティエナちゃん探してるんすか?」
「おう! 見かけたのか?」
「さっき、街道で見ましたよ。いつもの竜連れて、一人で楽しそうに歩いてました」
「……あいつ……!」
俺は額を押さえた。
「一人で行きやがったぁっ!!」
「ギルド長!? 勝手は困ります!」
クラリスの声が背後から飛んできたが、聞こえなかったことにした。
「これ、もってくぞ!」
俺はギルドの出入口脇に飾ってあった、ギルドの象徴でもある自前の大斧を肩に引っ掴んだ。
クラリスが飾り付けを毎朝磨いているあの斧だ。
俺は叫びながら、ギルドの外に飛び出した。
「くそっ、間に合えよ……!」
走る足音が街の石畳に響く。
墓地までは、駆ければ十分と少しくらい。
だが、その途中──
「まぁ、ギルド長。すごい剣幕でどうなさいましたの?」
横道から現れたのは、涼しげな声とともに歩いてきたイグネアだった。
一瞬だけ立ち止まる。
「ああもう……ッ。いいか、短く言うぞ!」
走りながらじゃ無理だ。足踏みしつつ、ざっと要点を伝える。
「ティエナが一人で墓地の清掃依頼を受けた。瘴気が溜まっててゾンビが出た。複数体、だ」
イグネアの表情が、ぴくりと動く。
「炎での焼却が要るかもしれねぇ。頼めるか?」
「当然ですわ。急ぎましょう!」
イグネアが並走に移り、俺たちは北西墓地へと駆け出した。
──そして到着してみれば、そこには想像とかけ離れた光景が広がっていた。
空気は澄みきっており、瘴気のかけらも感じられない。
墓地の奥に進むほど、道は掃き清められ、墓石は水を打ったように輝いている。
ゾンビの群れがいたであろうはずの場所には、代わりに丁寧に並べ直された死体があった。
どれも清められ、動かなくなった“元ゾンビ”たちだ。
中には、墓の縁から這い出しかけたような体勢で、そのまま浄化されたと思しき遺体まである。
それらはまるで――
仕事を“先回り”され、徹底的に片付けられた現場のようだった。
そして中央では、白いワンピース姿の少女が、ゆるやかに舞う水のリズムにあわせて、墓石を洗い清めていた。
ティエナの掌から溢れる清らかな水流が、まるで意思をもった蛇のように舞い踊り、墓石の隅々までを撫でてゆく。
「……お掃除、おわりっ」と口にしながら、満足げに笑うその背中。
その傍らには、退屈そうにあくびをしている小さな白い竜が浮かんでいた。
俺はそれを見て、ただ口を開いたまま立ち尽くしていた。
すぐ隣にいたイグネアもまた、無言のまま佇んでいた。
瞳に映るその光景が、理解を拒んでいるかのように。
「確かに……浄化は得意そうでいらっしゃいましたけど……これは、もはや……清掃の域を超えておりますわね」
ぽつりと漏らしたその声には、どこか敬意すら含まれていた。
*
ギルドの扉が静かに開き、俺だけが戻ってきた。
イグネアは一応見届けたあとで、自分の報告へ向かったらしい。
ティエナの姿はまだない。きっと道草でも食ってるんだろう。
カウンターの奥で帳簿をつけていたクラリスが顔を上げる。
「ああ、ギルド長、おかえりなさい。どうでしたか?」
その表情には、安堵と、それ以上に心配の色がにじんでいた。
「ティエナをCランクに申請通しておけ! 臨時昇格扱いでいい!」
「ギルド長!?」
目を丸くしたクラリスをよそに、俺は構わず続けた。
「報酬もな。銀貨十二枚に、危険手当……そうだな、二十枚、足しとけ!」
「……ギルド長!?」
「俺の懐からでいい!」
「……了解しました」
そう返すクラリスの声を背中に聞きながら、俺はカウンターの隅に腰を下ろす。
出してもらった水を一気に飲み干す。
「……ああ、つかれた」
こんなに疲れたのは、いつ以来だったかな……。
これは、そう……地竜と戦ったとき以来かもしれねぇな……。




