番外編3 白き竜の祠と守り人
かつて、この地には竜を信仰する一派があったという。だがその教えは異端とされ、追われ、忘れられ、そして誰の記憶からも消えていった。
その日、リヴァードが仲間とともに踏み入れた洞窟は、特別深くも複雑でもない静かな地形だった。だが中ほどの一角に、苔むした祭壇の残骸と、倒れたまま誰にも起こされることのない小さな竜の石像があった。その顔立ちは穏やかで、かすかに微笑んでいるようでもあり、どこかで今も誰かを待っているような眼差しを湛えていた。
風化し、蔦に覆われたその姿に、なぜかリヴァードは目を奪われた。
「……昔は、大切にされていたんだな」
そう呟くと、彼は丁寧に石像を抱え上げた。それは、ただの戦利品として、というにはどこか神聖な気配をまとっていた。
それほど大きな像ではない。両腕に収まるほどの小さなものだ。だが、石造りだけにずしりと重く、冒険の最中に持ち歩くにはあまりにも不便な代物だった。
それでも、リヴァードはなぜか、それを置いていく気になれなかった。
仕方なく、腰の収納袋の口を開き、丁寧に像を収める。日常の道具類を最小限に減らし、空きスペースを確保していたのは、偶然か、それとも……。
仲間たちとさらに洞窟を奥へ進んだリヴァードは、そこで“それ”を見つける。
広さは五十歩四方ほどの天然の空洞。だがその空間には、ありえないほどの濃密なマナが満ちていた。
見えるはずのないマナが、雲のように揺らぎ、時折、光や霧となって空間に干渉していた。
リヴァードたちは直感する。ここは、放置すれば魔物が生まれる。
まだミアズマには染まっていない。だが、いずれ必ず形あるものに宿り、災厄をもたらす。
仲間には封印術を扱える者がいた。そしてリヴァード自身は、浄化を行える。
リヴァードの家系は代々、水の女神を信奉する有力な神官の家だった。彼自身も幼い頃から神殿で水と浄化の魔法を学び、将来を嘱望されていた。だが堅苦しい空気に耐えられず、成人前に神殿を飛び出して冒険者となった。
その神殿も、今はもうない。戦乱に巻き込まれ、跡形もなくなったと、風の噂に聞いていた。
リヴァードは仲間に提案する。あの竜の石像にマナを封じ、後に水の祭壇を設けて清め続けようと。
数時間に及ぶ儀式と封印の準備。その場にいた全員の力を尽くして、彼らはそれを成し遂げた。
その後、リヴァードは冒険者を引退し、自らが“守り人”としてその石像を祀る小さな祠を建てた。
一人で暮らす日々の中で、彼は語った。かつての仲間の話、未解の魔法理論、若き日の失敗談。まるで石像が聞いてくれているかのように、静かに、穏やかに。
歳月は過ぎた。リヴァードも五十を越え、守り人としての日々が十年を超えたある朝。
目を覚ました彼は、信じられない光景を目にする。
祠の隅に、白くもふもふとした小さな竜がちょこんと座っていた。小さな体に似合わぬ大きなあくびをして、ふわふわと尾を揺らしている。
その姿には、あの石像の面影があった。だがそこにあるのは、明らかに生の気配。
魔物化……? いや、禍々しさはまるでない。
そしてその竜は、驚きに言葉を失うリヴァードを見上げて――
「おはよう、リヴァード」
その竜は、まるで昨日も今日もそこにいたかのように、そう言った。
リヴァードはしばらく、言葉も動きも返せなかった。




