第75話 炎の薔薇からの紹介状
わたしの視線はイグネアの手元に釘付けになる。
アクレディア帝国の地図。その南方――山岳地帯に、赤い丸が記されている。
イグネアの持ち込んだ情報に間違いなんてあるはずがない。きっと、そこがわたしの目的地だ。
「これって、……またお兄さん?」
イグネアは椅子から立ち上がると、少し眉を上げた。肩にかかる髪の毛を、つまらなさそうにかきあげる。
「……そうですわ。まったく――驚かせる甲斐が無いですわね。ティエナには種明かしをしすぎましたわ」
そう言いながら懐から封筒を一通取り出す。
白く整った封筒に、赤い炎のような薔薇の紋様が刻まれている。フレアローズ家のもので間違いなかった。
「この緊急の魔導書簡で、つい先ほど届けられたものですの」
イグネアはテーブルの上に地図をそっと置いた。
「帝国はノアランデ王国と協力し、南方からあふれ出る魔物を両国の軍で制圧。ただ、侵入範囲があまりに広いため、軍は広範囲に部隊を展開し、『面』での防衛を強いられておりますわ」
山岳地帯との境界を帝国側から王国側へ、なぞるように指先を動かす。
「小型の竜とそれを操る魔術師も前線の各地で確認されており、その対処のため戦力の分散は避けられない――という状況ですわね」
今なぞった道筋を、今度は指先が遡っていく。
「元々はドワーフたちの鉱山だった赤丸の部分――この坑道の奥深くにエンドレイク教団の施設があり、これが本拠地だそうですわ」
思った以上に詳しい情報が出て来た。……ユリウスお兄さん、天界の神様たちよりもよほど地上の事を把握してそう。
これには流石にわたしの口も開いたままだ。
「ユリウスさんって、いったい何者なの?」
何気ないわたしの問いに、イグネアは細く整った眉をひそめた。
「前にも申し上げたと思いますけど、机の上で全て解決できると思っている、出不精な方でいらっしゃいますわ。謎の魔導具をコレクションしてみたり、出自の分からない者を館に出入りさせたりと、困り果てたものです」
眉を上げ瞼を伏せる。長いまつ毛か微かに揺れる。
「なはは……」
「ですが――ユリウス兄様はお身体が弱く、カイネス兄様のような武働きは叶いません。ゆえに長兄として、ご自身の才覚で家を支え、皆の為にお手を尽くしておられるのですわ」
イグネアはうっすらと目を開き、優しいまなざしで頬を緩ませた。
仲悪い……ってわけじゃないんだね。良かった。
安心と信頼の実績。ユリウスお兄さんの情報なら確定だろう。
なら、わたしのやることは明白だ。
「つまり、わたしはそこに乗りこめばいいってことね?」
「そうですわ。わたくしたちが向かう先はドワーフの鉱山。そこで全て決着を付けますわ」
イグネアの赤い瞳の奥から、燃えるような輝きがまっすぐわたしの目を見据えてくる。
あぁ、この炎はわたしの水では消せなさそうだ。
じいちゃんが亡くなり、わたしとノクが森を出てからほぼ一年になろうとしている。
ひょんなことから冒険者となって、それからすぐにイグネアと一緒に冒険するようになり、厳しいダンジョンを共に駆け抜けた。
それから半年近くは別行動だったけど、わたしの一番の友達はやっぱりイグネアだ。彼女はいつだってわたしとノクの事を気にかけてくれた。
そうだね。この戦いはノクとわたしの事だけど、これまで一緒に旅してきたイグネアだって家族のように心配してくれているんだよね。
わたしは椅子に座ったまま、そんなイグネアの顔をじっと見つめていた。
……気づけば、胸の奥が少し熱くなっていた。
イグネアはほんのわずかに頬をあげると、
「さぁ、行きますわよティエナ」
そう言って、微笑みながら手のひらを差し伸べてきた。
「もちろん、わたくしのパーティに入ってくださるわよね?」
わたしは迷うことなくその手をぎゅっと掴んで、椅子から立ち上がる。
「何言ってんの? イグネアがわたしのパーティに入るんだよ」
そして二人で笑いあった――。




