第73話 それは意志の力で砕けた鳥かご
そして二日が過ぎた。
扉をこじ開けようとしてみたり、他に抜け道がないか探したりを最初の日はやってみたけど、扉の前はどうも念入りに瓦礫で埋めてくれたようなのと、抜け道はシルヴィオさんが見逃していないと思うので、諦めた。
権能を使わずに、魔法詠唱なら何とかなるのでは? とも思い試してもみたが、どうにも水のマナに干渉する性質が封印されているようで、成果が得られなかったのでこれもやめた。
――静かになった部屋では、自分の呼吸だけが響いた。
泣いて、怒って、食べて、寝て。そうしたら気持ちは幾分マシになった。
シルヴィオさんが残していった収納袋には、十分な食料や水、それに暖をとるための魔導具や毛布などが入っていた。
……最初から置いていく気だったんだなぁー、シルヴィオさん。酷いよー。
「はぁ~」
地面から這い上がる冷気が身体を撫でる。
身震いをすると、わたしはコートの上から毛布にくるまった。
そして楕円形の魔導具を取り出す。これには火のマナが込められており、常時ほどほどの熱を帯びているようだ。これを毛布の中に一緒に入れておけばそれだけでホカホカになれるって寸法。マナが切れるまで冷めない湯たんぽってことだね。これも、そこそこお値段しそうよねー。
というかさー。……瓦礫で埋めてくって、何? わたし権能戻らなかったら死ぬよ?
手のひらを見つめながら閉じたり開いたりしてみる。身体は問題なし。
水を呼び出すことを意識して、目を閉じて集中する。そうすると手のひらからちょろちょろと水が零れ落ちた。
「弱っ! あーなんかもう、びちょびちょで汗垂れたみたいなってるし最悪」
毛布やマントで拭いてしまってもいいけど、一応布を探してみたら、シルヴィオさんの収納袋からタオルも出て来た。なんだこれ、もうお泊りセットじゃん。
でも、ちょっとだけでも水を呼び寄せられたのは良かった。少しずつ力が戻ってきてる。
その日はもうやることも特になかったので、呼び出せる限界である少量の水を使いまくって、床の埃を掃除してみたりした。
特に巨大なガラス瓶が立ち並んだところは、地面にガラスの破片が散乱していて危なかったので、ひとつずつ拾って片付けた。破片が無くなった後の地面には昔にガラスから溶液が流れた跡なのか、染みができてたのでそれも綺麗になるまで水拭きしてあげた。シルヴィオさんのタオルは雑巾代わりに使ってやった。
――何してんだろ、わたし。こんなとこで掃除とか。
でも、手を動かしてた方が落ち着くんだよね。
まあ、そんなこんなで部屋中ピカピカにして、保存食の硬いパンとジャーキー齧って、お腹も膨れたら眠くなったので、この日はこれで終了だ。眠くなったらお休みってね。
三日目。
「おお、水が呼べるよ!」
思ったより早く水が召喚できるようになった。
まだまだ完全ではないけれど、身体の周りを一条の水流を舞わせる程度には水を扱えるようになった。
封された権能を無理やり使って昨日部屋の掃除をしたおかげだろうか。水の管に詰まっていた異物を押し流すように、水を吐き出し続けた甲斐があった?
まあたまたまなんだけどね! 考えてやったわけじゃないし!
じゃあ、今日も水をいっぱい召喚していけば、より早く権能が戻るかもしれない。
「そうとなったら権能使い倒すぞ!」
機能し始めた《清流の手》を使って、わたしは水を呼び出しては消して、呼び出して消してを繰り返す。
権能は魔法と違って体内マナも消費しない。疲れることもない。……実際は身体動かす程度分ぐらいは疲れるんだけど。
とにかくいまは使って使って使いまくろう!
そして、何時間が過ぎただろうか。
「あぁ、もう疲れたぁ」
両手両足を広げて床に寝転がる。昨日掃除したから床はぴかぴかだ。安心して寝転がれるね。
いやそうじゃない。
寝ころんだまま、天井に向けて広げた手を見つめる。
どうやらわたしの読み通りだった。権能を使えば使うほど、力が身体に馴染んでくるのがわかる。
突き出した手の周りに水を纏わせる。
「《清流の手》からの~《水流の刃》!!」
手を覆っていた水が収束し、刃となって天井に突き刺さる。
「うわっぷ!」
天井の破片と水飛沫がわたしの顔にふってきた……。そりゃそうだ。
でも、確実に前に進んでる。この調子で取り戻していくぞ!
そして、四日目――。
目の前には扉がある。胸に手をあてて大きく深呼吸。
肺いっぱいに空気を取り込み、吐息に変えてゆっくりと吐き出していく。
荷物はすべて収納袋に入れた。弓も持った。忘れ物は無い。大丈夫。
「よし、いくよ!」
両手でぱちんと顔を叩く。
両手を前に突き出して集中。
小さな部屋が足元から浸水していく。それはどんどんと水位をあげ部屋いっぱいに水が満たされる。
(まだまだ……!)
わたしは、さらに水を呼び続ける。部屋や扉の僅かな隙間から水が漏れる速度より、もちろんわたしが満たす速度の方が早い。
ピキッーー。
亀裂の音が、空間を貫いた。
その一瞬の後、
扉が砕け吹き飛ぶと同時に、部屋を仕切っていた分厚い石煉瓦の壁も外側へ砕け散る。
氷の欠片が地下遺跡の廊下へと飛散する。
「だぁぁぁ、寒い寒い!」
わたしは室内の容量を超えて満たした水を一気に凍らせ、膨張した氷の圧力で内側から部屋をぶち抜いた。
ずっと閉塞感のある部屋に閉じこめられていたこともあって、ぶち壊した時の爽快感は半端なかった。心の淀みも一緒に吐き出せたようだ。
扉の前を見てみると、瓦礫がいくつも重なり合っていた。
周囲の地形はボコボコに削れていて、どうやら扉の前方の壁と天井を崩落させて「瓦礫を作った」らしい。
「……これ、わたしが扉から出ようとしてたら詰んでたんじゃない?」
シルヴィオさんも脱出のこと考えてやってるのかなぁ。
「ひょっとして、わたし壁ぶち抜く系女子だと思われてる……?」
声に出したら、なんだか悲しくなってきた。
だけど、うん、大丈夫。とにかく後はこの地下遺跡から抜け出して地上を目指せばOK!
予定より三日も早く抜け出たんだ。
絶対に追いついてやる! 今度は、わたしが追いかける番だ!




