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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第二章 ◇◇
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番外編 最後に焚べた火

 俺は竜の偶像を浄化するという名目で冒険者を引退した――。誰にも理解は得られなかったがなぜか必要な気がしたんだ。

 そしてあの日、祠でノクと出会ってから、どれくらいが経っただろう。

 祠にいたあいつは、初めて言葉を交わした時から、妙に頭の回るやつだった。


 知識を欲しがるくせに、喋り方は妙に堅苦しくて、語尾にどこか子供っぽさが残ってる。

 だが、それが悪くなかった。ひとりきりだったこの森に、話し相手ができた。


 そんな日々の中、ある日。


 川の流れが早まった、春先だったと思う。

 倒木の影から、光る小舟が流れてくるのを見た。

 細くて浅い舟。浸水しかけた木の箱のようなボロ舟はいつ沈んでもおかしくなさそうだった。だがその中に、水に半分浸かるような形で赤子がいた。

 もう死んでいるのだろう。そうは思ったが、念のため俺は急ぎ赤子を抱きかかえた。生きている――ただ眠っているだけのようだ。安心しきった顔ですやすやと。

 ぐるりと確認してみたが、どこにも外傷がなさそうで安心した。

 だが、そこでひとつ気付く。不思議なことだが濡れていない。あんな水の中にいたのに巻かれていた布切れ1枚だが、それすら乾いていた。


 ……普通じゃない子だと、すぐに思った。

 小屋に戻りノクに赤子に見せ、川辺で拾ったとだけ言った。

「どうするの? 育てるの?」

 そう聞かれたことに驚いた。育てる? 俺が?

 俺は街へ下りて、養護院へ預けることしか考えていなかった。

 だが、どうだろう。

 この不思議な赤子は、誰かに利用されて生きていくことになるのだろうか。

 それを考えると、どうしても手放せなくなってしまった。


 結局、俺はこの子を育てることにした。

 名前は……「ティエナ」と呼ぶことにした。水辺に似合う名前を。



 正確に何歳かわかるものも無かったので、拾った日を一歳の誕生日として考えるようにした。

 俺の元に来て歩き出すまでは三か月もかからなかった。やたら転んだが、泣かずに立ち上がった。

 ノクにちょっかいをかけて、しっぽをひっぱって、怒られて、また笑って。


 夜中に泣き出して、何度も俺を起こしたこともあった。

 あやし方なんて知らなかったが、泣き止むまで抱いて、とんとんと背中を叩いた。

 ノクが不思議そうに見ていたのを、今でも覚えている。


 一年ほど経過したある日、ティエナが池に落ちかけたとき、水面が勝手に跳ね上がって受け止めた。

 ティエナは、「ふわってしたよー」と笑っていた。


 あの子は、そのときから「神の力」を使っていたんだろう。

 ノクは、あの子に「その力は隠すように」と伝えていたようだ。やつなりに心配してのことだろう。特別な力は悪意に狙われ利用される。

 それ以降、ティエナは水を操るとき、誰も見ていない場所を選ぶようになった。

 俺は気づいていたが、知らないふりをした。

 ……そうすることが、あの子にとっての「安心」になるのなら。


 それがあの子の選んだやり方なら、俺が否定する理由なんてなかった。

 ただ、見守るだけだった。



 狩りに興味を持ち始めたのは、五歳になったころだったろうか。

 ノクを背に乗せ、木の枝を拾い、動きの真似をして……俺の弓に興味を持った。


 ……教えるつもりなんて、なかった。でも、気づけば、俺は本気で弓の構え方を教えていた。

 足の位置、呼吸、風の読み方。

 ……この子は覚えるのが早い。


 ある日、小さな魚を一緒に焼いて食べたとき、満面の笑顔で「ありがと、じいちゃん」と言われた。

 不意を突かれて、返事もできなかった。

 ……あの笑顔は、今でもはっきり覚えている。


 そのうち俺たちは、親子みたいになっていた。

 いや、もう本当に、家族だったんだ。



 それから幾年も過ぎ、ティエナの成長を見守ってきた俺だが、最近は体調を崩す日が多くなった。

 そう感じた時からはあっという間で、想像以上に早く蝕まれているようだった。

 もう、あと数年も保たないだろう。

 冬の夜、薪をくべながら、そう思った。


 俺はティエナが一人でもしっかり生きていけるように狩人の技術を教えたつもりだったが……それが間違いだったと今更ながらに思う。 

 このままでは俺が亡き後も、この子はここで過ごすだろう。俺がこの森に縛りつけてしまう。


 ……情けない話だ。

 ……昔の俺なら、情に流されるなんて、考えもしなかっただろうに。

 だが歳をとると、気が弱くなるらしい。たぶんこれはそういうことだ。

 ティエナは俺が思う以上に、狩人の技を身につけた。もう自分の身は自分で守れるだろう。誰かに守ってもらう必要はないのだ。


 そして、春が来る少し前の日だった。

 小屋の外で焚火を囲い晩飯後の談話。いつもはティエナが一人でしゃべって、俺が聞く。そんな時間だ。

 話が途切れた静寂の空気に、俺は一言だけ絞り出した。


「ティエナ。お前はいつか街に出て、人と共に暮らせ」


 そう告げた俺に、ティエナはきょとんとした顔をした。


「なにそれ? 変なじいちゃん」そう笑ってナイフの点検をしていた。


 ノクは、黙って頷いていた。


 しばらくするとティエナは先に小屋へ戻る。


 俺は背中で、その歩き出す音を聞く。

 火のそばで、ひとり、呟く。


 ありがとう、ティエナ。

 こんな不器用な、俺の元に来てくれて。


 薪がぱちりと音を立てる。

 その音は、月明かりに見送られるように、静かに闇の中へ吸い込まれていった。

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