第62話 いつもの星の下で
イグネアは引きつった笑顔で少しずつ話をしてくれた。
あ、ちなみにワイン類はオーキィが押収したのでイグネアの手元にはもう無い。
「エルデンバルのダンジョンで、『カイネス兄様は炎属性なのに回復魔法も得意だ』ということをお伝えしたのをおぼえていらっしゃるかしら」
カイネスさんはわたしもダンジョンで会ったことがある。体格も大きく、陽気なお兄さんという印象だった。冒険者じゃないのにダンジョンを楽々進んできたんだよねぇ。
そして魔法を器用に使いこなすというのはイグネアから聞いた話だ。
「うん、覚えてるよ」
「魔法の修行をして欲しいとカイネス兄様にお話ししたところ、それはもう快く承諾いただきまして――」
*
イグネアの話を要約するとこうだ。
伝説の魔獣を探すため、カイネスさんと一緒に北方の寒冷地に向かったそうだ。
寒さと戦いながら現地で二ヵ月。ようやく見つけた伝説の魔獣――『不死鳥』。
カイネスさんは不死鳥と旧知の仲のようだった。イグネアはまず最初に、人の言葉でコミュニケーションしている姿にビックリしたそうだ。
さらに不死鳥の驚くべき能力は炎を自在に操り――そして、死すらも覆す、らしい。
え、それってもう神様の力をも越えてるんじゃない……? 世の中は何がいるかわかんないもんだね!
不死鳥に頼み込んで行われたイグネアの修行の内容が――なんと不死鳥との一騎打ち! 炎と炎がぶつかり合い、勝利を掴み取るまで何度でもやり直しという、極限の果てを越える戦い。
「わたくし……三回は死んだと思いますの……その度、蘇生されましてね」
イグネアが遠い目をして語っていた。
魔法はまず『完成の形』をイメージして、詠唱をすることで発動までの道筋を辿っていく。 『炎による回復はイメージが難しい』と言っていたけど、この不死鳥による再生の体験で明確にイメージができるようになる。
これがカイネスさんがイグネアに体験させたいことだったらしい。
妹には甘いお兄さんの印象だったけど、どえらいスパルタだぁ……!
*
「生よりも、死の体験のインパクトの方が強い修行でしたわ……」
その話を聞いて、まわりの皆もドン引きしている。
まあ、死ぬなんて体験したくないよね。
……わたしも女神としての死を体験しているはずなんだけど、そのあたりの記憶がすっぽり抜けている。だからといって思い出したいわけでもないけど。
「それをカイネス兄様は、笑って見ているのですわ! なぁにが『俺も何回か殺されたなぁ!』ですか! お酒でも飲まないとやってられませんわ!」
机があったら殴りそうな勢いだ。
イグネアは咳払いをすると、姿勢を正し、髪の毛を指先で整える。
「でも、その甲斐あって炎の魔法をさらに習熟できましたの。
それに、ダンジョンで得た『炎の魔晶』から作った専用の『魔宝石』のおかげで、マナ切れの心配なく魔法が使えますわ」
イグネアが収納袋から赤く輝く宝石を取り出した。
魔法職として気になるのか、焚き火を回り込んでウィンディも覗きに来る。
「手に取っていただいても構いませんわ」
イグネアがウィンディの手にそっと魔宝石を握らせる。
ウィンディが顔の前に掲げて、角度を変えながら眺めると、焚き火の明かりが反射してキラリと輝く。
「綺麗ですね。ぱっと見た目にはただの宝石なのに、中心に炎の揺らぎを感じます」
「拾った魔晶って、石みたいなのいっぱいついててゴツゴツしてよね? こんなに綺麗になるんだねぇ」
「職人が良い仕上がりにしてくれましたわ。でも、持ち帰った半数以上は破損して使い物になりませんでしたけど」
「私も地属性の『魔宝石』が欲しくなりますね」
そう言いながらウィンディは大切なものを扱うようにそっと両手で魔宝石をイグネアに返した。
そこに食いついてきたのがオーキィだ。にっこり笑ってウィンディの肩に手を置いた。
「じゃあ、地属性の魔晶を手に入れないとね? エルデンバルっていうところに良いダンジョンあるんだけどさ」
「え、ちょっとオーキィさんどうしたんですか?」
「四十二階層に行けばサンドワームっていう大きいミミズが居てね、それを倒せば手に入るんだよ!」
……あぁ、サンドワームいたなぁ。倒し方は理解しているけど、あれも二度と戦いたくない系だ。大きい奴は理不尽なんだよね。
「ティエナちゃんもイグネアさまも忙しそうだし、ダンジョンの深部へ一緒に行ってくれるメンバーが減っちゃってね」
それはホントにゴメンって。
「オーキィさん? 笑顔が怖いんですけど」
「フィンくんもパーティメンバー募集中だよね? ダンジョン潜りたいよね? 怪我したいよね? ……治療されたい、よね?」
「……後半、目的がすり替わってねぇか?」
見渡せばグロウはあえてよそ見をしてるし、アクセルはわかってるのかわかってないのかしきりに頷いている。
「でも、私はほら帝国領で冒険者してる身なので……、アクセルも帝国で成果を上げて立身を目指しているはずだし」
ならばとオーキィはアクセルの方へ振り返る。
「アクセルさん! ダンジョンは光の神の試練が沢山待ってますよ!」
「試練……!?」
アクセルの目が光った。魔法で。
その隣ではグロウが眉をひそめ、あからさまに嫌そうな顔をしている。
あー、光の神の試練かぁ。光の神『リュミナ=シエ』は真面目だけど変な奴だから、ダンジョン内も捻くれた試練しかないんだよねぇ。
「そうか、試練か。それを乗り越えれば俺もさらに強くなれると考えれば悪くない話だな」
「おい待て! 行く流れにすんな! 悪い話だよ!」
あぁ、騒がしい。騒がしくて、とっても楽しい夜。
こうやって皆でたわいもない話をしてるのは本当に楽しい。
でも、ふと足元を見れば、そこにぽっかりと穴が空いている気がした。ノクも早くこの場に戻れば良いな。
わたしは顔をあげる。
焚き火の煙が立ち上り、ふわりと空へ還っていく。
満天の星空をじっと眺めた。




