第56話 焦熱の邂逅
冒険者の一団から飛び出して、まっすぐにクリスタ湖を目指した。
突如吹き荒れる熱風。身体を《澄流の膜》で保護し、駆けるわたしの目の前にサラマンダーの大群が現れる。
炎を鱗に纏った赤い蜥蜴たちが、熱波を巻き上げながらぞろぞろとこちらへ向かってくる。
思ってたよりも多いな……。フィンなら「相手せずに無視して進め」って言うんだろうけど……。 こんな大群が皆の所に押し寄せたらタダじゃすまないんじゃあ……。
走る足を止めるわけにはいかない……けど。
悪い考えを払うように頭を横に振る。
ううん、ここは冒険者の皆を信じて先へ進もう。
一刻も早く竜を倒して終わらせるんだ。
ぎゅっと拳を握って前方を見据える。
炎が爆ぜ、空気が焼き焦げる匂いがする。
「道を開けろぉぉぉぉぉぉぉ!!」
《清流の手》で水を呼び出し、進路のサラマンダーへ《水流の刃》を叩きこむ。螺旋を描いた水が赤い鱗を貫き抉る。
膨れ上がるように炎を上げて爆ぜる個体と、絶叫を上げて粒子化する個体が入り交ざり、進路には炎と煙と煌きの道筋が生まれる。
「あーもー、権能で保護してるとは言え、この中進みたくないなぁ!」
愚痴ぐらいは言ってもいいよね!?
姿勢を低くして爆炎渦巻く道をひと息に駆け抜けると、視界が一気に拓けた。
クリスタ湖。——いや、それはかつてクリスタ湖だったもの。
以前は大きな湖だったのだろう。
今目の前にあるのは地面が大きく抉れた乾いた大地。カラカラに干からびた、かつて湖底だった地面には無数のひび割れが走っている。
そして——いた。
広大な、起伏だらけの湖底。そのちょうど真ん中の高台あたり、首を上げてこちらを見据える赤い竜。
口元から噴煙を漏らし、貫禄もバッチリ。ヤダなー。
その身体は、建物ひとつ分はありそうだった。高台の岩肌に爪を突き立て、動くだけで周囲の地面が崩れていく。
竜が翼を羽ばたかせるたびに、熱気の波が風みたいに押し寄せて、思わず息を止めた。
「やっぱり炎の竜か。でも、これだったらなんとかなる——と良いな」
その周りには、サラマンダーたちがうごめいているのが見える。
足場が凸凹だから気を付けないとね。水を流し込んで凍結させれば安定しそうだけど……溶かされちゃうかなぁ。
とりあえず、接近する前に水をたくさん呼び出して、攻撃防御にすぐ使えるようにしておきたいけど……水を呼び出したら、見つかっちゃうよね。
あまり悩んでる暇はない。サラマンダーは後ろにもいるし、前からもやってくる。
よし、あとは度胸で乗り越えよう! 《清流の手》で水を集め出すのが、戦闘開始の合図だ!
まずは乾いた湖底に跳び降りる! ひび割れに足をとられないように慎重に走りながら、手の周りに水を集め始める。
——まだ距離があるのに、やっぱり気付かれた。
赤い竜がこちらを向き、大きく息を吸い込む。その口の奥で噴煙と、チカチカと輝く赤光が。……ちょっとマズそう!
「ああ、もう! 防御に回すしかないじゃん!」
集めた水を前方に集中させる。——来る!
身体の芯まで震動が突き抜ける。竜の咆哮。
その衝撃に乗せて、炎の濁流が目の前に迫る。
あっぶない! 水の壁で受け止めはするけど、長く持ちそうにない。
慌てて横に転がり、炎の射線から離れる。
呼び出した水は炎にあぶられ、蒸気と化して消えた。
「……え? これマズくない?」
すぐに、水を集め直さなきゃ……! お願いだから、連射とかしてこないでよ!?
わたしは竜との距離を詰めながら、もう一度、《清流の手》で水を呼び出す。
「サラマンダーは……じいちゃんの力に頼る!」
収納袋から取り出したのは『水属性の矢』。
自分と同じ属性矢だから使うこと無いかもって思ってたけど——節水のために使わせてもらうよ! ありがとね、じいちゃん!
「走りながらでも、これくらい!」
放った矢は次々とサラマンダーの眉間を貫き、水の濁流となってその炎を呑み込んでいく。
時折飛んでくる蜥蜴の火球は極力回避しながら、水は温存して竜に迫る。
高台の竜まで、ここを登ればもう少し——。
そう思ったその瞬間、わたしの『狩人』としての勘が騒いだ。
この一歩は踏み込んじゃいけない。罠がある。そう感じて踏みとどまった刹那。
目の前で、足元から立ち上がるように轟炎の壁がそそり立つ。
天まで焼き焦がすほどの炎。鼻先に焼ける匂いが纏わりついた。
踏み込んでいたら、危なかった——!
「おかしいな? 死んでない? なんで? 死ねよ!?」
耳障りな、ざらついた男の声が聞こえる。
高台の竜、その足元に——誰かいる。
「おまえ、なんだその漂う水は? まともじゃないな? し、し、し……」
ズタボロのフードを被った人影。
その陰の奥から歪な瞳がぎょろりとこちらを見た気がした。




