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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第二章 ◇◇
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第54話 荒くれ者の意地

 俺の耳にアクセルの声が届いた――「おい、グロウ! ぼーっとするな!」


 だが視線はすでに、燃え盛る男の方へ釘付けだった。燃えた身体の炎を消そうともせず、天に向かって吠えている。

「死ぬ! 死ぬんだ! 死にたくない! 俺は死にたくない!」

 それは懇願(こんがん)なのか祈りなのか。俺にはただただ狂気にしか感じられなかった。


「死にたくない……だから……皆、死ねぇ!」

 その言葉と共に、熱波が吹き荒れ、男の炎はさらに膨れ上がる。

 切り落とされた両腕からも炎が吹き出している。とても人間とは思えない。

 先頭の戦士たちが剣を男の胸に突き立てる。だが、その傷跡から吹き出す爆炎に吹き飛ばされて、戦士たちは地を転がった。


「グロウ! 俺たちも行くぞ!」

 剣を構えて走り出すアクセル。そこでようやく俺の頭もハッキリしてきた。 

 いかんいかん。あまりのことについていけてなかったぜ。 

 前を見れば男の背後からサラマンダーの大群が迫っていた。やべぇ、まずいんじゃねぇか。


 剣で応戦するか一瞬悩んだが、前衛が密集すると身動きが付かなくなる。……と思う。

 ……焦って判断が鈍ってやがる。

 よし、ここは一旦——弓だ。後衛のサラマンダーを狙って遠距離で行こう。


 後ろからオーキィの声が聞こえる。

「剣士たちに耐熱の保護を!」

 水の魔術師たちが前衛に魔法をかけていく。俺の身体にも淡い光が届き、熱風による暑さが(やわ)らぐのを感じる。


 それに続いてウィンディの詠唱だ。

「大地よ、その堅き意志で鎧に力を与えよ! 『岩盤装甲(グランドアーマー)』!!」


 胸に手をあてて、その効果を感じる。——これは良く知ってる。革鎧ですら鉄のように感じられる、ウィンディによる硬度強化魔法だ。


 あぁ畜生! 情けねぇな! これだけ守りを回してもらってビビってる場合じゃねぇ!

 拳をぐっと握る。俺も前線へ進む覚悟を決めた。


「しゃーねぇ、ちょっくらぶった斬ってくるぜ!」

「いってらっしゃい! 気を付けてね!」

 ウィンディの声を背後に、俺は前に駆け出す。スラリと長剣を抜いて。



 既に戦場は混迷としていた。

 宙を浮く燃える男が笑いながら火球を乱射。サラマンダーも次々と冒険者に襲い掛かるが、後方から飛んでくる水魔法がサラマンダーの腹を穿つ。

「なんかもう、めちゃくちゃだな!」

 俺も近くにいたサラマンダーの爪を回避し、その手を踏みつけて長剣で頭を叩き割ってやった。

 ——だが、剣は虚を断った。音も衝撃も返ってこない。確かに振ったはずの刃は、ただ空気を裂いて、サラマンダーの身体の切れ目からは炎が大きく噴いた。こいつらには——実体が、ない。

 蜥蜴の顔がこちらを向いてニタリと笑ったような気がした。その瞬間、爆ぜるように炎が吹き荒れた。思わず両手で顔を覆うが、毛先が焦げる匂いが鼻をつく。


「くそったれ! 炎で作った幻影か!? ふざけんな、悪趣味も大概にしろや!」

 水の保護がなければ火だるまになっていたかもしれない。爆炎に背を焼かれながら、必死で地を転がった。

 アクセルにも伝えなければ。俺は体勢を立て直し、顔をあげて叫ぶ。

「おい、アクセル! 幻影だ! 気を付けろ!」

 視界の先で剣を振り抜き、サラマンダーの首を跳ね飛ばすアクセルの姿に、胸が少しだけ軽くなる。サラマンダーは粒子となって消えた。だが——まて、今アクセルが倒したサラマンダーは実体があるってことか?


 そのままアクセルは、俺のところに駆け寄り、背中をカバーするように剣を構える。

「幻影? なんのことだ」

「トカゲに本物と偽物が混ざってるクソやべぇ状況ってことだよ!」

「なるほど、では見た目よりサラマンダーは少ないということか。朗報だな」

「おいおい、そう来るか! まったく、ポジティブ野郎がよ!」

 互いの背中を合わせると鎧が衝突して金属音が響く。一転、俺とアクセルは駆け出してそれぞれ目の前にいる標的に突っ込んだ。


「おらよ!」

 俺は石を蹴り飛ばし、サラマンダーの顔にぶつかったのを見届ける。幻じゃねぇ――そう確かめてから、炎がちらつく赤い鱗目掛けて横殴りに剣を叩きつけた。鱗を削ぐたびに炎が噴き出す。まるで焼けた鉄を叩いてるみてぇだ。

「熱いし、硬ぇんだよ!」

 灼けるような火花が飛び散り、腕まで痺れる。それでも力に物を言わせて剣を振り抜いた。一瞬、炎を燃え上がらせると光となって消え失せる。よっしゃ、一匹!


 胸を張りたかったが、すぐに周囲の地獄が目に入る。五十名を超える冒険者がサラマンダーの大群と幻影、そして宙を舞う燃える男に釘付けにされていた。炎に押され、後退する者もいる。

 だいたい、幻影を操ってるやつがいるとしたら絶対あいつしかいねえだろう。

 俺は、空中で狂ったように笑いながら燃え盛る男を睨みつける。


「ふはっはっはは! 燃えろ燃えろ!」

 その声は笑いなのか悲鳴なのか、耳をつんざくように響いた。男は魔術師たちによる水の砲撃を、空でひらひらと避けながら炎を辺りに噴射していた。

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