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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第一章 ◇◇
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第9話 白霧レモネードと記憶の本棚

 朝の騒ぎが落ち着き、ギルドの混雑もようやく収束し始めたころ──スタトの町を包む空気も、すこしだけ穏やかになっていた。


 そんな中、とある果汁屋の前で、ティエナがきらきらした瞳で立ち止まっていた。


「わあ……これが白霧レモネード……!」


 ガラス越しに並ぶ瓶。淡い金色の液体には、小さな白い花弁が浮かんでいる。氷花草から抽出された香気と微かな泡が、涼やかに立ちのぼっていた。


「うふふ、ちゃんと約束は守りますわ。ティエナさん、一杯どうぞ」


 イグネアはふっと微笑むと、ためらいなく銀貨を差し出した。その所作は淀みなく、上品さを感じさせるものだった。


「これは、わたくしからのご褒美ですわ。どうぞ、召し上がれ」


「……本当にいいの? わたし、ちょっと頑張っただけだよ?」


「ふふ、ティエナさんは謙遜しすぎですわ。あの時のあなたの力が無ければ、わたくしたちは勝てませんでしたわ。……それに、わたくしが誘ったのですから」


「わたしの方こそ助けてもらっちゃったのに……! 本当に頼りになる……!」


「そう言っていただけると、光栄ですわ」


「う、うんっ……! 本当に、ありがと!」


 ティエナはそのままレモネードの瓶を胸元で抱きしめ、目を輝かせた。


「ねぇノク、見てこれ……すっごく綺麗で……うわ、冷たっ!」


 ノクは軽くため息をつきながらも、その様子を見守っていた。


 そんな彼女が、ふとした拍子にノクを見つめる。


「ねぇ、ノクって……結局なにものなの?」


 ノクは少しだけ間を置き、視線をそらす。


「……いまさら、それを聞くんだ?」


「うん。だって、なんかあらためて気になって……普通の魔物には見えないし、でも精霊でもなさそうで……」


「僕自身も、よくわかってないんだけどね……でも、ティエナと出会ってから、ずっと眠っていた何かが少しずつ目を覚ましてる気がする」


 その言葉に、イグネアが思案顔で口を開く。


「魔物にしては知性が高すぎますし、精霊獣とも異なりますわ。使い魔のように主従の枠にも収まらず……むしろ、何か古い契約の名残が、独自に変質した存在のようにも見えますの。例えば、失われた契約獣の末裔とか……」


「うーん……だんだん話が壮大になってない?」


「ふふ、ですがわたくしは、今のノクさんが好きですわ」


「……ありがと。でも、そうやって距離を近くされると……ちょっと戸惑うんだ」


 小さなやりとりが静かに続く中、三人は肩を並べて歩き出した。


 街の喧騒の中、ティエナはふと立ち止まり、笑顔で言った。


「ねえ、ノクのこと、ちょっと調べてみよっか」


「調べるって……どうやって?」


「うふふ、古書店ですわね。わたくし、こう見えて文献捜索は得意なんですのよ」


「おお〜イグネア、頼りになる〜!」


「おっ、なんか面白そうだね。よし、レッツ書物ハントだ!」


 *


 通りを一本入った先、木造のアーチと蔦に覆われた古書店の軒先に、ティエナたちは足を踏み入れていた。


 中は静かで、木の匂いと古紙の香りが混じる落ち着いた空間。天井まで届く書棚には、魔導技術書や旅の記録、錬金素材辞典など、ぎっしりと本が詰まっていた。


「うわぁ……すごい……」


 ティエナは目を輝かせて店内を見渡し、棚の間を行ったり来たりしている。


 ノクはといえば、最初は「調べもの」という名目で浮かない顔をしていたものの──


「……お、これ初版だ……」


 気づけば一人、奥の棚で興味深そうに本をめくっていた。


「ノク、こういうの好きだったよね?」


「まあね。あんまり役に立たないときもあるけど……見たことない本を開くと、ちょっと高揚するんだ」


 そんなやりとりをしているうちに、イグネアが店主に話しかける。


「こちらに、神獣や契約獣、古の生き物に関する記述のある文献はございますかしら」


「んー、そっち系はあんまり動きがないんでね。奥の棚にある『伝承分類』のタグがついてるところを見てくれれば」


「ありがとうございます。ティエナさん、ご一緒に?」


「うんっ!」


 ──そして、ティエナの目に、不思議な装丁の一冊が映る。


 革のような、それでいて紙とも違う質感。金の装飾が縁を飾り、表紙には見たこともない──けれど、どこか懐かしい──文字が刻まれていた。


 普通なら意味などまるでわからない、不思議な装飾の羅列。

 なのに、ティエナには、それが“読めそうな気がする”ような感覚だけが、静かに心を揺らしていた。


「……なんだろ、これ……」


 その声を聞きつけて、ノクとイグネアも本を覗き込む。


「それ、なんかの装飾? 文字……なのか?」


「わたくしも初見ですわね。魔導文字でも古典でもない……文字の構造が意味を持っていないようにも見えますわ」


 ふたりの反応に、ティエナは再び本の表紙を見つめる。  読めそうで、でも読めない。文字のようだけど、意味が頭に入ってこない。なのに、視線が離せない。


 手に取った瞬間──ティエナの意識に、遠い記憶が流れ込んできた。


(……あれ? この本、知ってる……?)


 懐かしさと、言葉にならないざわめきが胸の奥で静かに広がっていく。

 記憶の扉が、音もなく軋みを立てはじめていた。



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