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もと女神は冒険者はじめます!  作者: さわやかシムラ
◇◇ 第二章 ◇◇
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第43話 加護を得し者

「おじさんは、ノク——白く小さな竜の居場所って知ってる?」


 ガーランドが肩をあげて首を回す。ゴキゴキという骨が軋む音が空気に伝う。


「知らん」


「じゃ、じゃあ、教団の本拠地はどこなの!?」


「知らん」


 たった一言。知らないという、その言葉が刃のように突き刺さる。期待していたつもりはなかったが、心のどこかでは希望を持っていたのだろう。胸が締め付けられるようだった。

 わたしは拳をきゅっと握り、目線を地面に向けた。

 空気が張りつめたまま、誰もすぐには言葉を継げなかった。

 ガーランドはわたしに一瞬だけ視線を向けると、目を閉じて鼻から大きく息を吐き出す。


「言っておくが、話す気が無いのではない。本当に知らんのだ。白い竜とやらも、教団の本拠地も」


「それはおかしいんじゃないか?」


 すかさずフィンが異論をはさむ。フィンは岩の上に腰を下ろしており、ガーランドの拘束は諦めたようだった。


「お前はエンドレイク教団の人間で、教団から授かった『加護』とやらの力で魔法を使ってるんだろう? 何も知らないわけがないだろう」


 ガーランドは天を仰ぎ鼻で笑った。


「はっはっは! その通りだ! だから経緯も含めて説明してやろう!」



 もう何年も前の話だが、当時俺様は街で小さな酒場を営んでいてな。客は少なく経営も厳しくはあったが、人生にはそれなりに満足していた。

 だが、ある日、帝国兵とのつまらない(いさか)いを切っ掛けに奸計にはめられて、やってもいない強盗殺人の罪を被せられた。憲兵に捕まった俺様は無実を主張しつづけたが、そんなものに関係なく毎日殴る蹴るの暴行を受け続けたよ。だから隙を見て牢の鉄格子をひん曲げて、憲兵どもを置き去りにしてやったさ。

 だが俺様の家はとっくに街で孤立していた。俺様の家族も無い罪を理由に石を投げつけられていたようでな。帰ったときには妻も子も還らぬ者になっていた。

 策略に乗せられた街の連中は、クソみたいな正義感を振りかざして俺様の家族を殺したんだ。

 俺様は帝国兵だけでなく街の奴らにも報復を済ませたさ。宵闇に紛れ、一人また一人と背後から首をねじり切ってやった。

 ……こうして、無実の罪を立派な罪にしたてあげちまったのさ。


 その後は、俺様は逃げるようにひたすら山奥へと突き進んだ。その日は天候が荒れ狂い、顔を激しくうちつける雨と空気を震わせるほどの轟音を響かせる雷だった。逃げるには恰好の天候だが、もちろん明かりも灯せない上に山道も使えない。俺様は道なき道をかき分けて進んでいた。


 雷光が時折足元を照らす以外にしるべもない。そんな状況なものだから——気が付けば谷底で仰向けに寝っ転がっていた。そこでくたばってしまってりゃ楽だったろうが、幸か不幸か俺様は死ななかった。


 雨が地面を少しずつ抉り、土の香りを強く感じた。降りやまない雨は、いつまでも顔を濡らし続けていた。

 くそったれだ。天気もこの世界も。この世界が俺様に与える仕打ちに、とにかく怒りがこみ上げた。仰向けのまま拳で何度も地面を殴りつけた。

 その時、ふと脇を見てみると雨風をしのげそうな洞穴(ほらあな)があった。俺様は痛む身体を引きずりながらその空間に転がり込んだ。


 洞穴(ほらあな)は小部屋程度の広さで行きどまっているようだった。明かりも無く真っ暗な為、入り口から少し入った程度のところで俺様は腰を落ち着けた。時折走る雷光だけが、唯一視界を開く存在だ。


 そこで、出会ったんだよ。——竜の祭壇に。


 異質な空気。一瞬の雷光が俺様に見せたのは、朽ちた祭壇の上で石像の竜が横たわっている姿だった。

 あたりはすぐに真っ暗闇に呑み込まれたが、その中でも石像がじっと俺様を見据えているような気がした。

 洞穴(ほらあな)の空間に雷の轟が反響し、あたり一帯から地鳴りにも似た音が響き続ける。暗闇の中でもはやどこが音の発生源かもわからなくなり、前後不覚に陥る感覚。

 気が付けば俺様は竜の石像を手に取っていた。

 繊細のようでいて、荒々しく掘り出された竜の形。

 そして俺様は気付いた。この石像は怒りの象徴だ。

 この世界で行先を失った者が、この世に向けた憎悪と怨念を、この石像に注ぎ込んだ物なのだ。

 竜とは『力』の象徴だ。俺たちのような怒りで狂ってしまった者は、世界を滅ぼしてくれと竜に『祈り』を捧げるのだ。


 それから数年——俺様はこの洞を中心に山で生き抜いた。

 怒りは衰えることなく、竜がいつの日か災厄となりこの世を打ち据える時がくると信じて、日々身体を鍛え上げながら祈りをささげた。拳を握り岩に打ち付けるたびに竜の石像が俺様を認めているような気がしていた。


 そして、まあついこの間のことだが、俺様の元を訪れる者が現れた。俺様の怒りを見抜いたように、まるで引き寄せられるかのように。

 竜信仰の信徒——エンドレイク教団を名乗る者が二人。

 二人とも目深にローブを被っており顔は見えなかったが、ひとりは杖をついた老人で、その一歩後ろに控えているのは、背も高く肩幅もありガッシリした身体つきの青年であることはわかった。

 老人が低い声でゆっくりと、そしてハッキリと言った。「この世界をやり直す時が来た」と。その言葉で俺様は何が起こるのか理解できた。


 そしてその後の問答はとても簡単なものだった。


「お前の怒りは天をも喰らうか?」


 積み上げたモノはくだらない悪意で容易く崩れ去り、正義と勘違いしたやつらがのうのうとのさばる。俺様の怒りはまだ治まっていない。

 老人の言葉に俺様は深く頷いた。


「では、資格を見せよ」


 その言葉に応じて、青年がローブの下から剣を取り出し、その柄を俺様に向けた。

 剣をとれと言うことか? 俺様はフードを目深に被った青年の口元を見る。青年はこくりと頷いた。

 剣の柄にそっと手を伸ばし、握りしめる。

 軽い。こんな軽い剣がある物なのか? そんな思いにとらわれたのも束の間、激しい痛みが頭を襲った。

 剣を取り落とし、俺様はその場にうずくまり、頭を抱えのたうち回った。


 頭蓋が砕け散るような錯覚。脳みそが震え、今にも溶けだしそうだった。


 青年が剣を回収している間に、老人が竜の石像に手をかざしている。

 俺様は頭痛が治まらず息も絶え絶えに地面を転がっていたが、顔の前に石像がそっと置かれた。


「貴様には『加護』を与えた。その力をもって竜を目覚めさせよ。後は気の向くままに破壊したまえ」


 その言葉を耳にしたのを最後に、俺様の視界は暗転していった。


 どれほどの時が経ったのかはわからないが、目が覚めた時はもう誰も居なかった。頭痛もすっかりおさまっていた。そして身体の内から『力』が沸き上がるのを感じた。石の壁が脈打つように震え、俺様の怒りに応じるかのように土が応えた。俺様の怒りで地面が裂け、岩を吹き飛ばすことが出来た。その時から俺様は土魔法を自在に操れるようになった。

 ——俺様は竜の神に選ばれたのだ。



「その後はこの村で暴れまわっていたわけだ。あぁ、村人は皆逃げて行ったぞ。どこかで野垂れ死んでない限り、ここでの死者はいないはずだ」


 顎をさすりながら話を続ける。


「俺様は世界を憎んでいるし、正義を振りかざす愚か者が嫌いだが、弱者や貴様たち個人には恨みはない。

 その上で、俺様は『加護』の力を出し切って戦った結果負けた。いっそ清々しい。これには怒りも湧かん」


 ガーランドは満足そうに頷いている。


「……だから本当に俺様は白い竜のことも、教団の本拠地も知らんのだ。すまないな」


 重く、だが確かに真実を告げる声音が、崩れた村に響いた。

 冬の冷えた空気が身を震わせる。白い吐息が淡く溶けて消えた。

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