第42話 崩れた村にて
「皆の所に戻らないと……だけど、その前に」
崩落も落ち着いたのを見て、脱力していた身体に再び力を込めてゆっくりと立ち上がる。
目指すは先ほどまで竜が居た場所。凹凸の激しい地面に足をとられないよう慎重に進む。
「魔核……あった」
鈍く紫色に輝く鉱石がドクンドクンと脈打っている。
崩落に巻き込まれてなくて良かった。胸をなでおろす。
わたしはそれを恐る恐る拾い上げる。
脈動する感触が手のひらに伝わり、毎度のことながら非常に気持ちが悪い。
軽くため息をつきながら、収納袋にそっとしまった。
さて、ここから皆の所に帰るには、崖を越えなければならない。
ぐるっとまわるのも面倒だし、時間もかかる。まだ皆戦ってるかもしれないし、ここはちょっとズルしちゃおっか。
わたしは崖下に行くと、権能を使って水を呼び出す。
わたしひとり分が入れる程度の水たまり。その中に足を踏み入れる。
あとは、間欠泉のように水を吹き上がらせるだけ!
水の勢いにのって、いっきに崖上まで跳び上がり、最後は前方宙返りして着地! 完璧!
風に乗った土の香りが鼻につく。見渡してみると村の地面にも陥没がそこらに見られた。
戦闘が続いているような気配は無いけど……皆は無事だろうか。
きゅっとなる胸を押さえて村へと駆ける。
倒壊した家屋がちらほら見える。
わたしは知らぬ間に足を速めていた。
村の中央へと向かうとウィンディの後ろ姿が見えた。短杖を構えていないことから、戦闘中ではないことがわかる。
ああ、どうやら無事そうだ。ほっと胸をなでおろした。
そして、わたしが地面を蹴る音で、ウィンディが振り返る。
「おかえり、ティエナ」
「筋肉のおじさんは!?」
わたしの問いかけに、ウィンディは手で前方を指し示す。
そこには筋骨たくましい男性に猿ぐつわを噛ませ、ロープでぐるぐる巻きにしているフィンの姿があった。
「よぉ、ティエナ。無事倒せたか?」
「まあ、なんとか~。こっちも片付いてるみたいで良かった。みんなケガはない?」
周りを見渡してみる。全員無事そうだ。
アクセルが両手を組んで神妙そうに頷いていた。
「ウィンディの補助とオーキィの筋肉が今回の全てだったな」
「あら~? アクセルくんも治癒魔法が必要みたいね~?」
微笑みながらメイスをぶんぶんと素振りするオーキィ。さすがにアクセルも失言だったと思ったようで、高速バックステップでウィンディよりさらに後ろへ移動する。
気絶したままのガーランドの後ろ手をフィンがしっかりと結ぶ。
「まあ、実際の所生け捕りにできたのは、あのメイスの一撃を顔面に食らってなお生きてる、このおっさんの生命力のおかげだけどな」
オーキィが慌てて手を振った。
「もともと生かすつもりだったよ!? それに、ちゃんとすぐ治癒魔法もしたでしょ!」
「確かに。にやにや笑いながら治癒魔法してたよな」
フィンの返しに、そっぽ向くオーキィ。
「それは、もう綺麗に回復するの見たら、ね? 気持ちいいでしょう?」
あぁ、いつものオーキィだ。わたしも思わずぷっと笑ってしまう。
よかった。皆無事そうで何よりだった。
グロウが退屈そうにあくびをしつつ、大きく身体を伸ばした。
「で、この筋肉達磨に何を聞こうって言うんだ?」
グロウたちにはまだ話してなかったけど、危険な討伐にも一緒に来てもらってるわけだし、わたしの事情もちゃんと話しておこう。
わたしは家族である竜のノクのこと、そして攫われてしまったことをグロウたち三人に説明をした。
グロウはバツが悪そうに頭をかき、ウィンディはただ穏やかな目で話を聞いてくれた。フィンとオーキィは事情を詳しく知っているので、ただ見守ってくれていた。
アクセルが神妙な面持ちで頷く。
「家族の奪還か。辛い試練だな」
「……うん。でも絶対取り返すって決めてるから。だからこのおじさんから話聞きたいんだよね。ただ——」
そこで言い淀む。
わたしは風魔法を使っていた教団の女を思い出していた。
こちらを見てニヤリと笑い……自らの首を切り裂いた女のことを。
「ティエナ? どうしたの?」
ウィンディが心配そうにわたしの顔を覗き込んでいた。
「あ、ごめん。えっとね、その、前に捉えた教団の女は自殺しかけたから、このおじさんも命を粗末にするような行動にでなければ良いなって思って」
フィンが目を細めて腕を組み、低く唸るように話し始める。
「話聞くといっても、こいつ無詠唱で魔法使うから手枷も猿ぐつわもはずせないぞ? どうする?」
確かに。あの女も無詠唱で風魔法を使っていた。
もし命が惜しくないのなら、突然自害されてしまう可能性は捨てきれない。
皆思案顔で押し黙ってしまった。しばしの静寂。崩れた村を通り抜ける風の音だけがその場にまとわりついた。
「自害しなければよいのだろう?」
「そうそう。命を粗末にされるのは不本意だからね。でもわからないじゃん。突然目の前で自害される可能性捨てきれないよ?」
「だから自害しなければいいのだろう?」
「そんなの本人がどう動くか、わから……ない……じゃん……?」
ふと見ると、地面にどっかりと腰を下ろしあぐらを組んだ状態のガーランドが、猿ぐつわもなく会話をしていた。
フィンが慌てて新たなロープを取り出す。
「てめぇ!? どうやってほどいた!?」
「手を縛っていたロープか? そんなもの筋肉の前には糸くずのような物よ。手が自由になれば口を縛っているものなど簡単に取り外せるしな」
すかさずアクセルとグロウの剣が、交差するようにガーランドの首筋に突き付けられた。
剣先がガーランドの首筋に触れるか触れないか、その汗が伝うほどの間合いだった
「俺様は負けた身だ。信用しろとは言わんがいまさら争うつもりはない。筋肉に誓ってもいい」
その誓いに果たしてどれだけの信用性があるのか……?
とりあえず会話をしてくれそうなので、わたしはアクセルとグロウに剣を引いてもらった。
「おじさんは、ノク——白く小さな竜の居場所って知ってる?」
ガーランドが肩をあげて首を回す。ゴキゴキという骨が軋む音が空気に伝う。
何と答えてくれるのだろうか。わたしはひんやりとした空気の中でガーランドの反応を待っていた。




