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宇宙のどこかでカラスがカア ~ゆるゆる運送屋の日常~  作者: 春池カイト
『ゆきてかえりしカラスがカア』編
7/22

赤ヘルさんご用心



 外で補給の手配をしていたカスク、船体後部のエンジンの整備をしていたバリーが戻ってきて、今エーイチの狭い休憩室の人口密度は高い。

 やむを得ず、マルコは小さくなった。

 そしてそれでも足りなかったので、そのままテーブルの中央に置かれることになった。


「カァ……」


 哀愁を含んだ鳴き声は、何も自らの扱いを嘆いてのものだけではない。

 丸テーブルの中央でマルコは四方を確認する。


 マルコの正面にはミリーとドワ子が椅子を並べて座っている。

 ドワ子は腕を組んでいる。不機嫌そうだ。

 ミリーはさっきまで元気だったのだが、今はちょっとしょんぼりしている。

 ご主人がここまで送るのは珍しいっすね、とマルコは思う。


 右を見るとバリーがいる。

 機械油で汚れた手で汗をぬぐったのか、顔にも黒い汚れがついている。

 自分は部外者だと思っているのか、のんきな顔をしている。

 この役立たずめ、とマルコは冷たい視線を送る。


 左を見るとライオが座っている。

 大きい体を小さくして、何とか雰囲気を和らげようと四苦八苦している。

 自分の責任じゃないのに生真面目っすね、とマルコは憐みの目で眺める。


 そして背後、自分の宇宙生物体型が災いして視線を送ることができないが、カスクがいる。

 さっき見たときは一見普段と変わらなく見えたが、内心はどうだかわからない。

 怒っているのか、あるいは今後の対応をどうしようか考えているのか。

 年長者の悲哀っすね、とマルコは同情する。


 「クシュン」とライオのくしゃみが沈黙の中に響く。

 もしかするとあたりに漂うカレー臭に、種族的に敏感な嗅覚が耐えられなかったのかも知れない。


「さて……」

「ごめんなさい!」


 カスクが口を開くのを遮って、ミリーが謝る。


「あんたねえ、どんな騒ぎになるかわかってたでしょう?」


 冷たい響きでドワ子が責める。


「まあまあ、子供のしたことですし……」


 ライオがなだめる。

 そして、カスクとバリーの親子はそろって無言だ。


「子供のしたことだって、どれだけ危ないかわかってるでしょ? コンテナに隠れて密航なんて……」


 もちろんドワーフなので、真空中で息ができずに窒息死、ということはありえない。

 だからといって、荷物があって危ないコンテナの中で少女が2日もこもっているなど、何があってもおかしくない。


「それに、今頃家では大騒ぎよ……って、そういえばそんな連絡無かったよね?」 


 目で一同に確認するが、他の3人とも首を振る。


「おじいちゃんに協力してもらったから……」

「あのジイさん、何やってくれてんの……」


 ここでいうおじいちゃんとは、もちろん地球にいる方ではなく、ド星にいる母方の方だ。

 すでに商会の仕事は引退して、《《土》》星の衛星たるエンケラドゥスの別荘に隠居している。

 あそこは大きな地下海があるので、趣味の釣り三昧の日々らしい。


 なお、母方の祖母も元気で、夫婦仲も悪くないのだが、祖母の方は商会の重鎮としてまだ仕事を続けており、現在本社のあるド星に住んでいる。

 折に触れて夫の元を訪ねているようで、タイミングが合えば孫のミリーを連れていく。ドワ子やバリーも何度も連れられて訪問している。

 来客には自分で釣った謎の魚類を刺身にして出してくれるのだが、見た目はともかく味には間違いが無かった。

 もしかして、ドワ子がエウロパうなぎを見ても「おいしそう」という感想しか持たないのは、この人物の影響もあるのではないか、とマルコは(いぶか)しんだ。


 ミリーは一人で祖父の別荘に遊びに行っている、ことになっているらしい。

 もちろん祖母や両親にも秘密で、事情を知るのは祖父とミリー本人だけだ。


「でも、そろそろバレると思う」


 ミリーが言うには、自分が中継ステーションに付いたぐらいのタイミングで両親に知らせが伝わる予定らしい。


「どうしてそんなことを……」

「だってもうここまで来たら引き返せないよね?」


 つまり、アステロイドベルトに着いて、その場にエーイチしかいないのであれば、結局ミリーを連れていくしかなくなる。

 これでもあのシルバーバーグのご令嬢だ。

 生半可な相手に預けるわけにもいかないし、そもそも未成年を乗せて宇宙を移動するには旅客免許が操縦士にも船にも必要で、現在のメインラインでは旅客船は少ない。

 地球人は与圧した呼吸できる環境が必要で、一方のドワーフはあまり地球に行きたがらない。

 かつて自らが捨てた地球に対してのドワーフたちの屈折した気持ちがそこにはあるようだ。


 ではエーイチで移動するのは問題ないのか?

 実は問題ないのだ。

 かつてその船から始まったシルバーバーグ一族は、当初家族でエーイチに乗って、狭い船内を住居にして生活していた。

 そのおかげで、今でもエーイチには未成年を乗せても問題ない旅客免許があり、そのための座席も存在するのだ。


「地球に行きたかったの?」


 バリーが口をはさむ。

 それに対してエリーはうなずく。


「あ、来たぞ。兄貴も義姉さんも怒ってるな、こりゃ」


 端末を確認したカスクが一同に通信の内容を見せる。

 そこには、ミリーを発見したかどうか? もしまだ見つけていないならコンテナを探せ、そして見つけ次第送り返してほしいということが書かれている。


「あ、私にも……」


 ちょっと文面が違うので別に送ったのだろうが、ドワ子の端末にもカスク達と協力してミリーの対処をお願いするという文面があった。


「どうしよう、叔父さん」

「そうだなあ……まあ、後で兄貴たちにたっぷり叱ってもらうとして、現実的にミリアを送り返すというのは……アリエルは免許無いよな」

「ええ、大丸のある今なら申請すれば通りそうな気もするけど、考えもしなかったわ」

「そうだよなあ……旅客船を探してみるか……」


 端末を操作しだすカスクに対して、ミリーが食ってかかる。


「ちょっと、私を連れて行ってくれるんじゃないの?」

「すまんが、それは無理だ」

「どうして? 私だっておじいちゃんとおばあちゃんに会いたい。おばあちゃん元気ないんでしょ?」

「それ、どこから?」


 ミリーの前でその話題を出したことは、ドワ子の記憶ではなかったはずだ。

 バリーに視線が集中する。マルコもくちばしをバリーに向ける。


「僕だってさっき知ったばっかりだよ」

「そうだったわね」


 冤罪は晴らされた。マルコのくちばしもバリーからそらされる。


「ま、誰が漏らしたにせよ、とにかくだめだ。ミリーの番は今回じゃ……ごほん、とにかくミリーは今回は帰ってもらう」

「それはいいとして、船は見つかったの?」

「……いや、だめだ」


 ドワ子は考える。

 残念ながら、今この場にはミリーを土星に送り返すのに適した船が存在しない。

 ここに一人ミリーを残していくのは論外だし、そうなると自分かエーイチが迎えが来るまで足止めされることになる。

 自分は快速を生かして期限のある仕事をしているわけだし、カスクだって向こうで約束があって遅れるわけにはいかない。


「うーん、船か……」


 むしろ、船じゃない方……しかし、個人運送業者はその在り方が千差万別だが、誰もがぎりぎりの状態で宇宙を駆けているのだから、余分なスペースもなければ旅客免許なんて誰も……あ!


 そこで、ドワ子は一つの可能性に気づき、先方に連絡を取る。

 そのことが、この状況を解決することになるのだった。



*****



「いや! 私は帰らない!」

「駄々をこねないの……じゃあ、ミリーをお願いね《《ベイズ》》」

「ああ、任せとけ。そっちこそ俺の荷物と約束、忘れるんじゃねえぜ」

「あーはいはい、ちゃんと一日付き合うわよ」

「へへ、楽しみにしてるぜ」


 そして、ベイズは土星に向けて出発した。


「いーやーだー」


 赤いドワーフ用ヘルメット(子供用)をかぶせられたミリーの叫びをあとに残して……


 ドワ子の思いついた心当たりというのはロリコン狼ことベイズだ。

 彼の自慢の荷物コンテナ、その上に据えられた座席はベイズの分と、もう一人分あるのをドワ子は知っていた。

 「俺の隣の席、空いてるぜ」とか本人が言っていたのでそれは間違いなく座席であり、もしかすると旅客対応かもしれない。


 そして、ベイズがここにいるだろうことを知っているドワ子は彼に連絡を取ったのだ。

 確かにあの座席は将来恋人を乗せて宇宙をドライブするために旅客対応であり、ベイズ自身も旅客免許を持っていることが判明した。

 ドワ子はミリー輸送の代金に加えて、彼の荷物を代わりに届けることを条件に、彼に仕事を持ちかけたのだ。

 だが、敵もさるもの、それに加えてドワ子との一日デートの約束も条件に加えることになってしまった。


 地球行きの荷物はマルコの亜空間収納にしまえば問題ない。

 そんなわけで、空のコンテナにミリーを乗せて、ベイズはド星に引き返すことになったのだ。


「一件落着っすね」

「そうだね」


 ベイズとの一日デートはともかく、どうやら自分もエーイチも出発できそうで、ドワ子は胸をなでおろすのであった。


タイトル由来:

 レイジーの『赤ずきんちゃんご用心』です。

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