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宇宙のどこかでカラスがカア ~ゆるゆる運送屋の日常~  作者: 春池カイト
『ゆきてかえりしカラスがカア』編
2/22

まずワシを球と仮定します



「それって昔の物理学者ジョークでしょ?」

「そのジョークは《《うし》》で、私が言ってるのは《《わし》》の方」

「ああ、カタカナで書くと分からないわね」


 なんて、問題集を見ている二人は、今一つのベッドに並んで寝っ転がっていた。

 同じベッドを共有しているとして、二人の間に友情以上のものは、今のところない。

 

 単に、この星は居住に適した場所が少なく、したがって臨時の居候であるミサキに専用の寝床を確保するスペースが無かったのだ。


「でも、本当に試験受けるんだね」

「せっかく局長がチャンスをくれたし、現地にいるんだもん。ここで頑張らないと……」


 ドワ子が知るミサキは、真面目だが仕事熱心ではなかった。

 試験勉強に集中している姿を見るのは、ドワ子にとっても新鮮だ。


 今、ド星の実家にミサキを迎えているのには、中継ステーションでの事件が影響している。


 密輸スライム増殖事件は、駐在員のミサキの判断のもと、ドワ子とマルコの力で解決したのだが、結果としてそのステーションが長期に閉鎖ということになった。

 ミサキと折り合いの悪い上司はひどく叱責し、彼女に責任を負わせようとした。

 しかし、調査の結果その上司こそが密輸にかかわっており、破壊された施設を密輸品の隠し場所として提供していたことが判明した。


 上司が犯罪で逮捕された結果として、ミサキ自身に関しても本格的な調査が行われた。

 結果として、上司に歪められていた評価が訂正された。

 そして、今回の事件で責任をもって対処したこともあわせて評価され、ミサキは上級職の推薦を受けることになった。

 ただ、無条件ではなく、試験の結果次第だ。


「で、結局その問題は何を求めるの?」

「えっと、球と仮定したワシが回転運動をしている場合、そのままスラスターの噴射で回転を止めるのと、ワシに翼を広げてもらって回転をゆっくりにしてからスラスターを噴射するのとどっちがエネルギー的に節約になるか、っていう計算問題だね」

「なるほど、わからん」


 ドワ子は直感派なのだ。

 だが、ドワ子には頼もしい仲間がいる。

 仮定するまでもなく、実際に球体の仲間だ。


「実際に確かめてみればいいじゃない」


 そしてドワ子はミサキを伴って隣の部屋に移る。


『マルコの部屋』と表示されたその部屋のドアをノックする。


「どうぞっす」

 

 中から下っ端っぽいいつもの返事が聞こえる。

 ドワ子がドアを開けると、そこは狭い部屋だった。

 少なくとも、ドワ子自身より大きく丸い宇宙ヤタガラスにとっては……

 

 これは別にペット(ではないが)虐待ではなく、マルコ自身の希望だ。

「普段が開放的すぎるんで、せめて自室は狭い場所がいいっす」とのことらしい。

 仕事とプライベートは分ける派だ、とも言っていた。


 今は部屋に敷き詰められたクッションで、ぐでっと寝そべりながら動画を見ている。


「ねえ、マルコ、ちょっと協力してくれない?」

「いいっすよ?」


 そう言って、マルコはびょんと跳び上がり、ニワトリぐらいのサイズに変化し、ドワ子の胸に飛び込んでくる。

 このサイズ変更は最近マルコができるようになったことで、いろいろと恩恵がある。

 ドワ子にとっては、町中を連れ歩くのに気を遣う必要がなくなったのが大きい。

 マルコにとっては、自分で歩かなくてもドワ子が抱えて連れて行ってくれる。

 今のところ、双方満足していた。


「あ、このサイズだとここでいいかな……えいっ」

「いきなり~何を~するっす~カア」


 その場で回転しながら文句を言う丸いニワトリ(ヤタガラス)。

 ここは微小重力なので、すぐに落ちるわけではない。

 そして回転したぐらいで目を回すほどマルコは(やわ)な生き物ではない。


「そこだ、翼を開いてよ、マルコ」

「こうっす~かあ」


 しかし何か変化があったようには見えない。

 ドワ子はマルコの回転を止め、体の側面を確かめる。

 そこには、申し訳程度に飛び出た翼? らしきものがあった。


「羽ばたいてみて」

「こうっすか?」


 ぱたぱた。

 残念ながらそよ風すら起こらない。


「うん、わかった、ありがとう。もういいわ」

「一体何の儀式だったっすか?」

「ミサキの試験問題でちょっとわかりにくいのがあって……」

「そうっすか、ミサキさん頑張ってください」

「うん、ありがとう」


 そしてマルコは再びクッションに飛び込むと、ポン、と元のサイズに戻った。

 二人はそのまま部屋を出る。



*****



「結局、ちゃんと計算しないとだめね……」


 ドワ子はリビングでコーヒーを一口すする。

 問題の趣旨としては、大きな翼を広げることで変わる慣性モーメントの影響を計算するはずだが、マルコは翼を広げても、足を精いっぱい延ばしても、やはり丸い。


「翼が不要の幻獣とか神使とかが計算問題の参考になるわけないじゃない」


 ミサキからの非難を聞き流しながら、ドワ子は窓の外を見る。

 窓からはド星の本体たる大きな岩塊のリングが見えている。

 かつてドワーフのご先祖が中央銀河で大枚をはたいてオーダーメイドして、土星のサイズに合わせて切り出してもらった資源岩塊だ。

 元の土星の環を置き換える形で、帯のように幅広く土星本体を取り巻くそれを、ドワーフは自分たちの星ということで『ド星』と呼んでいる。

 元の土星は土星のままあるが、あちらはガス惑星なので、そもそも地上に降りることができない。

 結局、土星圏の中心地はド星であり、多くの経済活動はそこで行われている。


 こうして眺めていても、ド星のいたるところに人工の明かりが見える。


「やっぱり大きいね」


 こちらも受験勉強を休憩することにしたミサキが横に座る。


「ふふん、ドワーフの自慢の故郷だよ」

「あれ? 故郷は地球の山奥じゃないの?」

「そんな昔のことは知らないわ」


 ドワ子はド星生まれだ。

 ここで生まれ、ここで育って、そしてマルコに出会った。

 今ではマルコと一緒にここと地球、たまに火星の間を飛び回る日々。

 今いるちっぽけな小惑星は、実家シルバーバーグ家の持ち物だが、今ではドワ子が丸ごと借りて拠点にしている。


 そろそろド星本星から、次の荷物が届くころだ。


「ねえ、私受かるかな?」

「不安?」

「やっぱり今まで全然勉強してなかったから……」


 ドワ子はちょっと考えて、次の言葉を選ぶ。


「いつも通りでいいんじゃない?」

「いつも通り?」

「そう、だっていつも通りにやっていた結果が今回の推薦でしょう? だからミサキのいつも通りは、それなりに評価されてるってことじゃない」

「……そうね、いつも通り、か」

「だからといって、サボるのは無しよ。ちゃんと試験に受かって、ここで働くんでしょう」

「うん、そのつもり」


 そこでちょうど通信が入る。

 ド星本星からの積み荷が到着したのだ。


「じゃあ、私は行くね」

「うん、気を付けて」

「そっちも、頑張って……帰ってきたら合格を祝いましょう」

「そうできるように、努力するわ」

「楽しみにしてる……マルコ、荷物が来たわよ」

『了解っす』


 自室から相棒の念話が返ってくるのを確認し、ドワ子は席を立つ。

 とてとて、と歩くニワトリ(ヤタガラスだ!)を抱えてドワ子は外に向かう。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 今回は地球との往復だ。

 総行程一週間の予定で、帰ってくる頃にはミサキの試験結果も出ているはず。

 ドワ子は友人を心の中で応援しながら荷物の受け取りに向かった。

タイトル由来:

 いわゆる『球体の牛』です。wikipediaにもその名前で記事があると思いますが、物理学者の生態に関するジョークですね。作品全体の元ネタでもあります。

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